第26話 堅石さんが怒る?
その日の放課後、僕が席で帰る準備をしていたら、誰かが近づいてくるのが見えた。
「そ、空野くん、ちょっといい?」
「ん? 東宮さん?」
話しかけられて振り向くと、そこには東宮えりかさんがいた。
茶髪のセミロングで少しだけ毛先がクルンとなっていて、小柄な女の子だ。
少し自信なさげに俯いていることが多く、今も僕と視線を合わせようとして上目遣いをしているけど、実際に視線が合うと逸らしてしまっている。
顔立ちは高校二年生にしては童顔で、可愛らしい顔をしていると思う。
彼女とは高一の頃からクラスが一緒で、席が隣になって話したことがある。
だけどあまり東宮さんの方から僕に話しかけてくることはなかったから、少し驚いた。
「どうしたの?」
「え、えっと、その……堅石さんとのこと、なんだけど……」
そうか、彼女もやはり堅石さんと僕の関係が気になって、話しかけてきたのか。
何を聞きたいのか質問を待っていたのだが……東宮さんよりも先に、周りにいた人が僕のところに集まってきた。
「空野、俺にもそれ聞かせろよ!」
「そうそう!」
男子だけじゃなく、女子も一斉に僕に質問をしてくる。
「なんで空野くんが堅石さんと飯食べてたの!?」
「しかも堅石さんから誘ってたよね!?」
「あの堅牢でお堅い堅石さんを、どうやって落としたんだ!?」
「あんな至近距離で笑みを食らって、なんでお前は死んでないんだ?」
「あ、あうぅ……!」
などなど、いろいろと質問を受けていた。
いや、最後のは質問じゃないな、東宮さんが他の人の質問に圧倒されて、目を回しているだけだ。
後ろの方に追いやられているけど、東宮さんは大丈夫かな?
それと、今受けたほとんど全部の質問に、正直に答えるわけにはいかない。
だって「堅石さんと隣の部屋に住んでいて、ほぼ同棲のような形で生活しているから」という理由は、とても言えない。
だけど何か話さないと解放されないので「自分の父親が堅石さんの父親と仲良くて、それで堅石さんと友達になった」と言っておいた。
全部は話してないけど、嘘ではない。
実際に、僕の父親と堅石さんの父親は大学の頃からの親友のようで、そこ繋がりで僕と堅石さんは隣の部屋で済むようになった。
「くそ、親の力か!」
「俺も親が堅石さんの父親と仲良ければ、堅石さんと仲良くなれたのか……!」
「いや待て、堅石さんの父親ってあの大企業の社長だよな? その親友って、空野の父親も何者なんだ?」
その男子の言葉でバッとみんなが僕の方を見てきたので、
「一応、その会社の副社長らしいよ……」
と答えると、またまたザワザワとみんなが騒ぎ出す。
「マジか! 空野の父親もすごいな!」
「俺の父親も堅石さんの企業で働いていれば……いや、あんな大企業で社長と仲良くなるのは無理じゃね?」
そんなことを口々に言っていたんだけど、誰かが「あっ」と言って振り向く。
僕もそちらを向くと、堅石さんが近づいてきていた。
「失礼します、空野さんとお話ししたいのですが、大丈夫ですか?」
「あっ、ど、どうぞ」
僕の周りにいた人達が退いていき、堅石さんがすぐ近くまできた。
「空野さん」
「う、うん、何?」
「お話ししているところ申し訳ありませんが、一緒に帰りませんか?」
また僕は少し驚いたんだけど、前のように心配させないようにすぐに答える。
「うん、いいよ」
「ありがとうございます」
僕も荷物を持って周りの人が見守る中、堅石さんと隣に並んで教室を出よとする。
しかし堅石さんが教室を出る瞬間に、振り返って固まってる人達の方を見る。
「どなたが言ったかはわかりませんが、『親の力か』や『父親と仲が良ければ、堅石さんと仲良くなれた』という言葉が聞こえました」
少しだけ、いつもよりも低く冷たい声で話す堅石さん。
「私は空野さんと友達ですが、それは私の父親と空野さんの父親が仲が良いなどは全くもって関係ありません」
教室の中で『親の力』などを言ってしまった人が、たじろいでいるのが見えた。
「確かにきっかけはそうですが、私は空野さんの人となりを見て仲良くなりたい、お友達になりたいと思いました。それを否定されるのは、不快です」
堅石さんの言葉が教室に響き、一瞬の静寂が訪れる。
「では、失礼します」
軽くお辞儀をしてから、堅石さんは教室を出ていく。
僕も教室内に流れるなんとも言えない空気を横目に教室を出ようとした。
「やっぱり……堅石さんは、カッコいいなぁ……」
そんな呟きが聞こえてきてチラッと教室内を確認すると、キラキラとした目でこちらを見ている東宮さんの姿が見えた。
僕と堅石さんは並んで帰路に着く。
学校から出た時はいろんな人に見られたけど、すでに周りには生徒はいないところまで来ていた。
しかし堅石さんはいつもよりも口数が少なかった。
もともと堅石さんから話しかけることは多くはないけど、今は僕が話しかけてもどこか上の空だ。
「堅石さん、今日の夕飯は何がいい?」
「……あ、すいません、聞いてませんでした」
「今日の夕飯、何か食べたいものある?」
「夕飯……そうですね、今日はお弁当がお肉だったので、お魚を食べたいかもしれません」
「うん、わかった」
僕は冷蔵庫の中身を思い出しながら歩いていると、堅石さんから話しかけてきた。
「空野さん、申し訳ありませんでした」
「えっ、何が?」
「教室でのことです。お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありません」
堅石さんが言っているのは、教室で堅石さんが怒ったことだろう。
確かにビックリしたけど……。
「なんで謝るの? 別に堅石さんが謝るようなことはないと思うけど」
「ですが、私は自分の感情を押さえられず、空野さんの周りにいた方々にあんなことを言ってしまいました」
どうやら堅石さんは感情のままに言ったのを少し後悔しているようだ。
不安げに僕のことをチラッと見てくる堅石さん。
「あれくらいで感情が昂ってしまい、自分でも少し驚きました。今後は改善していきますので……その、すいません」
もしかして僕が堅石さんが怒っているところを見て、嫌いになると思っているのかな?
それなら大きな勘違いだ。
「堅石さん、僕は嬉しかったよ。堅石さんが怒ってくれて」
「えっ……嬉しかった? 私が、怒るのが?」
目から鱗、というように大きく目を見開いた堅石さん。
その様子に僕はクスッと笑ってしまう。
「もちろん、ただ理由もなく怒ったり、本当に小さなことでイラつくのはあれだけど、堅石さんは僕と友達になった理由が、親のお陰だって思われたから怒ったんでしょ?」
「……はい。それは絶対に違うと、否定したかったのです。私が空野さんとお友達になりたいと思ったのは、優しくて素敵な空野さんを好きになったからです」
「う、うん」
自分の感情を押さえられなかったからか落ち込んでいる堅石さん、だけどその言葉に僕はドキドキしてしまう。
いけない、まずは堅石さんの誤解を解かないと。
「その気持ちが伝わってきたから、僕は嬉しかったんだよ。だから謝る必要なんて全くないよ。むしろ、怒ってくれてありがとう、って僕が言いたいくらい」
「……本当ですか? 私のこと嫌いになったり、お友達をやめるとかはないですか?」
「ないよ、絶対に。むしろ僕は、今回のことで堅石さんの友達になれてよかったなって、改めて思ったよ」
「そう、ですか……それなら、よかったです」
僕の言葉に堅石さんは視線を逸らしながらそう言った。
横から見ると、少しだけ頬が赤くなっているようだ。
照れてるのかな? それとも安心したのかな?
あれくらいで心配になるほど僕と友達でいたいと思ってくれていたと知ると、堅石さんが可愛らしく感じて、笑みがこぼれてしまう。
「空野さん、なぜ笑っていらっしゃるのですか」
「ふふっ、なんでもないよ」
「いえ、絶対に何かある笑みです。やはり私があれくらいで怒ったというのが滑稽で、笑っているのですか?」
「いや違うよ。嬉しかったし、友達思いで可愛いなと思ったけど」
「なぜ可愛いと思ったのかはよくわからないので、ご説明をお願いします」
「んー、堅石さんが可愛いから、かな」
「説明になってません、わざとですよね」
「あはは」
僕の誤魔化し方があからさまだったせいか、少しだけ頬を膨れませて「不機嫌です」と顔に表す堅石さん。
まだ少し赤い頬を膨らませている顔が可愛らしくて、むしろ僕の笑みを深めてしまうのはわからないようだ。
そうしていると僕と彼女が住んでるマンションが見えてきた。
するとさっきまで不機嫌なのを顔に出していた堅石さんだけど、いつものように無表情になってマンションを見上げた。
「私、お友達と一緒に家まで帰るのは初めてです」
「ん? まあ、友達と一緒のマンションに住んでることなんて、普通はないから」
「いえ、そうではなく、学校から誰かと一緒に帰る、ということを集団下校くらいでしか経験したことはありませんから」
「あ、そ、そっか」
彼女は小学校と中学校で友達は出来なかったから、友達と一緒に帰るというのをしたことがないということか。
「ここ一ヶ月ほど、同じ道を辿ってこのマンションまで帰っていましたが、空野さんと一緒に帰ると、いろいろと違うものがありました」
「違うもの?」
「いつも見ていた景色などです。具体的には空野さんが左側にいましたので、喋る時は左側を向いて空野さんの横顔と光景が見れて、いつもと全く違う景色でした」
僕の目を真っ直ぐと見つめて、どこか嬉しそうにそう話す堅石さん。
「体感時間も、一人で帰るよりも半分くらいに感じました。今確認しましたら、時間としては伸びているのにもかかわらず。これはやはり空野さんと一緒に帰るのが楽しかったから、体感時間が大幅に減少したのでしょう」
「そ、そっか」
一緒に帰っただけなのに、ここまで感想を言えるほど喜んでくれるとは。
「またぜひ、空野さんと一緒に帰りたいです」
「うん、そうだね。僕もバイトとかあるから毎日は無理かもだけど、一緒に帰ろっか」
「はい」
嬉しそうに笑った堅石さん。
その笑みはとても綺麗で、次は僕が顔を赤くする番だった。
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