第2話 初めての料理?


 そんなことがあったので、毎日僕は堅石さんの部屋に行って家事の手伝いをしている。

 というか、半同棲に近いといっても過言ではない。


 なにせ、僕は堅石さんが寝るまで彼女の部屋にずっといるのだから。


 僕が自分の部屋に戻るのは、自分が寝るときだけだ。


「はぁ、とりあえず片付けて、お風呂掃除も終わったかな」


 堅石さんが散らかしてしまったお風呂場の片付け、掃除を終えて、僕はリビングへと入る。


「あ、空野さん。今回も迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ありません」

「いや、大丈夫だよ。というか、なんでいきなりお風呂場の掃除なんてしてたの? いつもは僕がやってるのに」

「いつも空野さんに任せてしまっているので、少し手伝いたいと思いまして。今日の分の宿題や勉強を終えてからやっていたのですが……むしろ空野さんの仕事を増やしてしまっただけでした」


 堅石さんはそう言って、無表情ながらも少し落ち込んでしまう。

 表情はそこまで変わらないのだが、こうして接していると意外と感情がわかりやすい。


「あのくらい大丈夫だよ」

「ですが……」

「むしろ僕は、堅石さんが僕のためにやってくれようとしたってことの方が嬉しいから」


 僕が元気づけるようにそう言うと、堅石さんは軽く目を見開いた後、口角を少し上げて。


「……ありがとうございます、空野さん」

「う、うん」


 綺麗で美しい微笑みを向けられ、ドキッとしてしまう。


 学校ではほとんど見せない堅石さんの笑み、めちゃくちゃ可愛い。

 僕は去年、彼女に告白をしていない数少ない人間なのだが、別に彼女が可愛くないと思っているわけではない。


 むしろ今まで生きてきた中で、一番綺麗で可愛い人をあげるとしたら真っ先に堅石さんの名前を出すだろう。


 だけど別に容姿だけで告白をしたいと思わなかっただけだ。


 だが今、こうして彼女と接していると、どんどん彼女の惹かれていくのを自覚する。


 僕はただ家事や生活の手伝いをしているだけで、勘違いしちゃいけないのに。

 あの堅石さんが僕なんかを好きになるわけないんだから、うん、平静を保たないと。


「ふぅ……よし」

「空野さん、どうしました?」

「いや、なんでもないよ。もう夕飯時だから、ご飯作るよ。何か食べたいものある?」

「空野さん、任してください」

「……なにを?」

「ご夕飯です」


 無表情ながらその顔は自信ありげな、擬音語だと「ふふんっ」といった感じで胸を張っている堅石さん。


 しかし彼女は家事が出来ないということは、もちろん料理も出来ない。

 前に一緒にやったんだけど、あの時は本当に気が抜けなかった。


 金属製のボウルを電子レンジに入れて、そのままチンするところで本当に怖かった……。


 それ以降、堅石さんは料理をしていないはずだ。

 だけどなぜ、彼女はこうも自信がありそうなのだろうか。


「えっと、何を作る気なのかな?」

「私でも作れるものです。ぜひいつもお世話になっている空野さんにご馳走させていただきたいと思いまして」

「そっか、それはすごい嬉しいんだけど、なんていう料理?」

「それは出来てからのお楽しみです」

「堅石さん、そのセリフを言っていい人は、最低限の料理が出来る人だよ」

「大丈夫です、私でも作れるものなので」

「逆に怖いんだよね、それが」


 どういう情報を見てそう思ったのか。


「堅石さん、料理名を言ってくれないと許可は出来ない」

「そこまで信用ないんですか、私」

「自分の胸に聞いてみて欲しいんだけど」

「……? すいません、どうやって聞くんですか?」

「ごめんね、本当に自分の胸に聞くって意味じゃないんだよ」


 胸に手を当てて首を傾げる姿は可愛いけど。


 あとその、手を胸に強く当てすぎてるから、形が変わっちゃってる。

 心臓に悪いからいきなりそういう不意打ちはやめてほしい。


「それで、何を作るの?」

「卵かけご飯です」

「……卵かけご飯?」

「はい。とても美味しく、非常に簡単に作れるとネットに書いておりました」

「まあ、そうなんだけど」


 それだったら誰でも作れるけど、料理とは呼ぶほどのものではない。


「えっと、それだけが夕飯だとさすがに少なすぎるんじゃないかな?」

「ではご飯の量と卵の量を多くしますか?」

「それもちょっと違うかな……」


 だけど彼女が作りたいというのなら、別に止めなくてもいいか。


「じゃあ、堅石さんが卵かけご飯を作って、僕がその他の料理を作るってのはどうかな?」「とても素晴らしいと思います。ぜひそうしましょう」


 目を輝かせて頷いた堅石さん。

 やはり彼女はただ料理がしたいだけで、ちょっと不器用な普通の女の子なんだ。


「この日のためにエプロンを買っておいてよかったです。では準備してきます」

「うん……ん? 準備?」


 堅石さんはなぜか自室へと入っていった。

 準備ってなんだろう? エプロンを持ってくるだけかな?


 そう思って軽く夕飯の準備をしながら待っていると、堅石さんが戻ってきた。


「お待たせいたしました、空野さん」

「……その、堅石さん、エプロンは可愛らしいんだけど」

「ありがとうございます」

「肩が見えるんだけど、なんで素肌なの? さっきまでその、素肌が見えない普通の部屋着を着てなかった?」

「はい、着てました、さっきまで」

「……えっと、じゃあその、エプロンの下は何を着てるの?」

「着てません」

「なんで!?」


 僕の目線からはどう見ても何も着ていないようにしか見えなかったから聞いたんだけど、本当に何も着てないの!?


「なんで着てないの!?」

「よくぞ聞いてくれました。これは――」

「いきなり後ろ向かないで!?」


 前からはほぼエプロンで隠れていて見えなかったんだけど、後ろを向いた瞬間にいろいろと彼女の肌色の部分が見えた。


 すぐに視線を逸らしたのだが、真っ白なシミ一つない綺麗な背中と、キュッとしまった美しいくびれ、その下にあるお尻の割れ目が、ちょっとだけ視界に入ってしまった……!


「失礼しました。そして理由ですが、私がネットで調べ物をしている中で、間違って押してしまったサイトに飛んでしまい、そのサイトで家事をする女性の普段着は『裸エプロン』である、という情報があったのです」

「そんな情報があるサイトは見ちゃいけないと思うよ!?」


 絶対にソッチ系のサイトだと思うし!


「特に男性が帰ってくる時に『裸エプロン』だととても喜ばれるとありました。なので空野さんが今日帰ってくる時にその格好をしようとしていたのですが、ハプニングがあり出来ませんでした」

「そのまましないでよかったのに!」


 本当にこの人は、なんで家だとこんなにゆるいんだ……!


「本来なら家に帰ってきた時に『おかえりなさい、ご飯にする、お風呂にする、それとも私?』と聞くはずでしたが」

「だから絶対に情報源を間違えてるから! とにかく着替えて!」

「……そうですか。似合ってませんでしたか」


 目線を逸らしているから堅石さんの様子は見えてないけど、落ち込んだような声が聞こえた。


 くっ……!


「す、すごく似合ってるよ、堅石さん」

「っ! 本当ですか、それはよかったです」

「だ、だけどその、女の子なんだから、そんな簡単に肌を見せちゃいけないし、寒いと思うから服を着てきて……!」

「かしこまりました。確かに春になって暖かくなってきましたが、少し肌寒いですね」


 ようやく堅石さんは自室に戻って、普通の部屋着の上からエプロンを着てくれた。


 はぁ、本当に、とても疲れる……。


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