第25話 堅石さんと昼ご飯
そして――学校の昼休み。
いつも通りの授業だったが、僕はこの昼休みまでの時間はとても緊張しながら過ごしていたから、全然授業が聞けなかった。
昼休みになってクラスの人達がガヤガヤとし始めて、それぞれ集まってご飯を食べ始める。
「楓、食べようぜ」
友達の真也がいつも通り、僕のもとまで来てくれる。
だけど……。
「ごめん、真也。今日は他の友達と食べる約束をしてるんだ」
「え、そうなのか?」
本当なら真也も入れて一緒に食べたいと思っていたんだけど、それを堅石さんに話したら……。
『申し訳ないですが、私は荒木真也さんとはお友達ではないので、初めては空野さんとだけがいいです』
と言われてしまった。
まあダメもとだったし、理由も堅石さんが正しい。
友達じゃない人と食べても緊張するだけだし、意外と堅石さんは人見知りをするタイプだから。
「誰と食べるんだ?」
「……それは」
僕が意を決して相手の名前を言おうとした瞬間、
「空野さん」
と、その相手の声が聞こえてきた。
振り返ると、堅石さんが弁当を持って立っていた。
「一緒に食べましょう」
「……うん、そうだね」
もうすでに、クラスにいる全員の人から、視線を浴びているのがわかる。
学校ではほぼ誰とも喋らない、喋りかけられてもお堅い口調で断る堅石さんが、自分から話しかけて、お昼ご飯を誘う。
わかってたけど、ここまでの注目を浴びるとは。
「え、えっ!? か、楓と、堅石さんが、なんで……?」
真也がとても驚いた様子で、僕と堅石さんを交互に見る。
「荒木さん、空野さんを本日はお借りしてもよろしいでしょうか?」
「え、あ、はい、どうぞどうぞ」
「ありがとうございます」
いや、僕は真也のものとかじゃないから、聞かなくても別によかったと思うけど。
そこらへんはやっぱり律儀というか、お堅い感じだ。
「空野さん、どこで食べますか。よければ、私の席で顔を見合わせて食事でいいでしょうか」
「……うん、いいよ」
「わかりました、ではこちらへ」
なんだか堅石さんにエスコートされるように、窓際の一番後ろの席に案内される。
堅石さんは自分の席に座り、僕は前の席の椅子を借りて振り向いて食べる感じだ。
「な、なんで堅石さんと空野が一緒に食べてるんだ?」
「私、堅石さんが誰かと食べるところなんて見たことないけど」
「というか堅石さんから誘ってたよね? 堅石さんが誰かに喋りかけるのもほとんど見たことないわよ」
……ビックリするくらい見られてるなぁ。
コソコソ話もすごい聞こえるし。
堅石さんは気にならないのかな?
「空野さん、どうかしました? お弁当を開けないと食事できませんよ」
「……うん、そうだね」
あまり気にしてないようだ。
そう思うと堅石さんは学校でいつも一挙一動が注目を浴びていたから、慣れているのかもしれない。
小学校や中学校でもそうだった、って聞いたしね。
「では空野さん、いただきましょう」
「うん、いただきます」
今日も僕と堅石さんのお弁当は、全く一緒のおかずだ。
違うのは、お弁当の形と色だ。
前に真也に「堅石さんとお前の弁当箱、一緒だな」と言われたので、その時から変えているのだ。
あの時に変えておいてよかった、そのまま一緒の弁当だったら、今みんなで見られている時に一緒なのがバレて、また何か勘繰られるかもしれなかったから。
真也、ありがとう。
「美味しいです、空野さん」
「うん、ありが……そ、そっか、よかったね」
危なかった、いつもの感じで「ありがとう」と言ってしまうところだった。
それだけで僕が堅石さんの分を作っているとはバレないかもしれないけど、それだけは避けないと。
「堅石さんが笑った……!?」
「すご、可愛い、綺麗……」
「天使の微笑みだ!」
「二人は何を喋ってるんだろう?」
そんな声が周りから聞こえていた。
いつも「美味しい」と伝えてくる時は少しだけ柔らかい表情になるんだけど、其れがクラスの人達にとっては「堅石さんが笑った」と捉えられたようだ。
実際は、堅石さんの笑みはもっと可愛いし綺麗だ。
僕しか知らないのは、少しだけ優越感があるかもしれない。
あと、あまり周りの人には僕達の声は聞こえないみたいだ。
昼休みでザワザワとしているし、そこまで失言をしないようにと気をつけなくてもいいのならよかった。
「空野さん、今日の授業でわからないところはありましたか?」
「んー、今日の授業は正直しっかり聞けてなかったから、わからないところだらけかも」
「なぜ聞けてなかったのですか?」
堅石さんとの昼休みのご飯が、絶対にこうして注目を浴びることになると予想していたから……とは言えない。
「堅石さんとのご飯が楽しみだったから、かな」
誤魔化すようにそう言ってしまったが……あれ、これ、なんか口説いてるみたいになってない?
僕達を見ている周りの人には聞こえてないみたいだけど、堅石さんにはもちろん聞こえている。
「そう、ですか」
堅石さんは少しだけ目を見開いて。
「私も、実は空野さんと一緒に食べるのが楽しみで、いつもより授業に集中出来てませんでした」
そう言って、笑った。
「っ……そっか」
「はい、同じですね、空野さん」
「う、うん、同じだね」
いつも僕が見ている、とても可愛らしく綺麗な笑みを浮かべた堅石さん。
学校で見るその笑みはいつもよりも嬉しそうに見えて、心臓が飛び跳ねたのを感じた。
「空野さん、顔が赤くなってますがどうしました?」
「い、いや、大丈夫だよ」
うっ、やっぱり顔が赤くなっていたか。
あんな至近距離で殺人的な笑みを見せられたら、顔が赤くなるのは仕方ないと思う。
周りの人も……。
「……尊死した」
「いい、人生だった……」
「もうこれで終わってもいい……」
僕以上にダメージを食らっている人達がたくさんいた。
男子も女子も、全員が堅石さんの笑みを見て幸せそうに衝撃を食らっていた。
「なんだかクラスの人達も静かになりましたね」
「そうだね」
さすがに堅石さんも気づいたが、まさか自分の笑顔のせいだとは思わないだろう。
こうして突如巻き起こった、「堅石さんと空野がご飯を食べる事件」は終わった。
……あとから聞いたその事件の名前を聞いたけど、そのまんますぎない?
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