第20話 堅石さんと一人暮らしの理由



「も、もうよくわからなくなってきたので、最後にゆき様に一つお聞きします」

「はい、なんでしょう」


 薫さんが一呼吸を置いて、真っ直ぐと堅石さんを見つめて問いかける。


「なぜ、一人暮らしを始めたのでしょうか」

「それは……」


 いつもは淀みなく話す堅石さんが、少しだけ躊躇った。


「家が、お嫌いになりましたか?」

「いえ、そうではないです。薫さんやお世話してくださる方々には感謝していますし、嫌いになどなるわけありません」

「……それならよかったですが、ではなぜ? ゆき様が何も理由なしに一人暮らしを始めるとは思えません。何か悩みなどがありましたら、どうか教えてください」


 薫さんは堅石さんをただ心配しているようだ。

 昨日のいきなりかかってきた電話でも、『ゆき様が心配だからですよ!』と言っていた。


「……恥ずかしい話ですので、あまり話したくはありませんでした」

「悩みなど誰でもあるもので、恥ずかしいことじゃありません」

「そう、ですか……では、聞いてもらってもよろしいですか」

「もちろんです、ゆき様」

「堅石さん、それは僕も聞いていい話なのかな?」


 恥ずかしい話と言っていたし、僕は聞かない方がいいかもしれないと思った。


「いえ、空野さんにも聞いてもらいたいです」

「……うん、わかった」


 堅石さんは一息ついてから、覚悟を決めたように口を開く。


「私は、友達が欲しいのです」

「友達、ですか?」

「はい。中学まで女子中学校に通っていましたが、なぜか周りの人と壁があって友達が出来ませんでした。だから環境を変えて共学の高校に入りましたが、それでも友達は出来ませんでした」


 まさか堅石さんにそんな悩みがあったなんて思わず、僕は少し驚いた。


「高校に入って友達が出来ないのは、私が一般的な常識をあまり知らず、世間話などが出来ないせいだと思いました。なので一人暮らしをして、一般的な常識を手に入れて、友達を作りたいと考えました」


 一人暮らしをしたかったのは、そういう理由だったのか。

 友達が作りたいから、一人暮らしをする……うん、そっか。


「なるほど……ゆき様。厳しいことを言うようですが」

「なんでしょう」

「一人暮らしをして一般常識を手に入れて友達を作るというのは、少し遠回りすぎかもしれません」

「えっ……」


 すごく驚いたのか、堅石さんは目を見開いた。


 いや、僕もそう思ったんだけど、薫さんはバッサリ言ったな。


「まずゆき様が中学までお友達が出来なかった理由としては、憶測となるのですがゆき様が美人すぎるのと振る舞いがお嬢様すぎるからかと」

「美人すぎる、お嬢様すぎる……どう改善すればよかったのですか?」

「改善は不可能です。生まれ持ったものと身についたものなので。だけどそれがゆき様の個性なので、改善しなくていいものです」

「そうなのですか……では、今友達が出来ないのはなぜでしょうか?」

「それは、クラスメイトの空野さんの方が詳しいのでは?」


 えっ、ここで僕にフってくるの?

 堅石さんは僕の方を向いて、縋るような目で見てくる。


「なぜなのでしょうか、空野さん」

「うーん、同じになるけど、堅石さんが美人すぎるのとお嬢様すぎるのかな」

「では、やはり改善しないといけないのでは?」

「……ちなみにどうやって改善するつもりなの?」

「美人すぎるというのはわかりませんが、整形で崩せるものなのでしょうか」

「ゆき様、絶対にダメです! そんなの絶対に私が許しません!」


 薫さんが目を見開き、身体を前のめりにして全否定した。


 友達を作るために整形で整った顔立ちを崩すというのは、やりすぎだし必要ないだろう。


「では、メイクとかで崩したりは?」

「まず美人すぎるのをやめるっていう考えをやめようか」


 どちらかというと後者の「お嬢様すぎる」という点の方が、堅石さんと周りの人達に壁が出来ている原因だ。


「とにかくゆき様は、友達が欲しいとのことで、一人暮らしを始めたのでしょうか?」

「はい、そうです」

「そうですか。ゆき様は子供の頃から頑固で、止めても無駄なことは知っています。だからこそ心配でしたが……」


 薫さんは僕の方をチラッと見て、ため息をつく。


「認めたくはありませんが面倒見がよく、信用出来そうなお隣さんがいらっしゃるようなので、そこは少し安心しました」

「えっ……」


 その言葉に僕は少し驚いた。


 今までの態度的にどう考えても嫌われていると思っていたのだが、そうでもないみたい……。


「もちろん私からの好感度は最底辺に近いですけど」

「……そうですか」


 心が読まれたのではないかというほど、バッサリと否定されてしまった。


「ゆき様からは信頼されているようなので……悔しいことに」

「はい、空野さんはとても信頼しています」

「あ、ありがとう」


 家族と同列に語られるくらいなので、信頼されているとは思っていたけど、小さい頃から堅石さんを知っている薫さんにお墨付きをもらうと嬉しい。


「そもそも、ゆき様がほぼ裸を見せるくらいのであれば、それくらい好かれていると思ってはいましたが」

「はい、私も人は選んでいます」

「それはもちろん知ってますが、同い年の男性を選ぶのはどうかと思いますけど……」


 うん、僕も信頼されたり好かれたりするのは嬉しいけど、裸を見せられるのはどうかと思う……別に嬉しくないとは言わないけど、はい。


「お姉様の夏樹様にお見せしない裸を、空野さんにお見せしているという時点で、少し察していましたが……」

「えっ、堅石さん、お姉さんがいるの?」


 それは初めて聞いた。


「はい、います。十歳も上で歳は少し離れてますが、しっかりと血は繋がっております」

「そうなんだ……ん? だけどお姉さんには裸は見せないって言ってたけど」


 普通だったら同級生の僕じゃなくて、同性で血の繋がりがあるお姉さんには見せられるものじゃない?


「姉のことは嫌いじゃないのですが、苦手なのです」

「えっ、そうなの?」

「はい、姉は少し変な人です」


 堅石さんに変な人って言われるって、どんな人なんだろう。


「夏樹様は雪様のことを妹として過剰に愛しすぎて、少し面倒なのですよ」

「ああ、そうなんだ」

「一緒にお風呂に入って『ぐへへ、成長の確認だぁ!』と言って、全身をくまなく触れることが何回もあったとか」

「はい、ありました。とても鬱陶しかったです」


 ……それはしょうがないな、苦手でも。


「一緒にお風呂に入るなら、姉じゃなくて空野さんの方が全然いいです」

「それは違うと思うよ、堅石さん」

「それなら私が一緒に入ります!」

「……なんだか薫さんも夏樹姉さんと同じ匂いがするので、やはり空野さんがいいです」

「そん、な……!?」


 僕のことを信頼してくれているのは嬉しいけど、一緒にお風呂に入るとかはあまり言わないでほしい、また妄想してしまうから。



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