第17話 堅石さんと薫さんとご飯
「そ、そう、ですか。空野さんが、いるから、快適に……!」
あ、ただ取り繕っているだけだった。
今もその仮面が剥がれかけているし、僕のことを堅石さんに見られないように睨んでいる、怖い。
「はっ……ですが空野さんに頼らずとも、しっかり一人暮らしは出来ています、はい」
あ、堅石さんもいまさら取り繕っている。
メイドの薫さんに安心してもらいために、自分一人で生活が出来ると伝えたいと言っていたが、もうそれは無理だろう。
「ゆき様、嘘はいけませんよ。私の目を見てちゃんと、『一人で生活出来ている』と言えますか?」
「……申し訳ありません、無理です」
「ですよね、知ってます。本当なら私が全部、ゆき様のお世話をしてあげたいのですが……」
「いえ、私は一人で生活出来るようになりたいのです」
そういえば、なんで堅石さんは一人暮らしをしてるのか、その理由自体はしっかり聞いたことがないな。
自立をしたいってことなのかな? それはとても偉いと思うけど。
「隣に住んでいるそこのクズ……空野さんにお手伝いしてもらっているのでしょう?」
今、普通にクズって言ったよね、薫さん。
もう本当に好感度が最悪みたいだ、仕方ないと思うけど。
「はい、空野さんに手取り足取り、優しく教えてもらっています」
「堅石さん、その言い方もちょっと危ないから、やめようか」
「何がでしょう? 本当のことを言ってるだけですが」
「手取り、足取り……!? ゆき様の身体をわざわざ触って教えてるってことですか!?」
「違います!」
また勘違いされそうだったので、とにかくまずは玄関からリビングへと移動する。
堅石さんもまだ料理中なのだから、早く戻らないといけない。
リビングに戻り堅石さんがキッチンで料理の続きを始めようとすると、薫さんがとても驚いていた。
「ゆ、ゆき様が、料理を……!?」
「はい、薫さんがお昼に来るとのことでしたので、料理を振る舞いたいと思いまして」
「ゆ、ゆきさまぁ……! 嬉しいです!」
「よかったです。空野さんに教えてもらった料理なので、美味しいと思います」
「……そうですか」
僕に教わった料理というところで、とても複雑そうな顔で僕を見てくる薫さん。
僕も申し訳ないような、なんとも言えない気持ちだ。
「空野さん、あと少しで終わるので、付け合わせなどをご用意してもらったもよろしいでしょうか?」
「うん、もちろん」
僕もキッチンに立ち、ハンバーグを焼いている堅石さんの横で準備をする。
それをまたすぐ近くで、なにやら悔しそうな顔で見ている薫さん。
「くっ! なんかもう、私が入れないような空気感を作り出して……! 嫌味ですか!?」
「それ、僕に言ってます? よくわからないんですけど」
「薫さん、もう座ってても大丈夫です」
「いえ! メイドとして、私もぜひ手伝いと思います!」
「いえ、薫さんには座って待ってていただけると嬉しいです」
「……はい」
やる気に満ちていた薫さんだが、堅石さんの言葉に少し落ち込んでしまったようだ。
うーん、なんだろう、このすれ違いをしている感じは……。
このままだと薫さんが落ち込んだまま待ってることになるから、少しフォローしないと。
「堅石さんは、薫さんに料理を振る舞いたいんだよね」
「はい、ずっとお世話になっていた薫さんに、少しでもお礼をと思ってハンバーグを作りました」
「だから薫さんには手伝わずに、待ってて欲しいだよね」
「はい、薫さんに手伝ってもらってはお礼とは言えませんから」
「ゆき様……! わかりました、大人しく正座して待っています!」
「いえ、普通に椅子に座っていただいて構いません」
うん、なんとかフォローは出来たかな。
リビングの椅子に座って待ってくれている薫さんだが、それでも悔しそうに手伝っている僕のことを見てくるのは変わらなかった。
「くっ、お似合いだなんて思わないから、『結婚してるの?』とか全く思ってないから……!」
何か呟いているけど、僕と堅石さんには聞こえなかった。
そして料理が出来上がり、テーブルに運ぶ。
品目としてはハンバーグと付け合わせ、味噌汁とサラダ、ご飯というシンプルな昼食だ。
「薫さん、お待たせしました」
「いえ、全然待ってませんよ!」
「こちら、ハンバーグです。ハンバーグ以外は空野さんに作っていただきましたが、ハンバーグだけは私一人で作りました」
「素晴らしいです、ゆき様……!」
「薫さんのお口に合うと嬉しいです」
「絶対に合います! むしろ合わなかったら、私の口がおかしいので、ぶっちぎって違う口にしてきます!」
「よくわかりませんが、合わなくてもそれはやめといた方がいいと思います」
うん、僕もやめた方がいいと思うな。
そんな会話をしてから、「いただきます」と言ってから食べ始める。
薫さんがとても綺麗な所作で、ハンバーグを一口食べた。
堅石さんは食べずに薫さんを見つめている。
「薫さん、どうでしょう?」
「うぅ……!」
「っ、な、なぜ泣いてるのですか? お口に合わなかったですか?」
いきなり泣き出した薫さんに、珍しく狼狽える堅石さん。
「めちゃくちゃ美味しいです、ゆき様……!」
「っ……そうですか。ではなぜ泣いて?」
「美味しくて、ゆき様の成長を感じて……! もう嬉しすぎて涙が……!」
「そう、ですか……お口に合ったようで、よかったです」
堅石さんはホッとしたように、とても穏やかに優しく笑った。
初めて見る綺麗で可愛らしい笑みに、僕はドキッとして頬が赤くなるのを感じる。
幸いにも、堅石さんと薫さんは僕の方を見てないので気づかれなかった。
「薫さんは覚えているかわかりませんが、私が六歳の誕生日に薫さんが私に作ってくれたハンバーグ。あれが私にとって一番の思い出の味です」
「覚えてます! 覚えてるに決まってますよぉ!」
「それのお礼に、こうしてハンバーグを作りました。あの時の味には及ばないとは思いますが、喜んでくれたようで私も嬉しいです」
「わ、わだじもうれじいです!」
「薫さん、鼻水は拭きましょう」
薫さんが号泣しすぎて料理に涙や鼻水が垂れてしまいそうだ。
それだけ喜んでくれたというのはあると思うけど、すごいな。
ティッシュで涙や鼻水を拭いた薫さん。
「すいません、取り乱しました」
……玄関から取り乱していることの方が多いと思ったけど、口には出さないでおこう。
「ゆき様、本当に美味しいです。私のハンバーグなんかよりも、ゆき様のハンバーグの方が全然美味しいですよ」
「いえ、薫さんのハンバーグには敵いません」
「それは嬉しいですが、ゆき様のハンバーグの方が美味しいです!」
「そうですか。味覚の違いでしょう。お互いのハンバーグを美味しいと思えるようで、嬉しいです」
「はい!」
「私が作ったハンバーグは空野さんに教えてもらったものなので、薫さんも空野さんの料理は気に入っていただけるかもしれませんね」
「……そうですね」
また複雑そうな顔で、薫さんに睨まれてしまった。
堅石さんも、わざとじゃないと思うけど、タイミングが悪いというか……。
いろいろとあったが、僕達は堅石さんが作ってくれたハンバーグを食べ終わった。
「ゆき様、本当に美味しかったです。空野さんも……ありがとうございました」
「あ、あはは、僕は教えただけですから」
顔を歪めながらだけど、僕にもお礼を言ってくれた薫さん。
「空野さんに教えてもらわなかったら私は一生料理が出来なかったので、私もとても感謝してます。ありがとうございます、空野さん」
「う、うん」
「くっ……!」
堅石さんが褒めてくれるのは嬉しいけど、薫さんが悔しそうに睨んでくるから、僕もなんか複雑な気持ちだ。
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