第37話 堅石さんは、恋人になりたい




 空野とデートした日の夜、堅石さんはソファでスマホを操作していた。


 メッセージのやり取りをしていて、その相手は最近友達になった、東宮えりかだった。


 前に二人でデートしようと言っていたので、それをいつするかという話題になっていた。


 そして今、ちょうどいつになるかが決まった。

 すると夕飯のお皿洗いを終えた空野が、堅石の横に座った。


「空野さん、お皿洗いありがとうございます。そしてご報告があります」

「うん、なに?」

「明日、東宮さんとデートが決まりました」

「早いね!?」


 日程を決めたのは東宮だった。

 堅石としてはいつでもいいのでその旨を伝えると、『では明日でいいですか……!?』と提案があり、それに承諾しただけだ。


「東宮さんが明日がいいと。早い方がいいと言っていました」

「そうなんだ……やっぱり東宮さんは、堅石さんのことが好きみたいだね」

「友達に好かれるのは、とても嬉しいことです」

「うーん、そうだね。友達じゃなくて、ファンとしての感情もありそうだけど」


 空野が言った意味がわからず、はてなマークが頭の中で浮かぶ堅石。


 なぜ東宮がファンの感情を持っているのか、堅石にはわからなかった。


「何時から遊ぶの?」

「お昼前からのようです。場所は今日空野さんとデートした施設と同じところのようです」

「そっか、あそこはなんでもあるからね。カラオケとか映画館とか」

「カラオケ、映画館……行ったことないですね」


 コンビニすら行ったことがない堅石が、カラオケや映画館に行ったことがあるわけがなかった。


「映画自体は家で見たことはありますが」

「まあよくテレビでもやってるしね」

「はい、それに家にはシアタールームもありましたので、そこでよく見てました」

「そ、そうなんだ、すごいね」

「すごい? 何がですか?」

「シアタールームって、普通の家にはないものだから」

「そうなのですね」


 映画館の大きなスクリーンには及ばないが、それに近しいほどの大きなモニターで映画を見ることが出来る、堅石の実家。


 堅石ゆきがその凄さを十分に理解出来るのは、もう少し先だった。


「カラオケルームはなかったの?」

「なかったです。ボイストレーナーの方に教えてもらう部屋はありましたが」

「そっちの方がすごいね」

「ピアノが一台と他の楽器が何個かある、防音の部屋というだけですが」

「うん、シアタールーム同様に、普通の家にはもちろんないね」

「そうなのですね」


 自分の家が他よりも大きいというのは知っていたが、どれくらい大きいかはよくわかっていない堅石。


 もともと小中学校はお嬢様学校だったので、そういう普通の感覚が養われていない。


 だが普通のマンションで暮らしていることによって、最近は少しずつだが養われてきている。


「明日ですが、東宮さんと遊ぶのにお金が必要かと思いますが、私が持っているカードで足りますでしょうか?」

「足りるに決まってるよ」


 どっかのお店に入って「ここからここまで全部ください」と言っても、堅石が持っているカードがあれば足りるだろう。


「あっ、だけど小銭とかお札は持っておいた方がいいかも。今日のゲーセンみたいに、必要となるかもしれないから」

「わかりました」


 そんな会話をしながら時間は流れ、空野が先にお風呂に入り、堅石がその後に風呂に入っていた。


 最近はお風呂場だけじゃなく、リビングなどにも空野の私物が増えてきて、それが堅石としては少し嬉しい。


 いつか完全に空野の住む場所がこちらの部屋に移ってくれればいいな、と思っていた。


(そのためにはまず寝る場所を確保しないとですね……はっ、私と同じベッドでいいのでは?)


 昔、堅石が小さい頃に両親と一緒のベッドの上で寝た覚えがある。

 あれはとても楽しかったし、幸せだった。


 堅石のベッドはかなり大きいので、空野と一緒に寝ても問題はないだろう。


(しかし一緒のベッドに眠るのも、やはり仲良くなければ無理でしょう。私と空野さんは親友ですが、親友だったらもう一緒のベッドに寝れるのでしょうか?)


 両親は夫婦なので、いつも一緒のベッドで眠っていた気がする。


 堅石は一緒のベッドで寝たことがあるのは、両親と姉だ。


 姉の夏樹とは何度か一緒に眠ったが、もう二度と一緒に寝ることはないだろう。

 何かと理由をつけては堅石の身体を触ろうとしてくるのだから。


(空野さんに、聞いてみましょう)


 堅石はそう思い、お風呂から上がる。


 身体を拭いて服を着て、髪を乾かした後にリビングへと行く。


 空野がソファでくつろいでいたので、喋りかける。


「空野さん、質問があります」

「ん、なに?」

「どれくらい仲良くなれば、私と一緒に寝てくれますか?」

「寝て……!? え、どういうこと!?」


 顔を真っ赤にする空野。


 寝巻きに着替えた堅石の身体を見たと思ったら、すぐに視線を逸らした。


「え、えっと、堅石さん。その質問に至るまでの過程を、また説明してくれないかな」

「はい、わかりました」


 前にも下着を嗅いだ時にこんなことがあった、と思いながら、堅石は説明した。


「空野さんがよくこちらの部屋にいるので、いつか一緒に住むことが出来れば、と思いました。そちらの方がいろいろと効率がいいので」

「ま、まあ確かにそうかもしれないけど……」

「部屋も一つ空いているので、空野さんが住んでも問題ないと思います」


 この部屋は結構大きく、二人が住んでも別の自室を持てるくらいの部屋数はあった。


「い、いや、効率だけを考えて、男女が一緒の部屋に住んじゃダメだと思うけど」

「しかし世の中にはルームシェアという者があり、友達と一緒に住む選択があるというのを知っています」

「確かにあるけど、それは大抵は同性同士か、異性だとしても複数人とかになると思うんだよね」

「そうなのですか。とりあえず、私はいつか空野さんと同じ部屋に住めたら、と考えました」

「う、うん、それでなんで一緒に寝るって考えになったの?」

「やはり一緒に住むとなったら、寝る場所が必要だと思います。だけどベッドなどはすぐ用意出来ないので、私の部屋にあるベッドなら二人で寝ても広さは全く問題ないかと」

「広さは、そうだね」

「はい、それに小さい頃に私は両親と一緒に寝た時に、楽しくて幸せな心地になりました。空野さんと一緒に寝れば、おそらくそれと同等かそれ以上の幸せがあると思いました」

「そ、そっか、一緒に寝るだけってことだね。そういう意味じゃないとは思ってたけど、ビックリした……」

「そういう意味、とは?」

「あ、いや、なんでもないよ」


 また顔を赤くした空野だったが、切り替えるように咳払いを一度した。


「その、やっぱり男女の友達や親友だったら、一緒に寝ることはないかな……」

「どれだけ仲良くなってもですか?」

「うん、そうだね……やっぱり友達や親友でも、そういう一線は大事にした方がいいと思うし」

「そう、ですか……では恋人だったら、一緒に寝ても大丈夫なのですか?」

「あー……うん、恋人だったら一緒に寝ても、大丈夫かな」

「恋人だったら、一緒に住んだり、一緒に寝ても大丈夫なのですか?」

「……うん、そうだね」

「ではやはり、私は空野さんと恋人になりたいです」

「違う、堅石さん、そういうことじゃないんだ……!」


 空野にはそう言われたが、やはり堅石さんの目標は決まった。


「私はもっと仲良くなって、空野さんと親友以上、恋人になりたいと思います」

「うっ……!」


 真っ直ぐと空野の目を見つめてそう宣言すると、空野は顔を真っ赤にした。




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