第35話 堅石さんとスーパー
ゲームセンターから出ると、もう夕方くらいなので帰ることにした。
帰りもずっと手を繋いでいるのだが、さすがに手を繋ぐこと自体は慣れてきた。
だけどすぐ近くに堅石さんの綺麗な横顔があって、そちらを向いて目を合わせるのはまだドキドキする。
知ってたけど、やっぱり堅石さんは綺麗で可愛いから……。
「空野さん、今日はありがとうございました。とても楽しかったです」
「それはよかったよ。服も買えたから、東宮さんと一緒に遊ぶときはその服で遊べるね」
「はい、今日着たこれもよかったですが、他のコーデもよかったです。だけど一つ、あの裸で着ないといけないやつは外で着れないのは残念ですが」
「うん、あれは外では絶対に着たらダメだよ。本当なら室内でも着るものじゃないんだけどね……」
「確かに、部屋着にしてはセーターと同じ素材だったので、寛ぐには適していないかもしれません」
そういう意味で言ったんじゃないんだけどね。
「だけどせっかくご厚意でいただいたので、しっかり着たいと思います」
「……そ、そっか」
ご厚意というよりは、下心満載だったと思うんだけどね、あの女性の店長。
帰り際に「また絶対来てくださいね! その女性に合った服を用意しておきますので!」と鼻息を荒くしながら言っていたから、また来るかは本当に迷う。
だけど堅石さんはそういうのがわからないから、多分また行くんだろうなぁ。
僕と堅石さんは電車に乗り、最寄り駅まで着いた。
そこで僕は今日の夕飯を作るための材料が、家にないことを思い出した。
「堅石さん、僕は買い物をして帰るから、先に帰ってていいよ」
「買い物、ですか? 先程の施設に戻るということですか??」
「いや、ご飯の材料を買うだけだから、近くのスーパーに寄る感じだよ」
「空野さん、それは私も行っていいですか?」
「えっ、いいけど、別に面白いものは特にないよ?」
「いえ、いつも空野さんにご飯を作っていただいていますが、食材を買うくらいは私にも出来るはずです。少しでも手伝えたら、と思います」
「……そっか、うん、じゃあ一緒に行こうか」
僕がいつもスーパーでの買い物とかも済ませていたけど、確かに堅石さんと一緒に行かないと彼女が買い物について学ぶことは出来ない。
一人暮らしをするためには、スーパーで食材などを買うのもしないといけない。
堅石さんはコンビニですら買い物をしたことがないようなので、最初は僕と一緒に行って練習したほうがいいだろう。
「はい。本日は何を買う予定なのですか?」
「今日の夕飯分と、数日分のご飯かな。堅石さん、今日の夕飯で何か食べたいものはある?」
「特にありませんが、強いていうならお肉系を食べたいです」
「うーん、わかった。とりあえずスーパーに行ってから考えようかな」
ということで、僕と堅石さんはスーパーへと向かった。
スーパーに着き、カゴを取ってカートに乗せる。
「なるほど、カゴの中に食材を入れて、そのカゴをカートに入れることで移動しやすくなるのですね。とてもいいアイディアですね」
「うん、いっぱい買うからカートがあると楽だね」
堅石さんは初めてカートとカゴを見たようで、目をキラキラ輝かせていた。
そして中に入って野菜や果物がいっぱい並んであるのを見て、さらに目を見開いて驚いていた。
「こんなにも食材が並んでいるのですね……全部取り放題なのですか?」
「取り放題……まあ必要な分はいくつでも取っていいと思うけど、普通にその分はお金を払うからね」
ある意味では取り放題なのかもしれないけど、取りすぎても腐っていっちゃうからね。
「なるほど、ですがこれほど多くの野菜があると、どれを取ればいいのかわかりません」
「初めて来るとそうかもね。どういう料理を作るかとかを想定して、適当に取っていけばいいだけだよ」
「そうなのですね。ではまずスーパーで買い物をするためには、料理が出来ないといけないということですか」
「うーん、そこまで難しく考えないでいいと思うけど。とりあえず今日は僕が適当に取っていくから、それを見て学んでいって」
「わかりました、頑張ります」
堅石さんはしっかりと授業を受ける、というくらい真面目に頷いた。
その後は僕が適当に食材を取りながら説明していく。
「これはキャベツ、いろんな料理で使えるね」
「キャベツ? こんな丸い球体なのですか?」
「ああ、あれは切ったり千切ったりして調理した後のものだから。もとはこういう形で売られてるんだよ」
「なるほど、そうなのですね……こちらはなんでしょう?」
「それはアボカド」
「アボカド? えっ、緑ではなく、黒に近いのですが」
「アボカドは中が緑で、それをいつも食べてるんだよ」
「そうだったのですか……知らないことばかりです」
もとの食材の形すら知らない堅石さんは、とても新鮮なリアクションをしながら食材をカゴの中に入れてくれる。
堅石さんが目につくものをどんどん説明して、それらをどんどんカゴの中に入れていくから、想定以上に多くの食材を買うことになった。
「いっぱいだね」
「すいません、空野さん。私が未熟なせいで、これほど多くの食材を買うことになってしまって」
「いや、大丈夫だよ。堅石さんと一緒に買い物するのはすごく楽しかったから」
「本当ですか?」
「もちろん」
僕もいつもは適当に食材を手に取り、買い物をこなしていくんだけど、堅石さんと一緒にいると反応が面白くて、いろんな食材を買いたくなってしまった。
「私も、初めてこのような場所に来ましたが、おそらく一人だったらただ混乱するだけで、何も出来なかったと思います。空野さんのお陰で、とても楽しかったです」
「そっか、よかったよ」
僕と堅石さんはそう言って、レジに並んだ。
ここのスーパーに何度も通っているのだが、レジには顔見知りのおばさんがいた。
おばさんはとても優しげな笑みを浮かべながら、カゴを受け取った。
「いらっしゃいませ。あら、女の子と一緒なんて、初めてね」
「あ、あはは、買い物を手伝ってもらっていて」
「空野さん、お知り合いなのですか?」
「何回も通ってるから、顔見知りになったんだよ」
「ふふっ、空野っていう名前も初めて聞いたわねぇ。そちらは兄妹かしら?」
「いえ、友達です」
「はい、友達です」
僕の言葉に、堅石さんが少し嬉しそうに復唱した。
「あら、そうなのね。なんだかすごく仲良さそうだから兄妹か、一緒に住んでる恋人かと思っちゃったわ」
「い、いや、もちろん違いますよ」
「はい、ほぼ一緒に住んでる友達です」
「そうなのね……ん? ほぼ一緒に住んでるって、何かしら?」
「い、家が近いだけなんです、はい」
近いというより、隣の部屋だけど。
堅石さんにはもう話さないで、と思いながらチラッと視線をやった。
彼女もそれがわかったように、一つ頷いた。
「そうなのねー。まあ仲良いのはいいことね」
おばさんもそこまで深く聞いてこないようで、安心した。
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