第21話 堅石さんと友達、そしてお礼
薫さんは仕切り直すように咳払いをしてから、話し始める。
「んんっ……私はゆき様の一人暮らしに心配でした。だけど隣室に空野さんという頼れる人がいるということで、ひとまずは生活出来ているようで安心しました」
「はい、空野さんのお陰です」
「だけど空野さんのせいで別の心配もしてますけど」
「あはは……」
キッと睨んでくる薫さんに、僕は苦笑いをする。
やはりまだ警戒はされているようだけど、少しは信頼してもらったみたいだ。
「ゆき様がお友達を作りたいとのことなので、それは応援しております。頑張ってください」
「はい、頑張ります」
「うん、堅石さん、僕もそれは協力するからね」
「ありがとうございます、空野さん」
「というかゆき様、空野さんとは恋人同士でないのなら、お友達なのではないのですか?」
「……えっ?」
薫さんの言葉に、堅石さんは目を丸くした。
「空野さんが、お友達……?」
目から鱗、といった感じで、今まで一回もそれについては考えてなかったのだろう。
堅石さんが僕の方を見てきて、恐る恐る聞いてくる。
「私と空野さんは、お友達なのでしょうか……?」
「う、うん、そうだと思うよ」
「そうだと思う、というのは、少し違うということでしょうか? 何が違うのでしょうか? お友達になるにはまだ何か足りてないのでしょうか? 『お友達ポイント』みたいなものがあるのでしょうか?」
「待って待って堅石さん」
堅石さんがいつもの無表情で、いきなり早口で迫ってきたので、さすがに怖い。
それだけ友達が欲しいということなのだろう。
ぶっちゃけ僕と堅石さんの関係はよくわからないけど……。
「僕と堅石さんは、友達だよ」
友達というのは、確かだ。
僕が断定するようにそう言うと、堅石さんはまた目を見開く。
「そう、ですか……」
「うん」
「空野さん」
「何?」
「空野さん、空野さん」
「何かな、堅石さん」
「……空野さんは、初めてのお友達です」
ニコッと可愛らしく笑った堅石さん。
とても嬉しそうに笑ったその顔にドキッとしたけど、僕も嬉しくなる。
「うん、堅石さんの初めての友達になれてよかったよ」
「はい、やはり空野さんは、私の初めてをいっぱいもらってくれます」
「……うん、その言い方はちょっとあれだけど、嬉しいよ」
こうして僕と堅石さんは、隣室に住んでるクラスメイト、ではなく、友達という関係になったようだ。
「よし、これでゆき様が空野さんを友達として見ることにより、恋人関係になるのは無くなったと……言えるのかな? あんなにいい雰囲気で? もう友達も恋人も、私もよくわからなくなってきたかも……」
薫さんがなんか言っているけど、堅石さんは嬉しくて舞い上がっているからか、全く聞いていなかったようだ。
その後、薫さんが帰ることになった。
「本日は土曜日ですが、夜に少し仕事がありまして」
「そうだったのですね。時間がない中、こちらにきていただきありがとうございます」
「ゆき様がいらっしゃるところなら、たとえマグマの中だとしても行きますとも」
「マグマの中にいることはないのでご安心を」
そんなよくわからない話をしながら、薫さんを玄関まで見送りに行く。
薫さんが玄関で靴を履き、堅石さんに一礼をする。
「ゆき様、本日はありがとうございました。ハンバーグ、とても美味しかったです」
「喜んでいただけて何よりです。薫さんにはお世話になってきたのでハンバーグひとつでお返し出来たとは思いませんが、これからもよろしくお願いします」
そんな挨拶をした堅石さんとした後、薫さんが僕の方に身体を向けて話してくる。
「空野さん。本日は色々と失礼なことを言ってきましたが……」
「ああ、いえ、別に気にして……」
「全部本心なので、謝るつもりは毛頭ございません」
「あ、そうですか」
なんか謝る雰囲気だったけど、全然謝るつもりはなかったみたいだ。
「ですが……」
薫さんは僕に向かって、深いお辞儀をしてきた。
「ゆき様を、どうかよろしくお願いいたします」
「は、はい、こちらこそ」
今までにない一番のお辞儀と真面目な雰囲気に驚いたけど、やっぱり堅石さん思いのいいメイドさんだ。
「では、失礼します」
薫さんは最後にそう言って、部屋から出ていった。
「行きましたね、薫さん」
「はい、久しぶりに会えて、私も嬉しかったです」
「そっか、それならよかったね」
「空野さんには迷惑をかけてしまいましたが、薫さんに紹介出来てよかったです。初めてのお友達なので」
「う、うん、ありがとう」
堅石さんの初めての友達、か。
前は「お兄さんみたい」と言われたけど、今度は初めての友達になったようだ。
ぶっちゃけどっちの方が堅石さんと距離が近くなるのかはわからないけど、友達の方が堅石さん的には嬉しいみたいだから、友達でいいだろう。
「空野さんのお陰で薫さんに一人暮らしも認めてもらったので、本当に感謝しています」
「僕は何もしてないけどね」
「いえ、全部空野さんのお陰です。何かお礼がしたいのですが……」
「別にお礼なんていいけど」
僕がそう言っても、堅石さんはどうやら何かしたいようだ。
そこらへんも頑固だけど、堅石さんの律儀でいいところなのだろう。
「何か、お礼……あ、思いつきました。というか、お父さんに前に聞いたのでした」
「お礼を?」
「はい。空野さん、横を向いていただけませんか」
「こう?」
僕は玄関のドアの方向を向いて、堅石さんが右側に立って僕の方を向いている。
「はい、では失礼します」
堅石さんはそう言うと、僕の右肩に両手を置いて背伸びをした。
その瞬間、玄関のドアが開いて、薫さんが入ってきた。
「すいません、空野さんに渡した包丁をまだ返してもらって……えっ?」
薫さんは僕達を見て、目を見開いて固まった。
僕も、何をされたのか、すぐには理解出来なかった。
すぐ近くまで来ている堅石さんの整った顔、そして――頬に当たる柔らかい、何か。
それが、唇だと気づいたのは……堅石さんが頬から離れて一言放った後だ。
「ほっぺにキスは、お礼になりますか?」
僕と薫さんは固まり……僕は顔を真っ赤にして、薫さんが騒ぎ出した。
「な、な、何をしてるんですかぁ!?」
「薫さん、なぜ戻ってきてるのですか?」
「包丁を返してもらってないと気づいたからです! いや、それよりなんでほっぺにキスなんかしてるんですか!?」
「包丁、そういえばなぜか持ってきてましたね。ほっぺにキスは、空野さんにお礼です」
「なぜそんなお礼を!?」
「お父さんがほっぺにキスがお礼になると言っていたので」
「あのバカ主人がぁぁぁ!?」
薫さんはそう騒ぎながら、堅石さんが持ってきた包丁を受け取って怒りながら帰っていった。
「それで、空野さん」
「……は、はい」
「どうでしたか?」
「……よ、よかったです」
僕はまだ衝撃で頭が働いてないので、そう言うしかなかった。
「それなら私も嬉しいですが、まだお礼をしたりないので、もう一回……いえ、あと三十回はしてもいいですか?」
「っ……ダ、ダメです!」
僕はされたいのを我慢して、顔を真っ赤にしながらそう言い切った。
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