第3話 夕飯からのお風呂?



 その後、一緒に料理を作った。

 もちろん堅石さんは茶碗にご飯を掬い、その上に卵を割って落とし、軽く醤油や塩をかけるくらいで終わったのだが。


「空野さん、出来ました。生まれて初めて、一人で料理が出来ました。今日、私は一人暮らしに向けて大きな一歩を踏み出したと確信しています」

「う、うん、よかったね」


 堅石さんは無表情ながらも目がキラキラして、とても喜んでいた。

 こうしていると高校二年生に見えず、子供っぽいところがあって可愛らしい。


 まあ喋り方が少し堅すぎる気もするけど。


 僕も隣で軽く料理を作り、食卓に料理を並べて食べ始める。


「いただきます……堅石さん、その、そんなに見られていると食べづらいんだけど」

「あ、申し訳ありません。私の初めての料理を、ぜひ空野さんに食べていただきたいと思いまして」

「もちろん食べるから」


 とりあえず堅石さんも望んでるし、彼女が作った料理……卵かけご飯を食べる。


 うん……卵かけご飯だ。特に誰が作っても味なんて変わらないし、料理と呼べるのかわからないけど、美味しい。


「美味しいよ、堅石さん」

「っ、本当ですか、よかったです」


 口角を緩め、目元も少し下がった可愛らしい笑みを見せる堅石さん。

 うっ、可愛い……!


「か、堅石さんも食べたら?」

「はい、いただきます」


 堅石さんも自分で作った卵かけご飯を一口食べた。


「ん、美味しいです。たったあれだけの手間でこれほど美味しいものが出来る、料理とは奥深いですね」

「そ、そうだね」


 とても真面目に料理について語っているが、ただご飯に卵を落としただけだ。


 まあこういうところが、学校では見れない堅石さんの面白くて可愛いところではある。



 そのまま一緒にご飯を食べ終え、食器なども片付ける。


「空野さん、私も食器を洗ってもよろしいでしょうか?」

「……うん、じゃあ僕が洗ったお皿を渡すから、乾拭きしてくれる?」

「かしこまりました」


 前に食器洗いくらいは出来るかな? と思って任せたら、三枚連続でお皿を落として割っていたから、食器を洗わせるのは少し怖い。


 乾拭きなら滑ることはあまりないと思うから、大丈夫かな。


 ――ガシャーン!


「……申し訳ありません、空野さん。落として割ってしまいました」

「うん……とりあえず割れたの片付けようか。あっ、堅石さんは危ないから動かないで」

「かしこまりました」


 割れた破片を片付け、堅石さんにはリビングのソファでゆっくりしててもらう。

 僕が全部食器洗いを終え、ソファの方へ行くと堅石さんが立ち上がり、僕に頭を下げた。


「空野さん、本当に申し訳ありません」

「いや、大丈夫だよ。堅石さんも、怪我とかしてない?」

「はい、怪我は一切していません」

「それならよかった」


 そう言ってお互いにソファに座る。


 二人掛けのソファなので、必然的に結構距離が近くなる。

 身体と身体が当たるほどじゃないんだけど、拳一つ分くらいしか距離が空いてない。


 まだこの距離で堅石さんと一緒にいるということに慣れていない。


 目の前にあるテレビでは、ニュース番組が流れていた。


「……今日こそは、空野さんの役に立ちたいと思ったのですが」


 堅石さんは、また少し落ち込んだような声色で話す。

 目線も少し下を向いて、今日一番の落ち込みを見せている。


「毎日、家事を全部やっていただいて……手伝おうとしても、今回のお風呂場掃除や皿洗いのように、空野さんの手間を増やして、迷惑ばかりかけて……」

「堅石さん……」


 彼女が一人暮らしを始めてから約二週間という短い間しか一緒にいないけど、学校で見る堅石さんは本当にお堅く隙がない、完璧な女性というイメージだった。


 だけど一緒に過ごしていると、彼女も苦手なことがあり、それに頑張って取り組んで克服しようとしている、普通の女の子なんだというのがわかった。


「誰でも初めては失敗して当然だよ、堅石さん」

「誰でも……空野さんも、そうなのですか?」

「もちろん。僕もお風呂掃除の時に頭から水を被ったり、お皿洗う時に割ったことだってあるよ」

「本当ですか?」

「……いやごめん、お風呂掃除の時に頭から水を被ったことはないかも」

「そうですか……」


 嘘を言うのは違うと思って本当のことを言ったけど、また少し落ち込んでしまった。


「でも、いろいろと失敗してきたことには変わりないし、僕は失敗しても出来るまでやり続けたから出来るだけだよ。堅石さんも勉強とか習い事とか、最初から出来たわけじゃないでしょ?」

「それは、そうですが」

「あと、迷惑をかけているって言ってたけど、僕は全然そう思ってないよ」

「ですが現に今日も迷惑を……」

「あのくらい可愛いもんだよ」


 いきなり明日から一人暮らしをしろ、と命令してくる父さんの方が迷惑だからね。

 いや、だけどそれがあったから堅石さんとこうして一緒にいるわけで……まあ今はどうでもいいか。


「それに、堅石さんと一緒にいると楽しいから」

「楽しい、でしょうか? 客観的に見て、私は他人を楽しませるようなことを特にしているわけじゃありませんが」

「別に楽しませようとしなくても、一緒にこうして話してるだけでも楽しいんだよ」

「そう、ですか……」


 あれ、もしかして堅石さんは、僕と一緒にいるのは別に楽しくないって思ってるのかな?


 さすがにそれは悲しいけど……あのお堅い堅石さんだから、しょうがないのかな。


「私も……」

「ん?」

「私も、空野さんと一緒にいると楽しいです」

「そ、そっか!」

「私は一人っ子でしたので、空野さんはなんだかお兄さんみたいな感じがして、一緒にいてとても安心します」

「う、うん、それならよかった」


 お兄さん、か……まあ家族みたいって思われるのは、嬉しいことなのかな。

 クラスメイトに「あなたとは仲良くないので遊びません」と告げるくらいの女の子だ。



 その後、僕は彼女を一人でリビングに残し、洗濯をし始める。


 堅石さんの部屋にあるのは一番最新の洗濯乾燥機なので、さすが大企業の社長の一人娘という感じだ。


 ……まあ僕もそこの副社長の息子なので、僕の部屋も同じ洗濯乾燥機だ。


 しかしとても困るのは、やはり彼女の下着類、特にブラジャーだ。

 幸いにも、この洗濯機は手洗いモードというのがあり、ブラジャーなどをネットに入れて回しておくだけで済む。


 堅石さんは特に私服をそこまで持っていないので、洗う服はそこまでないから手洗いモードだけで済ませている。


 今日もあまり見ないようにしながら、手早くブラジャーをネットに入れてから洗濯機にぶち込む。


「ふぅ、終わった……」

「いつもありがとうございます、空野さん」

「あ、堅石さん」


 いつの間にか堅石さんが後ろに立っていた。


「お風呂に入ってもよろしいでしょうか?」

「あ、うん、もちろんいいけど、ちょっとこれだけ洗濯機に入れて回させて」


 堅石さんの服、そしていくつか混じった僕の服も一緒に入れていく。


 ……ここまで一緒に過ごしてるから、僕の服が何着か堅石さんの部屋にあるんだよね。


 特に学校に来ていくシャツとかは堅石さんの部屋で脱いでしまうことが多く、そのまま何着か置いてしまっていた。


 申し訳ないとは思うんだけど、堅石さんも「気にしてませんし、むしろ置いていたほうが効率がいいと思います」と言うので甘えている。


「よし、これで全部かな」

「空野さん、これらもお願いいたします」

「あ、うん」


 後ろから堅石さんに追加で渡されたので、振り向かずに受け取って服も洗濯機に入れていく。


 ……だけどまさか直接ブラジャーやパンツを渡されるとは思わなかった。

 いや、彼女がいいならいいんだけど、少しは恥ずかしがってほしい。


「よし、これで回して、と。お待たせ、堅石さ……!?」


 洗濯機のボタンを押して、後ろを振り向くと……そこには全裸で胸と股間の辺りを腕で隠している堅石さんの姿があった。


 僕は目を見開いて一瞬ガン見してしまったが、すぐに顔ごと視線を逸らす。


「な、なんで脱いでるの!?」

「空野さんがお風呂に入っていいと言ってくださったので、待機してました」

「確かに言ったけど、僕がこの場から出て行ってから脱げばよくないかな!?」

「効率を考えて、先に脱いだ方がいいと判断しました。洗濯機を回す前に脱いで空野さんに渡せば、今脱いだ服も洗濯機で回していただけると思いましたので」

「効率だけ考えて男性の前で裸になっちゃダメだからね!?」


 僕は顔が真っ赤になりながらも、目を瞑ったままお風呂場を出て扉を閉めた。


「はぁ、本当に堅石さんは……!」


 なんで外ではあんなに隙がなくお堅いのに、家だとゆるいんだ……!

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