第28話 堅石さんと東宮さん
三人で食べ始めてから五分ほど経ったが、特に会話はない。
もともと堅石さんと僕の二人きりだったら、食べてる最中はそこまで喋る方じゃない。
お互いに無言が苦にならないタイプだから大丈夫なのだ。
「そ、その、やっぱり私、邪魔かな……?」
しかしそれを知らない東宮さんは、少し居心地が悪そうにしていた。
「私と空野さんが二人で食事をしているところに入ってきたので、邪魔なのでは?」
「うっ……!」
いやだから、言い方がキツよ、堅石さん。
「それに東宮さんも自分で『お邪魔します』と言っていたではないですか」
「あ、それはその、様式美というか……」
「そうですか。私は特に邪魔とは思っておりませんので気にしないでください」
「僕も思ってないよ、東宮さん」
「そ、そっか、ありがとう……!」
少しだけ雰囲気が柔らかくなる東宮さん。
今のうちに何か話題を振った方がいいのかな。
「東宮さんは、なんで堅石さんと友達になりたいと思ったの?」
「え、えっと……」
「私もそれは気になりました。東宮さんとは今までほとんど話したことはないですが、どうしてでしょうか?」
「その……」
僕と堅石さんをチラッと見てから、俯いてから話し始める。
「も、もともと私は、堅石さんに少し憧れがあって……」
「憧れ、ですか? なぜでしょう?」
「その、堅石さんって、すごいカッコいいから……」
「カッコいい? その表現は言われたことはありませんね。小さな頃は可愛い、中学生になってからはそれに加えて綺麗、と言われることは多々ありましたが」
うん、確かにそうだと思うけど、それを自分から公言出来るのがすごいね。
事実そうだと思うし、堅石さんは自慢などではなくただ言われてきた事実を述べただけだろう。
「うん、私も堅石さんのことは可愛いと思うし、綺麗だと思う!」
「ありがとうございます」
特に顔色を変えることなくお礼を言う堅石さん。
「それと、容姿も私はカッコいいと思ってたんだけど……中身というか、性格というか、堅石さんの立ち振る舞いもすごくカッコいいなって、思ってたんだ」
「中身、性格、立ち振る舞い……そう言われても、やはり自分ではわかりませんね」
「た、例えばその、休み時間に一人で姿勢よく座って本を読んでるところとかが、凛としててカッコよくてね……!」
「それは嬉しいですが、休み時間にそれ以外やることが特にないので、本を嗜んでいるだけですね」
「ほ、他にも、体育の授業とかで全部のスポーツもすごい出来るし、その時にするポニーテールも綺麗でカッコいいんだよ!」
「確かに運動神経は小さい頃から他人よりは秀でていたかもしれませんが、特に努力で手に入れたものでもないですし、ポニーテールに関しては邪魔だからまとめているだけです」
「い、今もそうだけど、他の人の褒め言葉を聞いても凛とした表情というか、当然という感じが、自信がある振る舞いがして、カッコいいの……!」
「……すいません、私自身のことですが、よくわかりません」
……全てをことごとく撃ち落としていく感じが、さすが堅石さんというべきか。
だけど確かに、東宮さんの言うことはよくわかる。
もちろん堅石さんは可愛い、綺麗、という言葉がよく似合う人だが、カッコいいという表現も合っている。
特に学校で見る堅石さんは、綺麗でカッコいいというイメージが強いと思う。
……家だと可愛い部分がとても出てきて、僕の心臓には悪いんだけど。
「わ、私が堅石さんをカッコよくて、憧れているっていうのがわかれば、いいと思います……!」
「それに関してはわかりました。実感はないですが、とても嬉しいです」
「はぅ、認められて、私の方こそ嬉しいです……!」
なんかわからないけど、東宮さんがただの堅石さんのファンみたいになっている。
このまま「握手してください!」とか言い出しそうな感じだ。
「それでね、高校一年生の頃から堅石さんのカッコよさに憧れてたんだけど、なんだか話しかけづらくてね……」
「それは申し訳ありません。私も自分が他人よりも話しづらいということは知っていましたが、改善出来ていませんでした」
「い、いや! 堅石さんが謝ることじゃないよ! ただ私が意気地なしで、話しかけられなかっただけだから……」
そう言って俯いていた東宮さんだが、「でも」と言って僕の方を見てきた。
「空野くんが、堅石さんと話しているのを見て……それで、昨日の帰り際の出来事もあって、話しかけたいと思ったの……!」
「帰り際……もしかして私が感情を押さえられずに怒ってしまった出来事ですか? あれは教室内の空気を悪くしてしまったと思い、大変申し訳ないと思っていました」
「い、いや、あれは堅石さんが悪いんじゃないよ! むしろその、やっぱり堅石さんはカッコいいと改めて思ったし、うん、カッコよかった!」
「そう、でしょうか」
「うん、自分が正しいと思ったことを周りの評価とかを気にせず、ズバッという感じが、すごいカッコよかった! 友達の空野くんのためを思って言ったんだなってわかったし、堅石さんはかっこいいだけじゃなく、すごく友達想いで優しい人なんだって!」
東宮さんはキラキラした目で前屈みになって、堅石さんに堅石さんのかっこいいところを語る。
よくわからないが、東宮さんはとても楽しそうだ。
「カッコいいかどうか、優しいかどうかはわかりませんが、空野さんは私の初めてのお友達です。お友達のために怒るのは当たり前かと」
「カ、カッコいい……!」
東宮さんは目がハートになってると思うくらい、堅石さんを熱心な目で見つめている。
東宮さんが堅石さんに憧れを抱いていて、好きだということはとても伝わってきた。
「い、今までずっと話しかけられなかったけど、今の堅石さんには話しかけられると思って……今日、一緒にご飯を食べたいと思いました!」
「そうですか。東宮さん、理由を話してくださりありがとうございます」
「い、いえ、こちらこそ、ご清聴ありがとうございました……!」
あれ、東宮さんにもお堅いところが移った?
「まずそれだけ私のことを知っていただき、思ってくださっていたのは、非常に嬉しいです。容姿のことを褒められるのは多々ありましたが、内面をここまで褒めてくださったのは、初めてかもしれません」
「も、もちろん容姿も好きだよ! 綺麗で可愛くてカッコよくて、堅石さんになら抱かれ……いや、なんでもありません……!」
顔を真っ赤にして俯く東宮さん……うん、何も聞こえなかった。
「そして今まで話しかけられなかったけど、最近になって話しかけられるようになったと聞きましたが……」
「あっ、そ、それはね……二年生に上がってから堅石さんが、すごく雰囲気が柔らかくなったというか、いつもは綺麗だったけど可愛くなった感じがして……!」
失言をしたと焦ったのか、そう言い訳をする東宮さん。
「可愛くなったというのはわかりませんが、二年生になって変わったことはあります。それは、空野さんと出会ったことです」
「えっ、空野くん……?」
「はい。私は空野さんと出会い、接することによって人として成長出来た、成長し続けていると感じます。おそらく空野さんがいなければ、こうして東宮さんとお話しする機会もなかったでしょう」
「そ、そうなんだ……だけど、うん、私も昨日のことがあったから、堅石さんと話したいと思ったの。だから、空野くんのお陰かも」
「はい、全ては空野さんのお陰です」
「い、いや、別に僕は何も……」
なんかいきなり僕に二人の褒め言葉の矛先が向けられた。
とても嬉しいけど、すごく照れるからやめてほしい。
「東宮さんは、私とお友達になりたいという希望でよろしいでしょうか?」
「は、はい! その希望で、間違いありません……!」
え、なんかいきなりバイトの面接みたいになった?
「大変嬉しいですが、私はまだお友達は空野さん以外の方とお友達になったことはありません。それでも構わないでしょうか?」
「は、はい! むしろ私が二番目のお友達になっていいのでしょうか? 私なんて、勉強もスポーツも平凡で、何の取り柄もない人ですけど……」
「そんなことはありません、東宮さん」
また俯きかけていた東宮さんだが、堅石さんはすぐにそれを否定した。
「私も東宮さんを二年生になってから見てきました。東宮さんが私に向けてくれた熱意ほどではないのは、申し訳ないですが」
「それはその、私はただの熱狂的なファンなので……!」
あ、ファンなんだ、ファンみたいだとは思ってたけど、自分で認めるんだ。
「東宮さんは授業では真面目に取り組み、先生に指名されたらすぐに答えていますよね。難しい問題でも詰まることなくすぐに答えているので、素晴らしいと思います」
「え、えっ……」
「それに体育の授業でも一生懸命やっているのを見ています。授業の準備や後片付けなども率先してやっているので、とてもいい人というのは知っていました」
「か、堅石さんにそんな見られてるなんて……!」
そこまで東宮さんのことを見てるなんて、本当にすごいな。
褒め方がお堅いせいか、小学校の通信簿とかに先生が書きそうな感じになってるけど。
「もちろん空野さんも見ています」
「えっ?」
「残念ながら体育は男子と女子で別れていますが、授業中は空野さんは眠そうにあくびをして、時々寝ているのを見ます」
「え、ちょ、僕も見てるの……!?」
「はい、クラスの中で一番見ていると言っても過言ではありません。意外と空野さんはお勉強が苦手なのかな、と思って見ておりました」
「そ、そうだけど、恥ずかしいからあまり見ないで……」
確かに勉強はそこまで得意じゃないけど、授業中も見られているなんて。
堅石さんは窓際の一番後ろの席だから、教室の全部を見渡せるところにいるから、本当に見ているのだろう。
「話が逸れましたが、東宮さんがとてもいい人、素敵な人だということを、私は知っております」
「か、堅石さん……!」
「だから私もぜひ、東宮さんとお友達になりたいです」
「っ、うぅ……!」
堅石さんが笑みを浮かべて言った言葉に、東宮さんは耐えきれずという風に涙を流し始めた。
「っ!? と、東宮さん、なぜお泣きに……!? 何か悲しいこと、嫌なことがありましたか……!?」
「ち、違うの……堅石さんが私とお友達になりたいって言ったから、嬉しくて……!」
「……私は経験ありませんが、嬉しくて涙が流れた、ということでしょうか?」
「う、うん、そうです……!」
「そうですか……それほど嬉しく思っていただけたなら、私も非常に嬉しいです」
堅石さんはいつもよりも嬉しそうに、優しげな笑みを浮かべて。
東宮さんは涙を流しながらだけど、本当に嬉しそうにな笑みを浮かべて。
二人はお友達への一歩を踏み出したようだ。
「そういえば聞いていませんでしたが、東宮さんと空野さんはお友達なのですか?」
「ん? 僕と東宮さん?」
「はい、昨日も私が話しかける前に、親しげに話していらしたので」
確かに昨日、いろんな人に質問攻めされる前に東宮さんに話しかけられたけど。
「僕と東宮さんは、高一の時からクラスが一緒で、隣の席になったことがあるんだよ」
「そうなのですね。お友達なのですか?」
改めてそう聞かれると、なんて答えるか少し迷う。
チラッと東宮さんを見ると、彼女は不安げに僕の方を見ていた。
彼女がどう思ってるのかはわからないけど……。
「うん、僕は東宮さんとは友達だと思ってるよ」
「そうですか。東宮さんもですか?」
「う、うん! 私、男子の中だったら空野くんが一番話しやすくて、よく話す人だと思うし、お、お友達だと思います……!」
「そうですか……では、この三人は全員がお友達、つまり『お友達連盟』ですね」
堅石さんがちょっとしたドヤ顔でそう言い切った。
どういう意味なのか全くわからないけど、なんて言えばいいんだろう。
「お、お友達連盟……! 素敵です!」
あっ、東宮さんは肯定的だ。
こうして僕と堅石さん、それに東宮さんで、「お友達連盟」なるものが出来た。
……本当になんだろう、それ。
放課後、今日は僕がバイトがあるので、堅石さんと帰ることは出来ない。
「じゃあ先に家に帰ってます、空野さん」
「うん、わかった」
堅石さんの言葉が「同じ家に住んでる」みたいに聞こえそうだけど、まあそこまで深読みする人はいないかな。
「東宮さん」
「は、はい!」
さっき「お友達連盟」が出来上がり、そのメンバーの東宮さんに堅石さんが声をかけた。
「よければ本日、ご一緒に帰りませんか?」
「も、もちろんです!」
「東宮さんのお家はどちらの方角でしょうか?」
「えっと、学校から出て右の方向かな」
「では途中までは一緒に帰れそうですね、よかったです」
「う、うん! 私もすごく嬉しい……!」
頬を赤らめて、とてもいい笑顔をする東宮さん。
本当に堅石さんが好きなようだ。
「では、ご一緒に帰りましょう」
「うん……!」
堅石さんにこうも早く友達が出来るなんて思ってなかったから、本当によかった。
……少しだけ寂しいと思うのは、仕方ないよね。
だけどこれは多分、子供が親離れするような気持ちだから、同い年の女の子相手に思うような気持ちじゃないと思うけど。
「では空野さん、また」
「空野くん、また明日……!」
「うん、堅石さん、東宮さん、じゃあね」
そして僕は学校を出て左へ、堅石さんと東宮さんは右の方向へと行った。
二人だけで大丈夫なのか少し心配だけど、大丈夫だよね。
ずっと僕が見守れるわけじゃないから、信じて送り出そう、うん。
そうして数時間後、僕はバイトが終わって買い物などをしてから帰った。
いつも通りマンションに着くと、僕の部屋じゃなくて隣の堅石さんの部屋に行く。
今まではチャイムを鳴らしていたんだけど、前に堅石さんに、
『もうチャイムを鳴らさずに普通に合鍵を使って入ってきてください。迎えに行くのが少し面倒くさいです』
と言われてしまったので、もう合鍵を使うことにしている。
確かに毎日僕は来るから、毎回チャイムを鳴らされて鍵を開けに行くのは面倒だよね。
なので今日も合鍵を使って入って、「ただいまー」と声を出す。
もう「お邪魔します」じゃなくて、「ただいま」の方が言うようになってしまったな。
玄関で靴を脱ぐために下を向いていると、リビングのドアが開いた音が聞こえた。
どうやら堅石さんが来てくれるようだ、いつもながらありがたい。
「お、おかえり、なさい……」
「うん、ただいま……?」
あれ、声が違う?
堅石さんの凜としたハキハキしたような声じゃなく、少しおどおどした細い声だった。
顔を上げて近づいてきた人物を見ると……。
「……と、東宮さん」
「えっと……学校ぶりかな、空野くん」
東宮まりかさんが、そこに立っていた。
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