第22話 堅石さんと下着の違い



 メイドの薫が来た日の夜。


 堅石ゆきは、自身で洗ったお風呂に入っていた。


 先に空野楓が入った風呂であり、いつも堅石は後に入っている。


 空野には家事を全部やってもらっているので、一番風呂に入ってもらうのは当然だと考えているのだ。


 空野は最初遠慮していたが、堅石が「なら一緒に入りますか」と聞いたら、顔を真っ赤にしながら先に入ってくれた。


「ふぅ……」


 こっちの部屋で空野がお風呂に入るようになってから、お風呂場にあるものが少しだけ増えた。

 空野があちらから持ってきたシャンプーとリンス、ボディーソープ、それに身体を洗う用のタオル。


 本当なら全部、堅石が持っているものを使ってもいいと言っているのだが、それは出来ないとのこと。


『堅石さんが使ってるやつ全部ブランドものだし、めちゃくちゃ高いんだよ?』

『そうなのですか?』

『さすがにそれを使うのはね……』


 ということで、空野は自分で持ってきたものを使っているようだ。

 堅石が使っているのは家で使っていたもので、よくわからないからそれをずっと使い続けているだけだ。


(今はまだ補充しなくてもいいですが、次になくなったら空野さんと同じものにしてもいいかもしれませんね)


 空野が使っているのはメンズ専用でもないし、二人で一緒のお風呂を使うのだから、シャンプーなどは合わせた方が効率的だろう。


 そう思いながら湯船から上がり、風呂場から出て身体をタオルで拭く。


 タオルを洗濯カゴに入れようとした時、洗濯カゴに入っている空野の脱いだ服が目に入る。


 今日来ていたシャツ、ズボン、そして下着。

 シャツやズボンは空野が着ていた時も見ていたし、そこまで男性と女性で違いがあるわけでもない。


 しかし下着は別だ。


 空野が着ていたらもちろん見ることは出来ないし、男性と女性で違いもある。


(……少しだけなら)


 堅石は裸のまま、洗濯カゴにあった空野の下着を手に取った。

 まず形が全然違う、男性用のトランクスという形だ。


「なぜ男性と女性でここまで下着の形に差があるのでしょうか……股間部分でいうと、男性器と女性器の違いでしょうか」


 男性器は見たことは、知識としてはもちろん知っている。


(女性にはない出っ張りがついていて、さらには男性の精神状況で、形が変わるということを聞いたことがあります。だからこそ女性の下着とは違い、少し余裕があるダボっとした下着なのでしょう)


 自分の中でそう結論づけて、そしてまた昼間の会話を思い出す。


(確か空野さんは、私の下着を欲しいと言っていました。なぜ欲しいのでしょうか? もしかして、空野さんは下着があまりないから、私の下着を履きたいのでしょうか?)


 とんでもない勘違いをしている堅石だが、口にも出していないし誰にも言ってないので、その勘違いを止める人はいない。


(そうだったら別にあげるのは構いませんが、確か薫さんは「匂いを嗅ぐ」とか言ってましたね。いい匂いなのでしょうか? 私は自分の下着などそうは感じませんが、女性と男性で嗅覚の違い、下着の匂いの違いがあるのかもしれません)


 そう思った時、自分の手には空野の下着があることに気づく。


(……嗅いでいいのでしょうか。しかし私も下着を空野さんに嗅がれるのは恥ずかしいので、さすがにそれは……)


 その場で葛藤した末に、堅石が選んだのは……。


(あとで空野さんに私の下着も嗅いでもらいましょう。そうすれば私も嗅ぎたい、空野さんも嗅ぎたいとのことなので、等価交換は成り立つはずです)


 世間一般的には女性と男性の下着なら、おそらく女性の方が価値は高いと思うが、それを全く知らない堅石。


 いろいろと論理は破綻しているが、空野の下着を嗅ぎたいと思っている堅石は、なんとか理由をこじつけて嗅ごうとしているだけなので、気づいていない。


「では空野さん、失礼します」


 手に持った下着を、鼻元まで近づける。


 すんすんっ、と匂いを嗅ぐ。


(衣類特有の布のような匂い、そしてアンモニア臭……特にいい匂いではありません)


 そう思いながら、もう少しだけ匂いを嗅ぎ続けて、すぐにやめた。


(特にいい匂いでもないのに、なぜ嗅ぎたいのでしょう? 私は特に嗅ぎたいと思いませんが……)


 世の中にはそういう趣味の人がいるのだが、どうやら堅石はそういう趣味を持つことはなかったようだ。


(……私のも、おそらく同じような匂いでしょう。つまり空野さんに、ア、アンモニア臭を嗅がれてしまう)


 そう思うと、途端に恥ずかしくなってきてしまう。

 顔が火照ってきてしまうのは、お風呂から出たばかりという理由だけじゃないだろう。


(し、しかし、私はすでに空野さんを嗅いでしまっているわけで、空野さんにも嗅いでもらわないと不公平です。これは、私から始めたのですから)


 堅石は服を着て髪をドライヤーで乾かす。


 この後に恥ずかしいことが待っているからか、それから逃れたいがためにドライヤーの時間がいつもよりも長くなった。


 もともと髪は長いので時間はかかるが、さらに時間をかけるが、髪が乾くともう風呂場に用事はなくなる。


 自分の下着を持っていこうとしたのだが、ここでハッと気づく。


(下着は下着でも、私にはブラジャーがあります。パンツではなくブラジャーなら、アンモニア臭はしないはずです)


 洗濯カゴに入れた下着、今日着ていたブラジャーとパンツを手に取る。


 一応自分でどちらも嗅いでみると、やはりパンツの方はアンモニア臭がする。


 ブラジャーも汗の匂いが少しだけするが、アンモニア臭よりは恥ずかしくないだろう。


(ですが私はパンツを嗅いで、空野さんにはブラジャーを嗅いでもらうのは、等価交換として成り立つのでしょうか)


 本音で言えば、ブラジャーの方を嗅いでほしい。


 しかしここでズルをしてしまえば、せっかくの初めての友達を失望させて、失ってしまうかもしれない。


(そ、それはなんとしてでも避けないといけません。空野さんに決めてもらいましょう)


 意を決してブラジャーとパンツ、どちらも持ってリビングに戻る。


 リビングのソファにはすでに風呂に入ってパジャマに着替え終えて、スマホをいじってのんびりしている空野の姿が。


「ん、堅石さん、今日はいつもより長風呂だったね」

「はい、いろいろとやることがありまして」

「そっか……あの、なんで両手に下着を持ってるの?」

「空野さん、私のブラジャーとパンツ、どちらの匂いを嗅ぎたいですか?」

「なんでそうなったの!?」


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