4 王城での初めての拝謁


「ああっ、わたくしも一緒に参れたらよいのですけれど……っ! 今日ほど平民である我が身を悔やんだことはありませんっ!」


 ぎりぎりと歯噛みする音が聞こえそうなくらい真剣に悔しがっているマルゲを安心させようと、私はおっとりと微笑んだ。


「大丈夫よ、マルゲ。私の場合、広間の入り口のところで一礼するだけだもの。王家の皆様とお言葉を交わすことなんて決してないし。すぐ帰ってくるから、心配しないで」


 マルゲが私以上に不安がってくれてるおかげで、これから王城へ向かうというのに自分でも驚くくらい落ち着いている。


「よいですかっ! ちゃんと無事にお嬢様をお届けして、帰りも無事に連れ帰ってくるのですよ! もし馬車に乗っている最中に何かあったら……。全殺しにします」


「ひぃぃっ!」


 どこからどう聞いても本気だとわかるマルゲの声音に、貸馬車の御者さんが悲鳴を上げる。


 ちょっとマルゲ……。邪悪の娘を乗せるってわかった時より御者さんが怯えてるんだけど……。っていうか、全殺しって何!? 半殺しじゃないの!?


 十五歳になった私は今日、王城で国王陛下から、淑女の一人として成人を認めるお言葉を賜ることになっている。


 貴族の子女は皆、十三歳の誕生日を過ぎてから国王陛下に拝謁し、成人を認めてもらう必要があるのだ。十三歳で成人って、すっごく早いと思うんだけど……。昔の日本での元服も早ければ十三歳だったし、子ども時代が終わり、社交界に出られるようになる年くらいの意味だろう。


 早い令息や令嬢なら、すぐに婚約することもあるが、実際に結婚式を挙げるのは、二十歳近くになってからだ。


 でも、私はすでに十五歳。


 二年前、私が十三歳の誕生日を迎えた時、国王陛下への拝謁のことを口にしたお父様に、お母様が強硬に反対したらしい。


「邪悪の娘を勇者の血を受け継ぐ王家の方々の御前に連れていくなど、なんて恐ろしい……っ! 不敬と断じられ、サランレッド公爵家の名に傷がついたらどう責任を取られるおつもりですか!」


 と。公爵としての能力はともかく、屋敷の中ではお母様に頭が上がらない事なかれ主義のお父様は、お母様の剣幕に、たじたじになって私の拝謁を取りやめたという。


 が、二年経った今になって、私が国王陛下に拝謁することが可能になったのは、先日、十三歳の誕生日を迎えたセレイアの拝謁の日について、お父様が国王陛下にお伺いを立てた際、


「セレイア嬢には姉がいるだろう。公爵夫人の強い要望で、二年前は拝謁を見送ったが……。いかに邪悪の娘と呼ばれていようと、姉をおいて妹だけが成人となるのは秩序を乱すもととなりかねん。貴族の中でも範となるべき第一位の公爵家が序列を乱すのはいかがなものか」


 と陛下がおっしゃられたためらしい。そこで、急遽きゅうきょ、私も拝謁できることになったのだ。


 十五歳になった今でも、私が聖女の力を持っていることは、マルゲでさえ知らない。邪悪の娘が聖女の力を持っているなんて、誰も考えさえしないのだろう。


 聖女の役目を果たしなくない私にとっては、邪悪の娘という立場は、ある意味いい隠れみのともいえる。


 陛下に拝謁できることになったとはいえ、お母様が邪悪の娘と一緒の馬車になんて乗れるわけがないでしょう!? とおっしゃったため、私だけが貸馬車で赴いた。それに、拝謁といっても、セレイアが陛下からお言葉を賜る謁見の間の壁際で控えるだけなんだけれど……。


 

   ◇   ◇   ◇



 生まれて初めて訪れた王城は、おとぎ話の白亜のお城という表現がぴったりの、きらびやかで壮麗な場所だった。


 広々とした庭園は春の訪れを言祝ことほぐように初春の明るい陽射しが降りそそぎ、手入れされた木々の木の葉の間を渡るそよ風が早咲きの花々の香りを運んでくる。


 うっすらと縞模様が入った大理石の壁には王家の祖である勇者様が邪神ディアブルガを倒す旅路の浮き彫りが名匠の手で彫られ、歩を進めるだけで、自然と敬虔けいけんな気持ちが沸き起こってきた。


 私の前を歩くのは王城の従者が一人きり。


 聖女であるセレイアが国王陛下よりお言葉を賜る今日は、公爵家とつながりを持ちたい大勢の貴族達が謁見の間へ詰めかけているはずだ。

 誰にも会わないということは、邪悪の娘である私ができる限り人目にふれないように、お父様が手を回したのだろう。


「こちらでございます」


 謁見の間に続く小さな扉を従者が恭しく開ける。その肩にはうっすらと黒い靄が見えるけれど、恐怖を外に出していない点は、さすが王城で働く従者だと感心する。


 淡い水色のシンプルなデザインながら公爵令嬢にふさわしい絹のドレスを纏った私は、人目を避けるべく息を潜めて中へ入る。


 居並ぶ貴族達が遅れて入ってきた不作法者に鋭い視線を向け――。


 邪悪の娘である私の姿に、目を見開く。


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