17 夢じゃ、なかった……?


 お母様がセレイアを伴って、血相を変えて離れに乗り込んできたのは、夢のような舞踏会が終わって数日後の午後だった。


 うん、たぶんあれ、ほんとに夢だったんだと思う……。従者に呼ばれて会場へ戻っていったレイシェルト様達と別れた後、どうやって屋敷へ帰ってきたか、全然記憶がないもん……。


 いつも王城に行く時に借りてる貸し馬車の御者さんに「お嬢さん!? お嬢さん着きましたよ!? しっかりしてくださいっ!」って何度も呼ばれたのはかすかに覚えてるけど……。


 私が王城のお茶会にご招待いただく名誉を賜るなんてそんな……。


「どういうことなの!? 邪悪の娘であるあなたがティアルト殿下が初めて主催されるお茶会にお招きいただく栄誉を賜るなんて……っ! いったいどんな卑劣な手段を使ったの!?」


「……え?」


 マルゲを押しのけるようにして離れの居間へ入ってきたお母様が開口一番に上げた叫びに、私は呆けた声を上げた。


 よほど間抜けな顔をしていたのだろう。私の顔を見たセレイアが、くすりと唇を吊り上げる。


「お母様、ご覧になって。あの間抜けな顔。邪悪の娘がお茶会に招かれるなんて、何かの間違いに決まってますわ」


「わたくしもそうに違いないと信じているけれど! でも、王城の確かな筋から聞いたのよ! ティアルト様が邪悪の娘を招待してお茶会を開かれるって! ああっ、きっとティアルト様は幼くていらっしゃるから、聖女であるセレイアちゃんと邪悪の娘を取り違えなさったんだわ……っ! なんてこと! このままではサランレッド公爵家の名誉が地に落ちてしまう……っ!」


 わなわなと血の気の引いた顔で身を震わせたお母様が刃のような視線を私に向ける。


「正直におっしゃい! いったいどうやってティアルト殿下をたばかったの!?」


「そ、そんなっ! 決して謀ってなんて……っ!」


 あわててぶんぶんと首を横に振る。


 って、待って! お母様がこんな風におっしゃるということは……。お茶会のお誘いは、ほんとにあったこと……?


「夢じゃ、なかった……?」


 呆然と呟いた私に、お母様が目を怒らせて詰め寄る。


「やっぱり心当たりがあるのね!? 正直におっしゃい! 何かよからぬ邪法でも使ったんでしょう!?」


「ち、違いますっ! 邪法なんて私……っ」


 必死に訴えかける私に、セレイアが冷笑を閃かせる。


「そんな言葉を信じられると? きっとわたくしの名前をかたったのでしょう? 汚らわしいその黒髪を見たら、真実などひと目でわかるというのに……。なんて愚かなの!」


「セレイアちゃんの言う通りだわ! ここはセレイアちゃんとわたくしが出席して、ティアルト殿下に重々お詫び申しあげなくては……っ」


「お、お母様、お待ちください! ティアルト殿下は私を――」


「邪悪の娘なんてお茶会に出せるわけがないでしょう!? あなたなんかこの離れでさっさと朽ちていけばいいのよ!」


「お、奥様! た、大変です……っ!」


 お母様が叫ぶのと、侍女の一人が泡を食って飛び込んでくるのが同時だった。


「お、おおおお……っ」


「何なの、取り込み中に! はっきりおっしゃい!」


 声を震わせる侍女を叱責したお母様の言葉を打ち消すように。


「取り込み中に失礼したね。間が悪……いや、よかったと言うべきかな?」


 涼やかな美声とともに、さっと道を譲った侍女に代わって、声の主が戸口へ姿を現す。


 瞬間。部屋中に光が満ちあふれたかと思った。

 太陽よりもまぶしい高貴な輝きを惜しみなく放つ御方は。


「レ、レイシェルト殿下……っ!」


 かすれた声で名を呟いたのは、私かお母様か、それともセレイアか。


 ざっ、と麦の穂が強風にうち伏すように、三人そろって床に跪き、こうべを垂れる。


「そんなに堅苦しくしないでほしい。今日のわたしは、王太子ではなく、ティアルトの使いとして来ているのだからね」


 レイシェルト様が穏やかな声に、おずおずと顔を上げる。


「ティアルト殿下の……?」


 いぶかしげに呟いたお母様が、はっと顔を強張らせる。


「も、申し訳ございませんっ! ち、違うのです! わたくしどもは邪悪の娘を栄えあるお茶会へ送りこみ、王城を穢すつもりなどまったくなく……っ!」


「邪悪の娘?」


 不快げに眉をひそめたレイシェルト様に、お母様が壊れた人形のようにこくこく頷く。


「ティアルト殿下は取り違えをなされたのでしょう!? 聖女はこのセレイアでございます! きっと何か勘違いをなさ――」


「サランレッド公爵夫人」


 不意に低くなった美声に、お母様が凍りついたように声を飲み込む。


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