第16話 堅石さんとメイド襲来


 ――そして翌日、土曜日。


 堅石さんのメイドの方、薫さんは昼の十二時に堅石さんの部屋に来るようだ。


 いつも土曜日や日曜日はバイトがあるんだけど、たまたまこの日はバイトが入っておらず……堅石さんの部屋で、メイドの方が来るのを待つことに。


 最初から僕が部屋にいるのはどうなんだろうか、と思ったけど、堅石さんから、


「もうすでに空野さんに手伝ってもらっていることはバレてしまったので、最初から説明するためにご一緒にいてくれませんか?」


 と言われたので、彼女の部屋で待つことに。


 本当に僕、殺されたりとかしないよね?


 それはないと信じたいけど、昨日の電話の切り方が怖すぎて……。


「空野さん、お昼ご飯は私が薫さんにハンバーグを振る舞いたいです」

「そのために昨日、練習したんだよね」

「はい、ですが私はハンバーグ以外は作れないので、サラダや味噌汁、付け合わせなどはお任せしてもよろしいでしょうか?」

「もちろん、そのくらいなら任せて」

「よろしくお願いいたします」


 薫さんが到着するという十二時くらいに出来るように、堅石さんは十一時くらいから料理を始めた。

 堅石さんがまだ慣れてないから時間がかかるだけで、僕は二十分前に始めれば大丈夫だろう。


 僕は手伝いはせず、堅石さんが真剣に料理しているのを後ろで見守っていた。


 そして十一時半ごろ、マンション玄関のチャイムが鳴った。


「あれ、薫さんかな?」

「もしかしたらそうかもしれません。薫さんは早めに行動する人ですから」

「それにしても早すぎだと思うけど……」


 まだ来る時間の三十分も前だ。

 マンションのエントランスのカメラを堅石さんが確認すると、やはりメイドの薫さんだったようだ。


 そのままマンションに入ってもらい、そしてすぐにまた部屋のチャイムが鳴った。


「空野さん、申し訳ありませんが、今手が空いておりませんので、代わりに出ていただけませんか?」

「えっ!? ぼ、僕が!?」

「はい、今、挽肉と玉ねぎなどをこねている最中なので」

「そ、そうだけど、僕が出るの?」

「お願いします」


 薫さんが堅石さんの部屋に来たのに、僕が出たらちょっとおかしなことにならない?


 いや、ちょっとどころじゃないな。


 昨日の感じからして、僕、玄関で刺されるとかないよね?


 だけど堅石さんは大変そうなので、僕は玄関に向かって、一度深呼吸をしてから玄関の鍵を開けて、薫さんを招き入れる。


「その……いらっしゃいませ」


 薫さん、なぜかメイドの服を着てこちらまで来たようだ。


 茶色の肩くらいまで伸びた髪、よく見ると少しウェーブがかっていて綺麗だ。

 顔立ちは意外と可愛くて、童顔な感じだ。


 堅石さんの子供の頃からメイドとして働いているから、少なくとも二十歳後半はいってると思うのだが、顔立ちが幼いからか、僕や堅石さんと同い年くらいに見える。


 そんな可愛らしい顔立ちをしている彼女、薫さんだが、今はその顔が怒っているかのように少しだけ歪んでいる。


「……私は部屋を間違えたのでしょうか? ここは堅石ゆき様のお部屋で間違いありませんか?」

「はい、間違いありません……」

「ではなぜ男性が出てくるのですか? あなたのお名前は?」

「空野楓です」

「だと思いました、昨日の電話と同じ声ですから」


 僕のことを下から上まで眺めてから、キッと睨んでくる。

 うぅ、やっぱり昨日の会話で、すでに好感度は最底辺からのスタートのようだ。


「それで、覚悟はしてきましたか?」

「あの、何のでしょうか?」

「昨日、言いましたよね? 覚悟しておけ、と」


 薫さんは部屋の中へ入ってドアを閉めると、持ってきた鞄に手を突っ込んで――包丁が、出てきた。

 えっ……ほ、本当に僕、殺されるの?


「はい、どうぞ」


 焦って固まっていたのだが、包丁で刺されるのではなく、そのまま包丁を渡された。


「あ、あの、どういうことですか……?」

「もちろん、切腹です」

「切腹!?」


 まさかの自害だった。

 殺されるのではなく、自分で落とし前をつけろということだった。


「大丈夫です、しっかり切腹したところを見届けたら、私が介錯いたしますので」

「全然大丈夫じゃないですから!?」


 まだ高校二年生で切腹して死にたくはない!

 それに薫さんは昨日の電話の中で、いろいろと誤解をしている。


「薫さん、聞いてください! 昨日の電話ですが、堅石さんの伝え方で誤解を招いている可能性が高いです!」

「ゆき様のせいで誤解? あなた、自分の罪をゆき様のせいにするというの!? なんというクズ、今すぐ介錯してあげましょうか!?」

「ち、違います! まず僕に罪があるというのが誤解なんです!」

「何が誤解なんですか! あなたがゆき様の裸を見て、抱いたのは事実でしょう!? それについてはゆき様は嘘偽りなく、本当のことを、言ってましたから……!」


 薫さんは少しずつ語尾が小さくなっていき、涙目になっていた。


「うぅ……私が子供の頃から育ててきたゆき様が、もう大人の階段を登って……! 私ですらまだなのに、なんで……?」

「か、薫さん? 落ち着いてください、ちょっと聞いちゃいけないような情報も言っている気がしますよ?」

「こんなクズ男に、ゆき様の貞操が……!」

「だから違いますって!?」


 この人、本当に僕の話聞かないな!?


 玄関で泣き崩れてしまった薫さん、めんどくさいけど誤解だってことを伝えないと。


「まず僕と堅石さんはそんな関係じゃないですし、その、堅石さんの貞操とかも無事です!」

「嘘です! 昨日、ゆき様ははっきりと『裸を見せて抱かれた』と言ってましたから!」

「裸を見た時と、抱きしめた時は別です! 堅石さんの伝え方が下手だっただけです!」

「下手なのはあなたでしょう! ゆき様をしっかり満足させてあげられてるのですか!?」

「何の話をしてるんですか!?」


 ダメだこの人、もうなんか酔っ払ってる父親くらいに話が通じない。


「空野さん、薫さん、玄関で何を騒いでいるのですか?」


 僕と薫さんが玄関でやりとりをしていたら、堅石さんが料理を終えたのか玄関まで来た。


「あっ、堅石さん」

「――ゆき様、お久しぶりです」

「はい、薫さん。お久しぶりです」

「……あれ?」


 玄関で座り込んでいたはずの薫さんが、いつの間にか僕の背後に回って堅石さんのすぐ側まで近寄っていた。


「お元気そうで何よりです、ゆき様。私はとても心配でした」

「ありがとうございます。ですが問題ありません、空野さんがいらっしゃるお陰で、とても快適に暮らせています」


 さっきまで泣き崩れて情緒不安定になっていた薫さんが、どこにいったのか。

 とても穏やかな笑みを浮かべて、堅石さんと接している。


「そ、そう、ですか。空野さんが、いるから、快適に……!」


 あ、ただ取り繕っているだけだった。


 今もその仮面が剥がれかけているし、僕のことを堅石さんに見られないように睨んでいる、怖い。


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