20 イケメンVSイケメン勃発!?


「ああ? 誰だお前は?」


 ジェイスさんがいぶかしげに眉を吊り上げる。


「彼女に以前、相談に乗ってもらった者だ」


 私がいるテーブルまで足早に歩み寄った玲様(仮)が、


「彼女から手を放せ」

 と、私の頭の上に載ったジェイスさんの手首を掴む。


「はぁ? 別に嫌がることなんざしてねぇよ。っていうか、客じゃないんなら邪魔すんな」


「なぜ客ではないとわかる?」


 玲様(仮)様の引く声に、はんっ、と小馬鹿にしたようにジェイスさんが鼻を鳴らす。


「決まってるだろ? こいつは腕がいい。たいていの客は、一回相談するだけで解決するんだよ。それも知らないとはにわかだな、お前」


 ぐっと玲様(仮)が悔しげに奥歯を噛みしめる。っていうか!


「ちょっと! いい加減二人とも私の頭の上から手をどけてくれませんか!? 重いんですけど!」


 私の声に、弾かれたように二人が手をのける。

 もうっ、重くて首を痛めるかと思ったってば!


「あの、どうかなさったんですか? また悩み事が……?」


 玲様(仮)様の肩にはうっすらと黒い靄が見える。たった一週間なのに、また靄が見えるなんて、よほどストレスフルな生活を送っているとしか思えない。


「いや、悩みというより……」


 「ちょっとお借りするよ」と隣のテーブルから椅子を引き寄せた玲様(仮)様が、対面で座る私とジェイスさんの間に腰かける。


 私が使っているテーブルはお客さんと親密に話せるように小さいものなので、三人が三辺を囲むとどうにも手狭に感じてしまう。


「きみが無事に帰られたのかと、心配で仕方がなかったんだ。先週は、結局送ることができなかったからね。あの後、何事もなく帰れたかい?」


「ひゃっ」


 言葉と同時に、剣だこのある手がきゅっと私の手を包む。ジェイスさんが眉を吊り上げた。


「おいっ!? お前こそ何してやがる!?」


 ジェイスさんが玲様(仮)の手を引きはがそうと掴みかかる。


「エリに手を出してるんじゃねぇよっ!」


「エリ……。きみの名前はエリというのかい?」


 引きはがそうとするジェイスさんを涼しい顔でスルーしながら、こちらへ顔を向けた玲様(仮)が甘やかに微笑む。


「可愛らしい名前だね、エリ」


「あ、ありがとうございます……っ」


 瞬間、顔がぼんっと熱くなる。


 レイシェルト様そっくりの美声で、前世の名前を呼ばれるなんて……。み、耳と脳が融けるぅ~っ!


「あ、あの。私もお名前をうかがっても……?」


 今だ! チャンスは今しかないっ! おずおずと問うた私の質問に、玲様(仮)が一瞬、ためらうように口を引き結ぶ。と。


「レイと……。そう呼んでくれると嬉しいな、エリ」


「おいレイ! いい加減、エリから手を放せ!」


 レイ様の手に爪を立てそうな勢いのジェイスさんが苛立ったように叫ぶ。ジェイスさんと力で張り合えるなんて……。レイ様もかなり鍛えているのだろう。


 っていうか、前世の最推しのれい様と同じ名前だなんて……っ! 感動のあまり、気絶しちゃいそう……っ!


「あの、そろそろ……」


 心臓のどきどきが治まらない。身動ぎすると、


「きみに言われては仕方がないね」

 とレイ様がようやく手を放してくれた。


「というか、きみにまで名を呼ぶことを許してはいないが。いい加減、席を外してくれないか」


 ジェイスさんに顔を向けたレイさんが、冷ややかな声音で告げる。


「は? お前みたいに顔を隠した不審者をエリと二人にできるか! おいエリ、よからぬことをする前に、こいつをしょっ引いてやろうか?」


「不審者とは失礼極まりないな。わたしがエリによからぬことなどするはずがないだろう?」


「いきなり手を握っておいてどの口がほざく!」


 額に青筋を立てそうな勢いでジェイスさんが叫ぶ。と、レイ様が私に顔を向け、しかられた犬のように首をかしげた。


「すまない、エリ。きみと手をつなぎたいと思ったのは、迷惑だっただろうか……?」


「い、いえいえいえっ! そんなっ、全然……っ」


 無理っ! この声がそんな風に聞かれたら否と答えるなんて無理~っ!


「よかった」


 はうあっ! 嬉しくてたまらないと言いたげな口元のその笑み、尊すぎます~っ!


 いや、でも待って!? レイ様はあくまでレイ様であって、レイシェルト様じゃないからっ!


 落ち着いて! いくら似ているからって、別人にときめくなんて、ファン失格……っ!


「よかねぇよっ!」


 荒れた声を上げたのはジェイスさんだ。その肩にはさっきまでなかった黒い靄が漂っている。


「ジェイスさん、どうしたんですか!? あっ、不審者って単語にお仕事のことを思い出しちゃったとか……?」


「仕事?」


 いぶかしげにジェイスさんを振り返ったレイ様が、得心したような声を出す。


「ああ、その制服。そういえばきみは警備隊の隊長だったか。ならばここで油を売っている暇はないだろう? 最近、揉め事が頻発していると聞いている。見回りでもしてきたらどうだい?」


「はぁ!? 目の前に不審者がいるのに見回りなんていけるワケがないだろ!? お前のほうがどう見ても怪しいじゃねぇか!」


「わたしが? 言うに事を欠いて誹謗中傷を……。喧嘩を売るというのなら、受けて立とう」


 レイ様とジェイスさんが険悪な雰囲気で睨み合う。


 二人にまとわりつく黒い靄が濃く淀む。


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