第32話 堅石さんと例のセーター



「店員さん、ありがとうございます。空野さんも喜んでくださいました」

「こちらこそありがとうございます!」

「なぜ店員さんがお礼を?」

「素晴らしいものを見せていただきましたから!」

「はぁ、よくわかりませんが、店員さんも喜んでいただけならよかったです」

「はい! あと二セットですよね? 全身全霊で選んできます!」

「よろしくお願いします」


 その後、さらに気合が入った女性店員により、二セットじゃなく五セットくらい持ってこられた。


 というか店員さんが増えて、三人くらいになっているけど?


「私が頼まれたんだから、私が選ぶの!」

「私にもあの逸材の服を選ばさせなさいよ!」

「ぐふふ、これを着てもらえたら、私は今日死んでもいいわ!」


 こんな言い争いをしているのが聞こえてきた。


 とりあえず一番最後の人の服は、堅石さんが着る前に僕が絶対に確認しよう。


「堅石さん、あと四セットか五セットくらい着ることになると思うけど、大丈夫?」

「はい、もちろんです。私も初めて着るような服なので、とても楽しいです」


 堅石さんはそう言って、持ってきてもらった服をどんどん着ていった。


 全部、めちゃくちゃ可愛いし、すっごい綺麗だ。


 やはり店員さん達はセンスがいいようで、争いをしながらも買ってからも組み合わせを自由に変えられるような服を持ってきてくれていた。


 ……最後の人以外。


「これは……その、ダメじゃないですか?」

「ダメじゃないです! 最高にエロ……可愛いじゃないですか!」

「今、エロって言いましたよね?」


 その人が持ってきたのは、タートルネックのセーターだ。


 だけど普通のと違うのは、胸元がざっくり開いていた。

 そして背中のところも生地がなく、思いっきり背中や肩が出るような服だ。


 ネットとかで少し流行った、いわゆる「童貞を殺すセーター」というものだろう。


 本当にこの服って売られてるんだ、しかも店頭に。


「お客様! お次はこちらで!」


 僕がダメと言ったのに店員さんは試着室にいる堅石さんに、そのセーターを手渡した。


「お客様、こちらの服を着る時は、出来れば下着を外してもらって……」

「わかりました」

「ありがとうございます!」


 小さな声で何か堅石さんに指示を出した店員さん、僕には大きな声でお礼を言うところしか聞こえなかった。


 堅石さんはカーテンを閉め、そのセーターに着替え始める。


 大丈夫かな……というか本当に着るのか?


 いや、堅石さんなら着る、あの人はとても素直な人だから。


 大丈夫か心配なのは、僕がそれを見て大丈夫なのか心配なだけかも。


 そして、カーテンは開かれた。


「お待たせしました」

「っ……!?」


 首元はタートルネックで、そこだけ見れば普通のセーターだ。


 しかし首元から下、特にすぐ目に入るのは胸元。

 左右に分かれるようにざっくり開いているので、谷間は丸見えだ。


 胸元はほくろが一つあり、それがむしろ堅石さんの妖艶さを増していた。


 綺麗で細い肩も見えていて、そこも色気をすごい感じる。


 今までも堅石さんの裸などは不本意ながら目に入ることがあったが、すぐに視線を逸らしていた。


 しかし今回は一応服なので、しっかりと見てしまった。


「はぁ、最高……!」


 店員さんが感嘆の声を上げているが、僕は固まって動けない。


「着るのに手間取りました。こちらの服は穴が多いので、どこに頭を通せばいいのか迷いましたが、これで合っていますか?」


 確認してもらうように堅石さんはその場でゆっくりと回る。


 すると後ろは生地が全くないので、白くて綺麗な背中も見えてしまう。


「お客様、素晴らしいです! 本当に! 最高です! 生まれてきてくださりありがとうございます!」

「はぁ、ありがとうございます。私が生まれたのは両親のお陰ですが」


 店員さんの反応に困ったように眉をひそめる堅石さん。


「それとこちらの服ですが、下の裾が短くて女性器が見えそうなのですが」


 そう言って手で裾を持ち、恥ずかしげに少し下げる堅石さん。


「え、えっ? 女性器って……お客様、下着は?」

「店員さんが脱いでくださいといったのでは?」

「い、いや、私は、ブラジャーだけのことを言ったのですが……! そ、それに、その前に履いていたスカートは履いたままでよかったのですが……!」

「なるほど、パンツやスカートは履いたままでよかったのですね」

「い、いえ! ですがお客様のお陰で、その服の完成形が見えました! 全裸にそのセーターが、一番最高です!」

「はぁ、よくわかりませんが、お役に立てたならよかったです」


 店員さんと堅石さんの会話が聞こえるが、どこか遠くで話しているように聞こえる。


 僕の顔に熱が集まりすぎて、そのまま沸騰してしまいそうだ。


「空野さん? この服はいかがですか?」

「っ……に、似合ってるけど、それは絶対に着ちゃいけないやつだからね! 少なくとも外では!」

「外では着てはいけない……つまりこれは部屋着用なのですか、店員さん」

「強いていうなら部屋着ですが、ベッドでイチャコラする用です!」

「ベッドでイチャコラ……寝巻きということですか?」

「ある意味、そういう意味の寝巻きです!」

「そうなのですね」

「違うからね!? いろいろと!?」


 いろいろとあった、四個のコーデくらいの服を選ぶことが出来た。


 着てきたのが制服なので、選んだコーデの中で一つ着て行くことにした。

 堅石さんが選んだのは、一番最初のコーデだった。


「シンプルで好きですし、空野さんの反応が一番これが大きかった気がしましたので」


 という理由だった。


 僕の反応が大きかったのは初めて堅石さんの私服を見たから、その衝撃で反応が大きくなってしまったからだけど。


 まあどのコーデもすごくよかったし、堅石さんも気に入っているならそれでいいだろう。


 お会計をしたのだが、想像以上に値段が安かった。


 おかしいと思って確認したら、全部の服が半額になっていた。


「えっ、どうしてですか?」

「とてもいいものを見せてもらいましたから!」


 あの例のセーターを着せた女性店員さんが、いい笑顔で親指を立てながら言った。


「勝手に割引とかしていいんですか?」

「私が店長なので大丈夫です」


 まさかの店長さんだった。

 それならまあ問題ないのかな。


 ありがたく商品を受け取り、入っている服とかを確認すると……なぜか例のセーターも入っていた。


「あの、セーターは買った覚えはないのですが」

「サービスで無料でお渡しします! ぶっちゃけ売れないですし、最高に似合っている人にもらってくれるならその服も喜ぶでしょう」

「……そう、ですか」


 僕としてはこれをもらったらまたいつか堅石さんがこれを着てしまうかもしれないから、あまり貰いたくはないんだけど。


 ……また着てもらいたいと少し思ってしまったのは、内緒だ。


 そして僕と堅石さんは洋服屋さんを出た。


「とてもいいお店でしたね。これ以上なく、いい買い物が出来た気がします」

「そうだね」


 セーターがなければ、本当に完璧だったと思うんだけど。


「空野さん、それは全て私が買った服なので、私が持ちます」

「いや、僕が持つよ。結構重いからね」

「それなら尚更、買った私が持った方が……」


 うーん、こういうのは男が持つのが当たり前、という感じだけど、堅石さんに罪悪感を抱かせてはいけないな。


「じゃあ制服が入ってるこの袋だけ持ってくれる?」

「軽い方じゃないですか。重い方を私が……」

「僕の方が力あるんだから、これくらいは大丈夫だよ」

「……ありがとうございます、空野さん」


 制服が入った袋を持ち、笑みを浮かべてくれた堅石さん。


 さっきの場所で私服に着替えているので、いつもの笑みでも違う印象を受ける。


 新鮮でとても刺激的で、僕はドキッとしてしまった。


「う、うん、じゃあ行こっか」

「はい……空野さん、荷物を逆手に持っていただけませんか?」

「えっ、こう?」

「はい、ありがとうございます」


 堅石さんは僕の右隣に立ち、そしてまた手を繋いできた。


「そうしないと手を繋げなかったので」

「そ、そっか……」


 くっ、可愛すぎる……!

 今のはめちゃくちゃドキッとした。


 制服や部屋着じゃない堅石さんを初めて見てドキドキしているのに、さらに心臓に負担をかけないでほしい。


「次はどこに行きますか?」

「そ、そうだね……もう昼過ぎだし、どこかのお店でご飯でも食べよっか」

「はい、わかりました」


 まだお昼ご飯を食べてないので、僕達はファミリーレストランに向かった。


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