第13話 堅石さんとメイド?



「……失敗しました、恥ずかしいです」


 堅石は一人で風呂に浸かりながら、そう呟いた。


 ライトノベルに出てきた『あすなろ抱き』を実践するべく、空野と一緒にやっていたら、自分の豊満な胸が当たってしまっていた。


 堅石は自分の胸に手を当てる。

 確かに自分が抱く側になった『あすなろ抱き』をしている間、胸が潰れている感覚はあった。


 それがまさか空野にまで感触が伝わっているとは、思っていなかった。


 堅石は顔の下半分まで風呂に浸かり、ぶくぶくと泡を立てて気を紛らわせていた。


 恥ずかしさを抑えようとしているのに、お風呂に入っているとさっきの感触などを思い出してしまう。


「……意外と空野さんは、がっしりしていました」


 空野は特に運動をしているわけじゃないのに、自分と比べて肩幅や筋肉の出っ張りなどが多かった。


 やはり男性と女性で体つきが違うのだろう。


 ライトノベルでもそうだったが、『あすなろ抱き』は男性から女性にしていた。


 そういう身体の違いなども理由としてはありそうだ。


「私も、される方が好きかもしれません」


 そう呟いてから、顔が熱くなっていくのを感じる。


 恥ずかしい? いや、これは……。


「のぼせ、ました」


 長い間、お風呂に浸かりすぎた。

 湯船から上がると軽く眩暈がしてふらつく。


 転ばないように壁を支えにしながら風呂場から出て、適当に身体を拭いて服を着る。


(ふぅ……少しずつ冷めてきました。お茶を飲みたいですね)


 そう思って風呂場を出て、リビングへと向かう。

 リビングでは空野がいたのだが……なぜか腹筋をしていた。


「空野さん、上がりました」

「ふっ、ふっ……あ、堅石さん」

「なぜ腹筋をしているのでしょうか?」

「か、体がなまっててね……」

「……なるほど、私もご一緒してもよろしいでしょうか?」


 その後、堅石と空野は一緒に筋トレをした。



 夜、空野が自室へと戻った後、堅石は自室で軽く明日の授業の予習をしていた。


 そうしていると、いきなりスマホが震えた。


 どうやら電話がきたようで、こんな時間に誰がと思って見てみると、堅石の父親だった。


「もしもし、お父さん。ゆきです」

『おお、ゆき! 元気にしてるか?』

「はい、特に変わりはありません」

『それならよかったぜ』


 電話口の相手は父親、堅石義明。

 大企業の社長だが、そこまで堅苦しくない人で、あまり娘のゆきには似てない。


 ゆきは母親似なのだ。


『一人暮らしはどうだ? 寂しくないか?』

「実家に住んでいた時よりかは寂しさは少しありますが、隣の部屋の空野さんがいらっしゃいますので、特別寂しくはありません」

『そうかそうか、慶次の息子か。あいつの息子に世話になってるんだったら問題ねえな』

「はい、とてもお世話になっています。何かお礼をしたいのですが、現状全く出来ていないのが悔やまれます」

『ははっ! それならほっぺにキスくらいでもしとけば十分だろ』

「ほっぺにキス……それがお礼になるのでしょうか?」

『ゆきみたいな可愛い女の子からされたら、そりゃ男にとっちゃ立派なお礼だぜ』

「その可愛いというのは父親目線からの主観的なものなので、あまり信用ならないと思うのですが」

『はっ、主観でも客観でもゆきは世界で二番目に可愛いぜ。あっ、一番は藍子な』

「はい、知っています」


 堅石藍子、ゆきの母親だ。

 今でも娘や周りに公言するくらい、妻にぞっこんである義明であった。


「お父さん、何か要件はあったのでしょうか? そろそろ就寝をしようと考えていたので、電話を終了したいのですが」

『ああ、そうだそうだ。ゆきにずっとついてくれてたメイドさんがいるだろ』

「薫さんですね」

『そう、そのメイドさんがゆきのことが心配だって言って、今度の土曜日にゆきの家に行くらしいんだ』

「そうなのですか」


 とても大きな家に住んでいて、両親は家を空けることが多かったので、家にはメイドや執事が勤務していた。


 そして堅石ゆきのことをよく見てくれていたメイドの方が、薫という女性だった。


『俺は止めたんだがな、「ゆき様が心配なので勤務外、命令で止められて罰金を取られてもいきます」って言ってたから、さすがに止められなかったぜ』

「別に止める必要もないと思いますが」

『いや、隣の同年代の男子にお世話されてるって言ったら、多分なかなか面倒なことになるぜ?』

「面倒……はっ!」

『気づいたか?』

「はい……私が全く成長せず、家事をいまだに任せっきりということを知られてしまい、失望されてしまうということですね」


 家事などに厳しいメイドの薫のことだ、「しっかりしてください」ということで怒ってくるかもしれない。


『いやちが……まあいいか。とりあえず、土曜日にもう行くと決めてるそうだから』

「わかりました、ご報告ありがとうございます。何か対策を立てておきます」

『ああ、頑張れ』

「はい、ではお父さん、おやすみなさい」

『おやすみ』


 父親との電話を切り、堅石は少し悩む。


「土曜日……薫さんが来るのですか。それまでに私は、家事をマスター出来るのでしょうか。否、このままじゃ絶対に出来ません」


 だけど少しでも出来るというところを見せないと、メイドの薫に「家に戻りましょう」と言われてしまうかもしれない。


「……明日、空野さんに相談しましょう」


 今悩んでも仕方ないし、眠気がすごいから考えても効率が悪い。

 しっかり寝て、明日空野と一緒に対策を考えよう。


 そう思いながらぐっすりと眠った堅石だった。



「あっ、そういえばゆきに、『十年ぶりに楓くんに会ったと思うが、どうだった?』と聞くのを忘れてたな。また今度聞くか。もしかしたら子供の頃に会ったのを忘れてるかもしれないしな」




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