第36話 堅石さんと恋人?
大きなレジ袋が三つほどの量になったので、堅石さんに一つ持ってもらって、僕は二つ持ってスーパーを出た。
「空野さん、先程の目配せですが、隣の部屋に住んでいることは喋らないでくれ、という意味でよろしかったですか?」
「うん、そうだよ。よくわかったね」
「はい、空野さんの目がそう言っているのがわかりました。なんだか言葉を交わさずとも気持ちが繋がった感じがして、嬉しかったです」
「そ、そっか、よかったよ」
確かにそう言われると、少し照れてしまう。
そして僕と堅石さんは夕焼けでオレンジ色に染まる空の下、また手を繋いで家に歩き出した。
「空野さん、お聞きしたいことがあるのですが、いいですか?」
「ん? 何?」
「先程の店員さんは、私達のことが恋人かと思ったと言っていました」
「う、うん、そうだね」
「他にも学校などで空野さんと一緒にいると、交際しているのか、恋人なのか、と聞かれることがあります。私と空野さんはお友達なのに、なぜでしょうか?」
「うーん……その、男女が二人で一緒に行動していると、やっぱり恋人と間違えられやすいんだよね。特に僕達みたいな高校生は」
「……では友達と恋人、どちらの方が仲がいいと思われるのですか?」
難しい質問が続くなぁ。
「多分、男女の二人だったら、友達よりも恋人の方が仲が良い、って思われるかな」
あくまでもこれは、僕の考えとしか言いようがないけど。
友達と恋人だったら、恋人の方がより親密で仲が良いというのは、一般的な考えのはずだ。
「そう、ですか……では親友と恋人でしたら、どちらの方が仲が良いのですか?」
親友? 堅石さんにとって親友というのは、友達よりも上のものなのかな?
確かに友達と親友だったら、親友の方が仲が良いだろう。
だけど、親友と恋人だったら……。
「それも、恋人の方が上かな」
「そんなにも、恋人というのは仲が良いのですか」
「うん、まあ世間一般的には」
「私に恋人として交際したいと言ってきた男性が何十人かいましたが、その人達は私と親友よりも仲良くなりたかったのですね」
「う、うん、まあ、そうかも」
それは少し違う気がするけど、どう説明すればいいのかわからない。
「ですが素性もわからない男性と友達、親友、恋人になるのは私も遠慮したいです」
「うん、それがいいと思うよ」
「私としては、親友、恋人になるのであれば、絶対に空野さんがいいです」
「……えっ?」
「空野さん、いつか私ともっと仲良くなったら親友に――恋人に、なってくれますか?」
「っ……!?」
え、えっ? こ、これって、告白なの?
いや、だけど堅石さんの言い方からすると、ちょっと違うよね。
彼女は友達の延長線上に親友、そして恋人がある感じだ。
確かに親友は、友達の延長線上にあるだろう。
だけど恋人は、違うところにあると思う。
恋人は友達や親友とは違うし、恋人の延長線上は、それは夫婦とかになってくるし。
「あ、あのね、堅石さん。親友は、その、もちろんいいんだけど。むしろ僕としては、すでに親友って言えるくらいに親しいと思ってるんだけど」
「っ、本当ですか? 私は空野さんと、親友になれていますか?」
「う、うん、そうだね」
「それは、とても嬉しいです」
そう言って笑みを浮かべる堅石さん。
とても可愛らしい笑みにドキッとするが、僕は話を続ける。
「親友になるのはいいんだけど、恋人になるのは少し違うというか……」
「そう、ですか。まだ親友レベル、ということですね」
「いや、うーん……?」
「もちろん親友でも嬉しいのですが、私は空野さんとは親友じゃなく、恋人になれると思っております」
「いやそのね? 親友と恋人だとだいぶ違うんだよね?」
「もちろん知っています。仲良し度が違うということは。だからこそ、もっと空野さんと仲良くなり、恋人を目指したいと思います」
真っ直ぐとした目でそう告げられて、僕は心臓が大きく跳ねるのを感じる。
堅石さんが世間一般的な意味での「恋人になる」ということをわかってないと思うんだけど、それでも堅石さんに「恋人になりたい」と言われるのは、とても心臓に悪い……!
「空野さん」
「は、はい、なんでしょう?」
僕はドキドキで顔が赤くなり、思わず敬語になってしまった。
「いつか空野さんともっと仲良くなれたら――私を恋人にしてくれますか?」
「っ……! その、堅石さん、だからね……!」
「ダメ、でしょうか?」
「うっ……も、もちろん、いいよ。その、恋人のように、仲良くなれたらね」
堅石さんが落ち込むように視線を下げたので、僕はそう言ってしまった。
僕も堅石さんを相手にすると、とても甘くなったというか、弱くなったというか……。
「っ、ありがとうございます。恋人になれるように、頑張ります」
「う、うん……その前に、まず恋人の概念をしっかり勉強しないとね」
僕はとりあえずそれだけ言っておく。
恋人が友達や親友とは違うと知れば、堅石さんも勘違いをしていたとわかってくれるだろう。
僕と堅石さんのデートは、そんな会話で終わった。
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