31 もっと親しげに呼んでほしいな
週末、いつものようにヒルデンさんのお店で占いをしていた私の前に、閉店間際になって現れたのは、フード付きのマントを着たレイに扮したレイシェルト様だった。
「こんばんは、エリ」
私の対面に腰かけたレイ様が、おもむろにフードを外す。驚きに息を飲んだ私の視線の先にあったのは……。
「邪教徒の根城に突入するのに、フードを目深にかぶっていたら、視界が遮られてしまうからね。かといって、素顔を
簡素な木製の仮面をつけたレイ様が首をかしげる。
「へ、変じゃないですっ! 素敵です!」
庶民としてとけこむためだろう。質素な服装に合わせて、仮面も何の装飾もない白木のシンプルなものだ。
レイシェルト様の華やかな美貌には、銀製や凝った装飾の仮面が似合うだろうけれど……。
シンプルさがかえって美貌を引き立てている。
見えないがゆえに、仮面の下の美貌への想像をかきたてられずにはいられないというか、どうか一目だけでも仮面を外した素顔を見せてくださいっ! と
とにかく、レアなお姿を見せてくださってありがとうございますっ! 脳内アルバムに永久保存いたしますっ!
「どうかしたのかい?」
ぽぅ、と見惚れていた私に、レイ様がいぶかしげな声を出す。はっと我に返った私はふるふるとかぶりを振った。
「いえ、たとえ仮面をつけられていても、レイ様の美貌は隠しきれないなぁと思いまして……」
告げた途端、レイ様が顔をしかめる。
失言してしまったかとお詫びを口にするより早く。
「レイ、だよ」
レイ様が生真面目な声で注意する。
「敬称なんていらない。この姿の時は、「レイ」と呼んでほしいな、エリ」
レイ様の右手が、テーブルの上に置いていた私の片手を絡めとる。
「この姿でいる時は、わたしもきみも、何の肩書もない者同士だ。かしこまったりせず……。もっと親しげに呼んでほしいな」
「で、ですが……」
レイ様の大きな手が包み込み、指先が肌の上をすべるだけで、どきどきして心臓が口から飛び出しそうになる。
「……だめかい?」
甘えるような口調で問うたレイ様が、不意に私の指先を持ち上げたかと思うと。
ちゅ、とくちづけられ、あえなく陥落する。
「わ、わわわわかりました……っ! で、では、レイさんと呼ぶということでいかがですか……っ!? 呼び捨てはさすがに無理です!」
「……きみがそう言うのなら、仕方がないね」
レイ様が苦笑をこぼす。
もしかしたら、レイ様は「レイ」となることで、王太子の重圧からほんのわずかな間、自由になっているのかもしれない。
だけど……。
「あの、レイさ……、ん。無理をなさってはいませんか……?」
先週も祓ったばかりだというのに、レイ様の両肩には、また黒い靄が淀んでいる。
二年以上、ここで店を開いているけれど、毎週黒い靄を漂わせている人なんて、初めて見た。
よほど公務がお忙しいのだろう。だというのに、レイとして警備隊に協力までなさって……。
「私、心配でたまりません……」
身を乗り出し、掴まれていないほうの手でそっと広い肩にふれ、靄を祓う。
こんなのは、私のわがままだってわかっている。それでも……。
推し様がつらそうにしている姿は、見たくない。
「そんな風に言ってくれたのは、きみが初めてだ……」
座り直した私に、レイ様がぽつりと呟く。仮面の下の碧い目は、驚きに
「きっと、周りの方々だって、同じように思ってらっしゃいますよ?」
レイシェルト様への想いを熱く語り合った王妃様のことを思い出す。王妃様だってレイ様のことを知ったら、心配で少しでも負担を減らそうとなさるに違いない。
「だが……」
レイ様が困ったようにゆるりとかぶりを振る。
「わたしは、わたしに課せられた義務を
「……っ!」
迷いなく告げられた言葉に、感動に身を震わせる。
なんて……っ! なんて素晴らしいお心映えでいらっしゃるのでしょう……っ! 感動のあまり、今すぐ地に伏して
確かに、お茶会の時も、レイシェルト様は一部の隙もない完璧な王子様だった。
きっと王城では、周囲の期待に応えるべく、常に厳しく己を律してらっしゃるのだろう。
なら……。
つないだままの手を、きゅっと握り返す。
少しでも、この胸に渦巻く気持ちが伝わればいいと願いながら。
「でしたら……。今この時くらいは、義務を果たそうなんて思わずに、気を楽になさってくださいね。今だけは……。何者でもない、ただのレイさんなんですから……」
推し様が健康で幸せでいてくださることこそが、ファンにとっても一番の願いなんです……っ!
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