26 王城でのお茶会はまぶしすぎます……っ!


 秋薔薇の高貴でふくよかな香りが、庭園の片隅に設けられた四阿あずまやを満たしている。


 花々の香りに混じるのは心を落ち着かせるようなすっきりとした紅茶の香りだ。


 が、いまの私は何杯紅茶を流しこもうと、決して落ち着けそうにない。


「ねぇ、どう? エリシア嬢? おいしい?」


「はい、とっても! ティアルト殿下。本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」


 こてん、と可愛らしく小首をかしげた左隣に座るティアルト様に、私は即座に笑顔で頷く。


「だが、あまり食が進んでいないようだが……。エリシア嬢の好みの菓子はどれだい? 教えてもらえると嬉しいな」


 円卓の右隣に座るレイシェルト様が、太陽よりもまぶしい笑みを私に向ける。


 ま、待って! お待ちくださいませっ! そんな笑顔を向けられたら融けちゃいますっ!


 今日はティアルト様にご招待いただいたお茶会の日だ。


 内々ということで本日のレイシェルト様は舞踏会の時よりは飾らない、それでも一目で仕立てのよさがわかる衣装で、王城にいらっしゃる時はいつもこんなお姿でいらっしゃるのかと思うだけで、胸のどきどきが止まらない。


 まるで、本当なら見ることの叶わないふだんのお姿を盗み見ているような特別感があって……。


 あっ、だめ。考えるだけで鼻血が吹き出しそう……っ!


「そ、その……。私などをお招きくださるなんて光栄すぎて……っ。胸がいっぱいなのです……っ!」


 ええっ! レイシェルト様の尊さでっ!


「あら、そんなにかしこまらなくてもよいのよ?」


 見る者の心をほぐすような慈愛の笑顔をともに優しい言葉をかけてくださったのは、向かいに座るミシェレーヌ王妃様だ。


 さほど大きくない円卓に座るのはこの四人だけ。


 三方を王家の皆様、しかもお一人は推しのレイシェルト様に囲まれてのお茶会だなんて……。


 いや無理。ほんと無理。邪悪の娘じゃなくても、神々しさに塵と化して風に吹き散らされちゃうぅ……っ!


 用意されたお茶もお菓子も最高級品なのに、緊張しすぎてまったく味がわからない。


 っていうか私ちゃんと受け答えできてる!? 一瞬でも気を抜くと、「尊い……っ!」ってひれ伏したくなる衝動と戦ってるんで、脳みそが一割くらいしか動いてないんですけど!?


「今日はティアルトのわがままにつきあってくださって嬉しいわ。ありがとう」


 優雅に微笑まれる王妃様のまなざしに、邪悪の娘に対する嫌悪の感情は見えない。


 もしかしたら、内心では「邪悪の娘なんかがえある王城のお茶会に……!」とご不快に思われているかもしれないけれど、外から見る限り黒い靄も見えないし、さすがアルスデウス王国第一位の女性であらせられると思う。


「ひどいよお母様! 僕、わがままなんて言ってないもん!」


 王妃様の言葉に、ティアルト様が愛らしいほっぺをぷぅっとふくらませる。


「僕、ただお母様にすごいところを見せたくて……っ」


「はいっ、ティアルト殿下のおっしゃる通りです! 殿下はわがままなんて何ひとつ口にされておりません!」


 反射的に口を開いてから、王妃様のお言葉を否定するなんて不敬と罰されるんじゃないかと、背中に冷や汗が浮かぶ。


「では、エリシア嬢も楽しんでくれていると思ってもいいのかな?」


 甘やかな笑みを浮かべ、助け舟を出してくださったのはレイシェルト様だ。


「もちろんです! お茶もお菓子も素晴らしいお品ですし、秋薔薇が咲き誇る庭園も本当に見事で……!」


 一番輝いてらっしゃるのはレイシェルト様に他なりませんけど!


「よかったら庭園を案内させてもらえるかい? 四阿から見えないところでも、それは見事に咲いているんだよ。母上、少しエリシア嬢を案内してきてもよろしいですか?」


「ええ、いってらっしゃい」


「僕も行く~っ!」


 笑顔で首肯した王妃様に続き、ティアルト様が元気いっぱい手を挙げて椅子から降りる。ティアルト様付きの従者の一人だろうか、後ろに控えていた青年侍従が一人、一礼して付き従ってくる。


「お客様を楽しませるのは主賓の役目だもんね! エリシア嬢、お手をどうぞ!」


 ふんすっ、と鼻息が聞こえそうな勢いでティアルト様が手を差し伸べてくださる。


「ありがとうございます」

 愛らしさに頬を緩めながら、立ち上がり小さな手に指先を重ねると、


「では、もう片方はわたしが」


 続いて立ち上がったレイシェルト様がごく自然な様子でもう片方の私の手を取った。


 ……え? えぇぇぇぇっ!?


「だめだよ、兄様! 僕が案内するんだから!」


「だが、お前では急に走ってエリシア嬢を驚かせそうだろう?」


「しないもんっ、そんなこと!」

 ティアルト様がぷくーっと頬をふくらませる。


「あ、あの。レイシェルト殿下。お気遣いいただき、ありがとうございます。ですが、大丈夫ですから……」


 ティアルト様なら耐えられても、レイシェルト様に手を取ってエスコートしていただくなんて……っ! 私の心が持ちませんから! 光栄すぎて爆発四散しますからっ!


「きみにまでそう言われては、仕方がないね。エスコートはティアルトに任せよう」


 しぶしぶといった様子で手を放したレイシェルト様と対照的に、ぱぁっと顔を輝かせたティアルト様が、


「うんっ! 任せて! あのね、こっちだよ!」

 と、力強く私の手を引いて歩き出す。


 何この地上の天国は……っ!?


 エスコートというより、ぎゅっと手を握ってぐいぐいと引っ張っていくさまは、意気込んでいるのが丸わかりで可愛らしい。


「ティアルト、女性をエスコートする時は、ちゃんと相手に歩調を合わせて……」


「こう?」

 レイシェルト様の注意に、ティアルト様が歩調を緩める。


「そうだよ。女性はわたしやお前と違って、華やかなドレスを纏っているのだから、ちゃんと相手への気遣いを忘れないようにしなくてはね」


 穏やかに諭したレイシェルト様が、私に視線を向けて、困ったように眉を下げる。


「申し訳ない、エリシア嬢。ティアルトはまだ不慣れで……。許してやってもらえるかい?」


「とんでもないことです。これほど見事な薔薇園なのですもの。早く見たいと願う私の気持ちを感じて、ティアルト殿下がお応えくださったんだと思います。それに、私などでもティアルト殿下の練習相手になれるのでしたら、光栄です」


 前世はお兄ちゃんしかいなかったから、今世はセレイアっていう可愛い妹ができて嬉しいけど……。弟が生まれてても可愛かっただろうなぁ……。ティアルト様を弟扱いするのは不敬かもしれないけれど。


「エリシア嬢は優しいね。そう言ってもらえると、心が軽くなるよ」


 レイシェルト様がにこやかに微笑む。


 はわぁ~っ! 尊い……っ!


 なんて高貴でまばゆい笑顔……っ! 咲き誇る薔薇なんて目じゃないくらい、この庭園で一番麗しいのはレイシェルト様に他なりません!


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