第18話 堅石さんは生活を話す


 全員が食べ終わり、僕がまた皿洗いなどを一人でやる。

 堅石さんもやりたそうにしていたけど、お皿を割るのは怖いし、薫さんと積もる話もあるはずだ。


 僕はキッチンで皿などを洗いながら、リビングで向かい合って話す堅石さんと薫さんを見ていた。


「ゆき様、改めて、お久しぶりです」

「そうですね、薫さん。約一ヶ月半ぶりでしょうか」

「はい、正確には一ヶ月と十三日ですね」


 しっかりと日にちを覚えているのはすごいな。


「一人暮らしをして一ヶ月と十三日。私はゆき様のことをとても心配しておりました」

「心配をかけたようで申し訳ありません。ですが一人暮らしも慣れてきました」

「それは本当ですか? 空野さんがいなくても、一人で暮らせるということですか?」

「……はい、大丈夫だと思います」

「嘘ですね」


 うん、嘘です。


 僕がいなかったら、と言うのは自意識過剰みたいであれだけど、少なくとも堅石さんは一人で出来ないだろう。


「ハンバーグはとても美味しく、感動しました。料理に関しては大丈夫なのかもしれません」

「はい、出来る料理も増えています」

「そうなんですね! また食べたいですが、他に何が作れるようになったのでしょう?」

「卵かけご飯、それとお味噌汁です」

「……ん? 卵かけ、ご飯?」

「はい」

「それは料理とは言いませんよ!?」

「そうなのですか? ですが空野さんは、料理が出来たと認めてくださったのですが」


 その言葉で薫さんが僕の方をまた睨んできたので、思わず目線を逸らしてしまった。


 いや、めちゃくちゃ純粋な顔で「私も料理が出来るようになりました」と言われたら、その顔を曇らせるようなことは出来なかったんだ……。


「ま、まあ、それは置いておきましょう。お味噌汁も出来るとのことでしたが、さっきのお味噌汁はゆき様が造られたのですか?」

「いえ、空野さんが一人で作られました。私が作るお味噌汁とは違う料理方法で」

「……ゆき様の、料理方法はなんでしょう?」

「お味噌汁パックと呼ばれるものを器に入れ、そこにお湯をかけて出来上がるものです」

「インスタントじゃないですか!」


 またこちらを睨んできた薫さん、また目線を逸らす僕。


 薫さんも話せばわかるはずだ、堅石さんの純粋な心と顔を曇らせたくないということを……!


「りょ、料理以外には、家事では何が出来るようになったのですか?」

「掃除や片付けが出来るようになりました。お風呂場などは空野さんと遜色ない程度に洗うことが可能です」


 うん、それは本当だ。

 前にお風呂場の掃除の仕方を教えてからは、毎日やってもらっている。


「空野さんも私が掃除したお風呂は気持ちいいと言ってくれました」


 うんうん、と僕は思わずその場で頷いてしまった。

 料理以外にも成長してるんだ、と薫さんにも伝わるように。


 しかし薫さんはさっきよりも強く僕のことを睨んでくる。


「なぜ、空野さんが、ゆき様の部屋のお風呂に入っているのですか……?」


 ……し、失敗した。


 僕がお風呂場を洗っている頃はこっちでほとんどお風呂に入ってなかっただけど、堅石さんが洗い始めてからはこっちの部屋で毎日お風呂に入ってしまっている。


 だって堅石さんが自分で洗ったお風呂に入ってもらいたいと言ってくるのだ。


『どうでしたか? 気持ちよかったですか?』


 そして入ったらそう聞かれて、「気持ちよかったよ」と答えると、


『そうですか、よかったです』


 とニコッと笑って言うので、なんだか可愛い犬が尻尾を振って喜んでいる感じがあって、断れないのだ。


 それから毎日、堅石さんに「ぜひ入ってください」と言われ続け、断ったら悲しそうな顔をしてしまう。

 断れるわけがない。


 ぶっちゃけ僕も自分の部屋で入るよりも、堅石さんの部屋で入った方がいろいろと効率がいいから嬉しかったんだけど……。


「ねえ、空野さん……? 聞こえているんでしょう? 早く答えてくださいよ」

「いや、その……」


 まさかこんなことになるとは思ってなかったから、ちょっと後悔してる。


「薫さん、空野さんが私の部屋でお風呂に入ってるのは、当然の権利です」

「な、なぜですか!?」

「空野さんがお風呂掃除以外のほとんどの家事をやってくださっているからです。なので私はその恩を少しでも返すために、綺麗にお風呂場を掃除し、気持ちいいお風呂を空野さんに入っていただきたいのです」

「ゆ、ゆき様……! 素晴らしい心がけです!」


 もうなんか、薫さんへの説得は堅石さんに任せれば、どうにでもなる気がしてきた。

 とりあえず僕は静観しておこう、堅石さんが何か勘違いさせるようなことを言うまでは。


「私のお風呂掃除なんて、家事の中ではほんの少しです。毎日の食事を作ってもらい、洗濯などをやってもらっているので、このくらいじゃ全然返し切れていません」

「私にとってはゆき様のお世話をすること自体がご褒美なので、返して欲しいなんてことは考えたことはありませんよ!」

「いえ、薫さんはメイドなので、お返しは賃金で払われてるはずでは?」

「……はい、そうでした」


 なんか今のは薫さんが可哀想ではあったけど、確かにその通りだ。

 そう思うと僕はお金も特にもらってないし、ただお世話をしているだけだ。


 別に苦じゃないし、堅石さんと一緒にいるのは、その、楽しいから、全然いいんだけど。


「……ん? あれ、ゆき様」

「なんでしょう」

「洗濯も、空野さんにやっていただいているのですか?」

「はい、そうです。本当に空野さんには感謝しています」


 堅石さんはそう言ってくれるのだが、ちょっと今は、嫌な予感が……。


「ゆき様の、服を、洗濯? それは全部、下着もということですか……?」

「もちろん、特に毎日洗っていただいている服の種類だとは思います」


 ……そうだね、下着は毎日着るし毎日洗うからね。


 そしてまた、すごい目で薫さんに睨まれている。


「薫さん、さっきからなぜ空野さんの方を見ているのですか?」

「なんでも、ないことはないですけど! ゆき様は恥ずかしくないのですか!?」

「何がでしょうか」

「空野さんに、下着を洗ってもらっていて!」

「そうですね、確かに恥ずかしいかもしれません」


 えっ、恥ずかしいの?

 僕もそれは知らなかったけど……。


「自分で洗濯も出来ないなんて、恥ずべきことだと思います」

「そういう意味じゃありませんよ!」


 僕と薫さんが初めて同じようなことを持った瞬間だった。


 そういう意味での恥ずかしさじゃないんだよなぁ、この場合。


「男性に下着を見られて、さらに触られて……! 何をされてるのかわからないんですよ!? もしかしたら空野さんは毎回、ゆき様の下着の匂いを嗅いでるのかもしれないんですよ!?」

「してませんよ!?」


 僕はさすがに大きな声を上げて口を挟ませてもらった。

 ちょうど皿洗いなども終わったので、手を拭いてからリビングへと行く。


「証拠はないですよね! だったらわからないじゃないですか! もしかしたら洗う前に自分の部屋に持ち込んで、いやらしいことをして……!」

「してないですから! 絶対に!」

「じゃあ一回もそういう妄想をしたことがないと!?」

「……し、してません!」

「嘘ですよね!? 絶対にしたことありますよね!?」


 僕も健全な男の子だから、そういう妄想をしたことがないと言えば、その、嘘になるかもしれない。


 だけどちょっと妄想してもすぐにやめて筋トレをするようにしてるし、絶対に妄想を現実に起こすなんてことはしない。


「ゆき様、聞きましたか!? この男、ゆき様の下着で変態な妄想をしてるって!」

「空野さんは、私の下着が欲しいのですか?」

「い、いや、別に欲しくない……けど」

「ゆき様、嘘ですよ。絶対に欲しいって思ってます」


 くっ、薫さんのせいでなんかいろいろと暴露をされてる気がする……!


 妄想をしたことは一度もない、欲しいと思ったことは一度もない、と完全に否定出来ないところが厄介なところだ。


「そうですか。別に空野さんになら構いません」

「へ……?」

「えっ……!?」


 僕と薫さんは思わず拍子抜けしたような声を出してしまった。


「下着なら何着か持っていますし、一枚くらいなら問題ないと思います」

「い、いや、堅石さん、そういう問題じゃないと思うけど……」

「ですが……」


 堅石さんは少しだけ頬を赤らめ、恥ずかしそうに視線を下げた。


「出来れば洗ってから持っていただきたいです。汚いと思いますし……恥ずかしいので」


 いつもよりも小さな声で言ったその言葉に、僕も恥ずかしくなって顔を赤らめてしまう。


 そして薫さんは……。


「ゆ、ゆき様が、空野さんと、私が入れない空気を作って……! うぅ、成長を感じるけど、こんな成長は感じたくなかった……!」


 血の涙を流しそうな勢いで悔しがっていた。


 とりあえず、下着が欲しいというのは全くの誤解だということを伝えた。


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