7 なんとしても推し活をしてみせるっ!
私の宣言にマルゲが絶句する。
いつも冷静沈着なマルゲが固まるなんて、珍しい。と、あわてふためいた声が飛び出した。
「本気でいらっしゃいますか!? 公爵家のご令嬢が働くなんて……っ! 前代未聞でございます!」
「大丈夫、公爵令嬢の看板なんて背負って働かないわよ。そんなことをしたら、お母様達にご迷惑をかけるに決まってるし……。あっ、マルゲ! あなたのお兄さんのヒルデンさん、町人街で料理店を営んでるわよね? そこで給仕として雇ってもらえたりしないかしら!? 経験はないけれど、一人前になれるよう努力は惜しまないから!」
「行けません! 町人街で働くなんて……っ! お嬢様の身に何かあったらどうなさるんですか!?」
「ヒルデンさんのお店は町人街だけど、貴族街に近い立地だから客層がいいって、前にマルゲが言ってたじゃない。下級貴族が食事に来ることだって多いんでしょう?」
「治安がいいからといって働く許可など出せませんっ! お嬢様はマルゲの心臓を心配で潰す気ですか!?」
「そんなっ! 大切なマルゲにそんなことをするはずがないでしょう!? マルゲは私にとって、家族以上に家族なんだから!」
「お嬢様……っ」
間髪入れずに返した私に、マルゲが感極まった声を出す。
「でも……。お願いマルゲ。これだけは譲れないの。せっかく素晴らしい推し様と出逢えたんだもの。私、推し活に励みたいの! たとえに反対されたとしても!」
じっ、と
先に折れたのはマルゲだった。
「わたくしには、「おしかつ」なるものが何なのかさっぱり理解できませんが……。新しい喜びを見つけられたお嬢様のお顔が、ご幼少の頃からずっとお仕えしてきたわたくしでも見たことがないほど、活気に満ちあふれてらっしゃるのはわかります」
はぁっと吐息したマルゲの視線が、真っ直ぐに私を射抜く。
「働きたいというお気持ちは揺るぎないのですね?」
「うん! もし反対されても、マルゲが許してくれるまで説得を諦めないわ!」
力強く頷くと、マルゲがもう一度吐息した。
「……わかりました。お嬢様がそこまでおっしゃられるのなら仕方がありません――」
「ありがとうマルゲ!」
「ですが!」
私の言葉を封じるように、マルゲが強い声を出す。
「侍女として、お嬢様の身に危険が及ぶようなことは容認できません! 許可を出すのは、わたくしを納得させることができてからです!」
マルゲがぴしゃりと言い切る。
ううっ、やっぱりマルゲもただでは許してくれないか……。
でも、心配をかけたくないのは私も同じだ。
よしっ、せっかくマルゲが譲歩してくれたんだもん! 推し活のために何としても説得してみせる!
「まず最初にうかがいますが、失礼ながらお嬢様の髪と目の色で、給仕が務まると本当にお考えですか?」
「あ……っ」
マルゲのもっともな指摘に、言葉に詰まる。
いくら魔法と言えど、姿かたちを変えることはできない。髪は最悪、染粉でごまかせるかもしれないけれど、目の色はどうしようもない。
初めて私を見た人が浮かべる嫌悪や恐怖の表情を思い出し、つきんと胸が痛む。
マルゲが言う通り、邪悪の娘である私を雇ってくれるお店なんてないだろう。
押し黙った私を、マルゲが痛ましげに見る。
じゃあ、この離れで内職でも始めてみる? 貴族の子女のたしなみとして、
髪や目を隠しても不自然じゃない職業って……。
「ねぇ、占い師っていうのはどう!?」
「……はい?」
マルゲが虚を突かれた顔になる。
「占い師っていうか、よろず相談みたいな感じで! ほら、占い師なら、神秘的な雰囲気を出すためにフードをかぶっていたり、顔をヴェールで隠していても変じゃないでしょう? 失せ物探しなんかは無理だけど、世の中には誰かに話を聞いてもらいたいって人もいるだろうし……」
「確かに、お嬢様とお話をしていると、心が軽くなって嫌な気持ちが晴れることが多いですが……」
それは負の感情である黒い靄を私が内緒で祓っているからだ。
そうよ! せっかくある聖女の力だもん! 活用しないともったいないよね! 推し活のためなら、聖女の力だってフルに使っちゃう!
「お嬢様、本気ですか!? で、ですが、辻にお店を出すなんて許可できませんよ!?」
「じゃあ、ヒルデンさんのお店の一角を借りるのはどう? 毎週末に働く感じで……。ヒルデンさんのお店なら、マルゲも安心でしょう?」
「まあ、兄さんのお店なら、他より信用がおけますが……」
「じゃあ、試しにやってみてもいい? 初めてのことだし、何事もやってみないとわからないもの! マルゲには心配をかけないように気をつけるから!」
たとえ今回の案が失敗しても、試行錯誤して推し活資金を貯めてみせるっ!
決意を胸に身を乗り出すと、マルゲが額を押さえて三度目の溜息をついた。
「わかりました……。わたくしに隠れて無茶をされるくらいなら、承知している範囲でされたほうが、まだマシです。毎朝の神殿通いもずっと続けてらっしゃるし……」
六歳の時に、セレイアが水垢離の水が冷たくて泣いているのを聞いて以来、毎朝、セレイアの水垢離前に神殿へ行って、秋冬の間は水を温めるのを、九年近く続けている。
だって、可愛いセレイアが風邪なんてひいたら嫌だし……。
「ちゃんと、お母様達がいらっしゃる前に戻ってきてるから大丈夫よ」
「お嬢様は清楚な見た目とは裏腹に、中身は意外と頑固ですよね……。わかりました。兄にはわたくしから話を通しておきます。とりあえず、お嬢様が町人街に着ていけるフード付きのマントを探すところから始めましょうか……」
「ありがとう、マルゲ! 大好き!」
王城から帰ってきて着替えることも忘れていたドレスのまま抱きつくと、すかさずマルゲに叱られた。
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