30 いま何ておっしゃったの……? とうと……い?


「エリシア嬢。あなた、いま何ておっしゃったの……? とうと……い?」


 ど、どどどどどうしよう……っ!? ばっちり聞かれちゃってた――っ!


「と、尊いとは、あのっ、尊敬……っ! そう、憧れ、素晴らしいと尊敬申しあげているという意味でございまして……っ! わ、私のような者がレイシェルト殿下に憧れるなど、身の程知らずと存じております! で、ですが、輝くばかりのレイシェルト殿下は、魅せられ推さずにはいられない尊さでございまして……っ!」


「おす……」


 し、しまった……っ! 緊張のあまり、思わず「推す」って単語まで言っちゃった……っ!


 己の迂闊うかつさを呪いつつ、深く頭を下げ続けていると。


 衣ずれの音がしたかと思うと、がしり、と思いもかけない力強さで手を掴まれた。


「その表現……。とても心に、いえ、魂にしっくりと来る響きね……っ! レイシェルト様へのこの気持ちを表すのに、なんてふわさしい……っ!」


 驚きに弾かれたように顔を上げた私の目に飛び込んだのは、隣の席へ移動し、身を乗り出し私の手を掴む王妃様の面輪だ。


 つい先ほどまで穏やかな光を宿していた瞳は、星のごとく輝いている。


「母性とも、恋とも違うレイシェルト様へのこの気持ちは……っ! 推しに対する尊いという気持ちだったのね……っ! わたくし、レイシェルト様へのこの気持ちをどうしても抑えることができなくて……っ! もしかしたら、わたくしはどこかおかしいのではないかと……っ」


 王妃様が切なげに眉を寄せる。

 私は思わず王妃様の両手を握り返していた。


「王妃様……っ! どうかそんなことをおっしゃらないでくださいませ……っ! それはつまり、王妃様ですら魅了してしまうほど、レイシェルト様が尊く素晴らしいお方ということに他なりませんもの……っ!」


 必死の訴えに王妃様が驚いたように目をみはる。


「そんな風に言ってもらえるなんて……っ!」


「不敬というのは存じております! ですが、叶うならば王妃様のお立場になりとうございます……っ! いつなんどきであろうとも、レイシェルト様のおそばで慈愛をそそげる「母」としてのお立場……っ! なんとうらやましいことでございましょう……っ!」


 合法的に推し様にいくらでも愛情をそそげるなんて……っ! オタクとして、憧れずにはいられないポジションです……っ!


「まあっ、エリシア嬢! なんて嬉しいことを……っ!」


 王妃様の手に力がこもる。


「わたくし達、よいお友達になれそうね……っ! 誰かとレイシェルト様の魅力について語り合いたいと思っていても、なかなか機会がなくて……。エリシア嬢、わたくしと語り合ってくださる?」


「もちろんですっ!」

 間髪入れずに頷き返す。


「私などでよろしければ、いくらでもお相手させていただきますっ! レイシェルト様の魅力を二人で語り尽くしましょう……っ!」


 みっちゃんっ! 私、この世界でもようやく同担歓迎の推し仲間を見つけられたよ……っ! まさかそれが王妃様とは、予想もしてなかったけど……っ!


「お母様~っ! ちゃんと見てくれてる~!?」


 ティアルト様のお声に、二人して背筋を伸ばし、声の方向を見る。


 ぶんぶんと木剣を振るティアルト様に、私の手を放した王妃様が手を振り返し、つられて私も思わず手を振る。


 と、乱れた髪をかき上げていたレイシェルト様が、こちらへ手を振り返してくれた。


 秋の午後の爽やかな陽射しを浴び、甘やかな微笑みを浮かべるレイシェルト様。


「「はぁあ~っ! 尊い……っ!」」


 私と王妃様の口から、同時に感嘆の吐息がこぼれる。


「やっぱり、レイシェルト様は素晴らしいわ……っ!」


「はいっ! 王妃様がおっしゃる通りです! あのまばゆい笑顔! ティアルト殿下へ向ける慈愛のまなざし! はぁ~っ、尊すぎます……っ!」


「さほど年齢の変わらぬわたくしのことも、お義母様と慕ってくれるのよ」


「そのお話、もっとくわしくうかがわせてくださいませ……っ!」


 ティアルト様が疲れて稽古をやめるまで、私と王妃様はひたすらレイシェルト様の素晴らしさについて語り続けた……。



   ◇   ◇   ◇



 お茶会が終わり、馬車が待つ車停めまで私をエスコートしてくださったのは、ティアルト様だった。


 弟が心配だったのだろう。レイシェルト様も見送りについてきてくださり、私としては恐縮するほかない。


「ティアルト殿下、レイシェルト殿下。本日は素晴らしいお茶会にお招きいただき、本当にありがとうございました」


 今日はレイシェルト様のお気遣いで、王城の馬車をお貸しいただいている。

 馬車の前で、あらためてお礼を申し上げ、お二人に深々と頭を下げる。


「きみにそう言ってもらえて嬉しいよ。こちらこそ、招待を受けてくれてありがとう。義母上とずいぶん話が弾んでいたようだが……。あれほど楽しげな義母上は久々に見たよ」


 レイシェルト様が優雅に微笑む。


「はいっ! 王妃様も本当に素晴らしい御方で……っ! たいへん満ち足りた時間を過ごさせていただきました……っ!」


 ずっとレイシェルト様の推し語りをしてたんです! とは、ご本人には決してお伝えできないけれど……っ!


「エリシア嬢! またいらしてくださいね!」

 ティアルト様が明るい声で告げる。


 ありがとうございます! 社交辞令でも嬉しいです!


「エリシア嬢、これを」


 後ろからやってきた従者が手渡したものを、レイシェルト様が私へと差し出す。


 かぐわしい薫りを放つそれは、ピンク系の花を中心とした可愛らしい薔薇の花束だった。


「薔薇園を喜んでいただろう? 今日の茶会のよすがにこれを。ちゃんと刺抜とげぬきもさせてあるよ」


「あ、ありがとうございます……っ!」


 レイシェルト様がこんな素敵な花束をご用意くださるなんて……っ! ありがとうございますっ! 家宝にいたしますっ!


 ほんと、どこまで私を感動させれば気が済むんですか……っ! ファンサが手厚すぎますっ!


 潰れない程度に薔薇の花束を抱きしめ、レイシェルト様のお気遣いに感動していると。


 不意に、薔薇よりも高貴な薫りが間近で揺蕩たゆたう。かと思うと。


「この薔薇が枯れてしまう前に、また逢えるかい?」


 耳元で甘やかな美声が囁く。


「っ!?」


 息を飲んで顔を上げると、身を離したレイシェルト様が端然と立ち、私に微笑みかけていた。


「どうかな? エリシア嬢」


「よ、よよよ喜んで……っ!」

 考えるより早く、言葉が口をついて出る。


 レイシェルト様の微笑みが、さらに深く、甘くなった。


 無理。だめ……っ! この微笑み……っ!

 理性も何もかもが融けちゃいそう……っ!


 くずおれずに馬車に乗り込めたのは奇跡に近いと思う。


 扉が閉められ動き出した馬車の中で、私は花束を抱きしめながら、レイシェルト様の尊さと推し友ができた喜びに、ひたすらもだえていた……。


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