第33話 堅石さんと初外食



 施設内にあったファミリーレストランに入り、僕と堅石さんは対面で席に着く。


「こちらのレストラン、初めて来ました。両親と行くレストランとは違い、とても親しみがある感じがします」

「うん、堅石さんが行くレストランとは少し種類が違うからかな」


 おそらく堅石さんが言ってるのは、ホテルの最上階とかにある高級レストランのことだろう。


「ここはファミリーレストラン、ファミレスって言って、手頃な価格で食事が出来るところだよ」

「ファミレス……とても素晴らしいですね」


 いつもながら無表情だが、目をキラキラとさせている堅石さん。


 メニューを開いて注文を決める。


「こんなにたくさんあるのですか? 食べきれないと思うのですが……」

「いや、ここにあるやつが全部来るわけじゃないよ? 好きなのを頼んで、それが来るって感じ」

「そうなのですか。いつも行くレストランではメニュー表にあるものが次々に来る形だったので、自由に選べるというのも素晴らしいですね」


 それ多分、コース料理だよね。


 少し忘れてたけど、やっぱり堅石さんはお嬢様なんだなって改めて認識するなぁ。


「どれを選ぶか迷いますね、見たことないものもあります……こちらのピザというのはなんでしょう?」

「写真にある感じなんだけど、丸い生地の上に食材が乗ってて食べるといった感じだよ」

「美味しそうですね、ではこれにします」

「じゃあ僕はナポリタンにしようかな」


 二人とも決まったので、テーブルにある呼び出しボタンを押した。


 すると店内にピンポーンという音が響いた。


「空野さん、今のは?」

「ここは店員さんを呼ぶ時に、このボタンを押すと来てくれるんだよ」

「なるほど。効率的でいいですね」


 初めてのことで興味が尽きないようだ。


 店員さんが来て、注文を伝えた。


「セットでドリンクバーはご利用しますか?」

「ドリンクバー……?」


 また堅石さんがわからないことが出たようだ。


「じゃあお願いします」

「わかりました。ではあちらからご自由にどうぞ」


 店員さんは一礼して去っていった。


 堅石さんもそれに合わせて会釈し、僕に問いかけてくる。


「空野さん、ドリンクバーとはなんでしょうか」

「じゃあまずそれを取りに行こうか」


 二人で立ち上がり、ドリンクバーがあるところへ行く。

 ……毎回歩く時に手を繋ぐのは、迷子になるからなのかな?


 このファミレス内では迷子になることはないと思うんだけど。


「これがドリンクバーだよ。コップを手に取って、好きな飲み物を自分で注ぐんだよ」

「どうやってですか?」


 僕が先にコップを手に取り、お茶のボタンを押して見本を見せる。


「こうやって」

「なるほど、本当にどれでもいいのですか?」

「うん、それに何回でも取りに来ていいんだよ」

「すごいですね。では私は……! コ、コーラもあるんですか!」

「コーラ? うん、あるね」

「で、では、こちらで」


 おそるおそるコーラのところのボタンを押して、飲み物を注いだ堅石さん。


 飲み物を注いだので、自分達の席に戻った……手を繋ぎながら。


「堅石さん、コーラ好きなの?」

「はい、昔に飲んだことあるのですが、家ではそうそう飲まなくて」

「そうなんだ」


 まあ堅石さんはお嬢様で大豪邸に住んでるだろうし、そんな家にコーラがあるイメージはないかな。


「いただきます」


 飲み物に対してしっかりとそう言ってから、堅石さんはコーラを飲んだ。


「んっ……美味しいです。しっかり冷たいのですね」

「そうだね」


 飲み物一つでとても嬉しそうにしているのを見て、やはり子供らしくて可愛いなと思う。


 だけどこうして私服姿を正面から見ていると、堅石さんとデートしているなぁ、って感じがして心臓に悪い。

 そうして待っていたら、僕と堅石さんの注文した料理が同時に届いた。


 堅石さんの前にはピザ、僕の前にはナポリタンが。


 僕がフォークとスプーンを手に取り食べようとしたのだが、堅石さんはピザを前に固まっている。


「どうしたの?」

「あの、私にはフォークやナイフ、スプーンなどはないのですが。店員さんが忘れられたのでしょうか?」

「あー、そうか、ピザ初めて食べるんだよね。ピザは手で取って食べるんだよ」

「手で……えっ、直接でしょうか?」

「うん、そう」


 素手で食べる料理というのはそこまでないから、生まれて初めてなのだろう。


 堅石さんは珍しく、少し動揺していた。


「行儀が悪くはないのでしょうか?」

「うーん、ピザに関しては結構手で食べることが普通だから、大丈夫だと思うけど」

「そうですか……この丸々したものを、どう食べるのでしょうか?」

「ああ、それはこの器具を使って……じゃあそれは僕がやるね」

「ありがとうございます」


 堅石さんは初めてのようなので、僕がピザを六等分くらいにピザカッターで切った。


「一つを手に取って、先端から食べる感じかな」

「わかりました。では、いただきます」


 両手で優しく持ち、堅石さんはピザを食べた。

 食べた瞬間に目が見開いて、もぐもぐと食べている。


 口の中のものがなくなってから、感動したように喋り出す。


「とても美味しいです。上手く表現は出来ませんが、今まで食べたことないような味です」

「そっか、よかったね」

「はい、最初は形や食べ方に戸惑いましたが、頼んでよかったです」


 それから堅石さんは静かに、だけどとても美味しそうに頬を緩めながらピザを食べていく。


 堅石さんは幸せそうに料理を食べるから、なんだか見てるこっちも嬉しくなる。


 僕もナポリタンを食べ始める、うん、これも美味しいね。


 もう一口食べようとしたところ、堅石さんが僕の料理を見ているのに気づいた。


「どうしたの?」

「空野さんのスパゲッティも、初めて見ました。なぽりたん、と言ってましたよね?」

「うん、そうだね。トマトケチャップで調理されたスパゲッティだよ」

「レストランなどでスパゲッティは何回も食べたことはありますが、ナポリタンは見たことありません。名前もフレンチっぽいのですが」

「あー、うん、名前はそれっぽいけど、日本発祥だからそういうレストランとかではあまり出ないかな」


 カタカナの名前だから、日本発祥っぽくないんだよね。


「そうなんですね……」

「食べてみたい?」

「……いえ、空野さんが頼んだ料理ですので」


 前に薫さんから聞いたけど、少し躊躇ってから話す時は嘘をつく時なんだよね。


 ということは食べてみたい、と思ってるってことだ。


「じゃあピザと交換しようよ。僕もピザ食べたいと思ってたから」

「いいんでしょうか? レストランなのに、そんなことをしても」

「別にお堅いレストランじゃないし、全然いいと思うよ」

「……それならいただきます。ありがとうございます」

「ううん、こちらこそ」


 そして交換しようとして、堅石さんが気づく。


「スプーンとフォークがありません」

「あっ、そうだったね」


 それなら店員さんを呼んで頼めばいいかな? と思っていたんだけど……。


「空野さん、『あーん』というものしていただいてもよろしいでしょうか?」

「えっ!?」


 思わず少し大きな声を上げてしまい、ハッとして周りを見渡す。


 周りもガヤガヤしているので、注目は浴びなかったようだ。


「な、なんで?」

「前に空野さんから貸していただいた漫画で、『あーん』をしているシーンがあったからです。やったことがないので、やってみたいと思いました」

「いや、あれは交際関係のある男女がやるもので……」

「ですがあの漫画の男性と女性は、交際してなかったと思いますが?」


 あれはラブコメ漫画で、主人公とヒロインは両想いだからやったことで、あの二人はそれ以外の人とは絶対にやらないと思う。


 それに漫画の中の主人公とヒロイン、僕と堅石さんの関係は一緒じゃないと思うけど。


「……ダメですか? 無理なら、諦めますが」

「うっ……わ、わかった、やろうか」

「っ、ありがとうございます」


 別に僕も嫌じゃないし、やりたくないというわけじゃない。


 ただ恥ずかしいだけで……だけどやらないと堅石さんが落ち込むくらいなら、僕の恥ずかしさなんてどうでもいいだろう。


 僕はスプーンとフォークで麺を巻いて、少し震える手で堅石さんに差し出す。


「空野さん、『あーん』と言ってください。なぜだかわかりませんが、漫画では言う必要はないのにする方もされる方も言っておりました」

「うっ……あ、あーん」


 恥ずかしい気持ちを押さえながら、僕は堅石さんの言う通りに言葉にした。


「あーん……」


 堅石さんは目を瞑り、控えめに口を開けながら近づいて……食べた。

 無防備に「あーん」の待ち顔をしている堅石さんが可愛くて、恥ずかしい気持ちとは違うドキドキがあった。


「んっ……美味しいです。ケチャップの味が濃厚ですが、くどくはないですね。麺にケチャップを絡めるとは、面白くて美味しい料理です」

「う、うん、美味しかったら何よりだよ」

「はい。では次は私のピザを、『あーん』しますね」

「えっ、僕もされるの!?」

「私がしてもらったのですから、お返しするのは当然です」


 いや、別にこれに関してはお返ししなくていいんだけど……。


「では空野さん、あーんをされる方は目を瞑って口を開け、食事が口の中に入るまで待っている状態でお願いします」

「そんな指示があるとは思わなかったけど……」

「私が漫画を分析した結果、そういうルールだと判明しました」


 多分、「あーん」にそんな厳しいルールはないと思うんだけど。


 とりあえず堅石さんに言われた通りに、目を瞑って口を開けて、少し前屈みになる。


「あ、あーん……」


 これ、される方も結構恥ずかしいな……!


「あーん」


 堅石さんの声が聞こえ、口にピザが入ってくるのを感じる。


 それを食べようとした時……。


「ん?」

「あっ」


 何かピザじゃないものが僕の舌に当たったように感じた。


「んっ……」


 僕がピザを食べている最中に、堅石さんが喋る。


「すいません、私の『あーん』が下手で空野さんの口の中に指が入ってしまい、口を閉じる時に当たってしまいました」

「……えっ? 指?」


 ピザを飲み込んだ直後、その言葉に僕は固まってしまった。

 ま、まさか、堅石さんの指を、舐めてしまった……?


「はい、すいません」

「い、いや、僕の方こそ……!」

「いえ、私が下手だったので空野さんに突っ込んでしまいました。次はもっと上手くやるので、ぜひまたやらせてください」

「う、うん……」


 なんか今の言い方も危ない気がしたけど、今はそれを注意する余裕がない。

 堅石さんは特に気にせず、指を拭くことなく僕が齧ったピザをそのまま食べ始めた。


 そういえば「あーん」をしたから、間接キスになるのか……!


 僕のフォークでも堅石さんがナポリタンを食べている。


 くっ、気づかなければよかった。


 少し緊張しながら、僕はまたナポリタンを食べ始めた。


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