6 推し様を見つけたからにはっ!


 どうやって王城を辞して離れに戻ってきたのか、まったく記憶に残ってない。


「お嬢様!? いったいどうなさったんですか!? 王城で口さがない貴族達に失礼極まりないことを言われましたか!? それとも奥様ですか!? ああっ、これほど呆然自失となられるなんて、いったいどのような目に……っ!」


 心配に震えるマルゲの声に、私はようやく我に返った。途端。


「マルゲぇ~っ! どうしようどうしよう~っ! 推し様が尊すぎて、尊さが限界突破して超新星爆発なの! 無理! 尊い! 爆発四散しちゃう~っ!」


 ドレスのまますがりついた私に、マルゲが目を瞬かせる。


「おし? ばくはつ……? お嬢様、何があったのですか?」


「レイシェルト様に初めてお逢いしたの! 細身ながらも鍛えられて引き締まったお身体! 仕草のひとつひとつに気品があふれて大洪水な佇まい! 拝聴するだけで耳どころか心も融ける天上の調べのごとき美声! 黄金よりもまばゆいさらっさらの御髪おぐしと蒼天よりも澄んだ瞳! 何より、見る者を魅了せずにはいられない凛々しくかつ麗しいご尊顔……っ! 尊い! 推せる! いえ推させてください伏してお願い申しあげますっ! レイシェルト様こそ至高の! 私が何よりも求めていた推し様なの――っ!」


「はあ……?」


 マルゲが意味がわかりかねますと顔にでかでかと書いて、あいまいに頷く。が、私の興奮は治まらない。


「まさか、もう一度推し活ができるなんて……っ! ねぇ、マルゲ! レイシェルト様ってどんな方なの!?」


 勢い込んで尋ねると、戸惑いながら答えてくれた。


「そうですね……。御年は十八歳。文武両道の誉れ高く、年に一度の王家主催の神前試合では、昨年、初出場ながら準々決勝まで進まれたとか……。七年前、陛下の後添えに入られたミシェレーヌ王妃様との仲もよく、腹違いの弟であるティアルト殿下をたいへん可愛がってらっしゃる――」


「待って! ちょっと待って! 推し様情報の突然の供給過多で酸欠になっちゃう……っ!」


「お嬢様っ!?」


「でもくださいっ! もっと推し様の情報を……っ!」


「どうなさったんですか!? もしや邪法でもかけられましたか!? 少し落ち着いてくださいませ。さあ、深呼吸をなさって……っ!」


 マルゲに背中を撫でられながら、すーはーすーはーと深呼吸する。


「先ほどから、「おし」なる謎の言葉を口にされておりますが――」


「マルゲも推し活に興味あるっ!? 推しっていうのはね! 尊くて崇高で見ているだけで、ううん! 心に思い描くだけで活力が湧いてくる幸福の源で――」


「あ、いえ。結構です。不用意に聞いてはいけないものだということは理解いたしました」


 ぐいぐいぐいと迫る私に、マルゲがさっと手のひらをこちらへ向けて、冷静極まりない様子で首を横に振る。


 ちぇー。せっかくみっちゃんみたいな推し仲間ができるかと思ったのに~。


「とにかく! 推し様を見つけたからには、全力で推させていただきたいのっ! 全身全霊で!」


 拳を握りしめ、力強く宣言したところで、はたと気づく。


 でも……。いったいどうやって推させていただいたらいいんだろう……?


 前世の推しである玲様は売り出し中の新人俳優で、それはそれは推し甲斐があった。


 玲様が出演された番組はドラマはもちろんバラエティもCMも全部録画して、少ないお小遣いをやりくりして玲様が載った雑誌を買って、みっちゃんと回し読みして熱く語りあって……。


 舞台で主役を演じると決まった時には、原作になった小説を暗記するほど読み込んだものだ。あの時ほど、数々のテストで鍛えられた己の記憶力に感謝したことはない。


 でも……。印刷技術が発達していないこの世界では、雑誌なんて刊行されていない。もちろん写真だって。


 もし『月刊アルスデウス王家の皆様』なんて雑誌があったら、毎号、観賞用、保管用、布教用と買ってたよっ!


「そんな……っ! じゃあ私はどうやってレイシェルト様の麗しのお姿を拝んだらいいの……っ!?」


 一目見ただけでレイシェルト様の光り輝くお姿は心の中にしかと刻まれてるけれど! それを思い出すだけで、「尊い……っ!」って五体投地できるけどっ!


 でもやっぱり、オタクとしては手に取れるグッズがなんとしても欲~し~い~っ!


 もだえる私に、マルゲが呆れたように呟く。


「礼拝でもなさるおつもりですか……?」


 瞬間、私の脳裏にきゅぴんと閃いた。


「そうよっ、なければ作ればいいのよ! 叶うなら腕のいい石工にレイシェルト様の全身大理石像を彫ってもらって、全方向からためつすがめつ愛でたいところだけど、さすがにそんなお金はないし……」


「お嬢様。最初に申し上げておきますが、だんな様よりわたくしがお預かりしているお金は、お嬢様に公爵令嬢としてふさわしい教養を身につけていただき、健やかにお過ごしいただくため。どこをどう引っくりかえしても、大理石像のような高価な品を発注する余裕は――」


「わかってるわ。大理石像はさすがに無理よね。ねぇマルゲ、腕のいい肖像画家で、内密の注文を受けてくれそうな人っているかしら? 情報通のマルゲなら知っているでしょう?」


「それでしたら、最近、宮廷画家に召し上げられたロブセル様はいかがでしょうか? まだ二十代の若さながら腕は確かだと評判ですし、内密とはいえ、公爵家からの依頼を断られることはないかと……」


 打てば響くように即答したマルゲが、途中で我に返り、


「いえ、ですから肖像画を注文するお金もありませんからね!?」

 と目を吊り上げる。


「もちろんよ!」

 と大きく頷く。


「お父様のお金を使う気はないわ。大丈夫! ちゃんと働いて稼いだ自分のお金で注文するから!」


 だって推し活のための資金だもの! 前世は高校生でバイトが許されてなかったから、お小遣いの範囲でやりくりするしかなかったけど、今世は今日成人を迎えたし、社会勉強も兼ねて働く経験を積むのも大事だよねっ!


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