お堅い堅石さんは、僕の前でだけゆるエロい

shiryu

第1話 お堅い堅石さん



 僕、空野楓が通う高校には、堅石ゆきという女生徒がいる。


 艶のある黒の長髪に、整いすぎている顔立ち。

 ただ廊下を歩いているだけなのに、髪が靡いて美しく歩く姿は男子も女子も振り返るような雰囲気を持っている。


 街を歩いている時に何度も芸能事務所からスカウトをされた、という話も有名で、さらには高校の校門前でスカウトの人が出待ちをしていたということもある。


 容姿だけでも完璧なのに、成績もいつも学年一位で優秀。

 運動神経もよく、いろんな部活から入ってほしいと頼まれているくらいだ。


 そんな完璧で才色兼備の彼女だが、ちょっとした欠点のようなものがあった。


 堅すぎるのだ、いろいろと。

 まず彼女は、ほとんど笑みを見せない。


 笑うとしても少し口角を上げるくらいで、彼女の笑みをしっかり見たことある人は学校にはいないだろう。


 さらには喋り方なども誰に対しても敬語で話す。


「堅石さんって、趣味とかあるの?」


 これは高校二年生に上がってすぐ、クラスの女子が堅石さんに話しかけた時のことだ。


「そうですね……趣味というほどじゃありませんが、最近は読書を嗜んでおります」

「た、たしなむ? そ、そうなんだ」

「はい、読書はとても素晴らしいものです。文字を追っているだけなのにその世界に入り込むことが出来て、他人の人生を自分も体験しているかのような感覚になります」

「そ、そっか、すごいねー」

「はい、あなたは何か本を読んでいますか? よければ教えていただければ」

「あ、その、あまり読んでないかな、ごめんね」

「そうですか」


 こういった会話が行われて、「やはり堅石さんはお堅い」という印象が広まった。


 堅石さんが堅い理由は、彼女の家がとんでもないほどの大企業で、彼女が子供の頃から英才教育で育ってきたお嬢様だからだろう。


 それを高校にいる人達は全員わかっているからこそ、下手に堅石さんに手出しが出来ないのだ。

 確か無理やり彼女をスカウトしようとしていた芸能事務所が、数日後には潰れていたという話があったが……真実は闇の中だ。


 だがやはり容姿が抜群に良いからめちゃくちゃモテる。

 それはもう一年の時に、同学年の全男子が告白したのではないかというくらいに告白されていた。


 しかし誰一人として、付き合えた者はいなかった。


 断り文句も決まって、


「申し訳ありませんが、あなたと交際するほど私はあなたに好感を持っておりませんので、お断りさせていただきます」


 という言葉を全員がもらって死んでいった。

 堅石さんらしい、バッサリとした断り方だ。



 今日も何事もなく学校の授業が終わり、クラスの人達が部活に行くか遊びに行くか、などで騒いでいる。


 しかしその中で荷物をまとめてバッグを持ち、一人ですぐさま帰ろうとする堅石さん。


「あの、堅石さん」

「はい、なんでしょうか?」


 一人の男子が話しかけると、堅石さんはピタッと立ち止まって目を見て話す。


「こ、これからみんなでカラオケ行くんだけど、よかったら堅石さんも来ない?」

「みんなというのは、どなたでしょうか?」

「えっと、クラスの男子三人と女子三人だけど」

「申し訳ありません。誘っていただいたのはとてもありがたいのですが、今日はこれから予定がありますので」

「そ、そうなんだ、それなら仕方ないね、うん。また誘うね」

「いえ、そこまで仲良くない方々と遊んでも楽しくないと思いますので、もう誘わなくても結構です」

「あっ……はい」


 誘った男子は意気消沈しながら、仲間の輪に戻っていった。

 めちゃくちゃ励まされているが、うん、本当にすごい頑張ったと思う。


 堅石さんは特に気にすることなく「さようなら」と言って教室を出ていった。


 ……堅石さん、予定があるって言ってたけど、なんだろうか。



 僕は学校が終わってから入ったカフェでのバイトを終えて家へと帰る。

 高校二年生から僕はマンションの一室を借りて一人暮らしをしているんだけど、それには大きな理由があった。


 マンションに着き、自分の部屋に入る……のではなく、その隣の部屋のチャイムを押す。


 しばらく待っても隣の部屋の住居人が出てくる様子はなく、僕は仕方なく合鍵で部屋の鍵を開けて入る。


 すると……。


「きゃぁ!?」

「っ!」


 中から女性の悲鳴が聞こえてきた。

 この部屋に住んでいる女性の声だ、何があったんだ!?


「大丈夫!?」


 僕はそう叫びながら、急いで靴を脱ぎ声が聞こえてきた方向へ走る。

 確かこっちは、お風呂場だった気が……!?


「そ、空野さん、助けてください……!」


 僕が駆けつけると、そこには――お風呂場で転んでいる、堅石ゆきさんの姿があった。


「か、堅石さん、何してるの?」


 片手に水が出しっぱなしのシャワーを持ち、それが髪や身体にかかったのかとても濡れている。

 そしてシャワーのホース部分が、彼女の身体に巻き付いていた。


 部屋着の服は着ているのだが、びしょ濡れの状態だ。


 えっ、もしかして服を着たままシャワー浴びてた?


「お、お風呂掃除をしようとしていたんです」


 よく見たら床にスポンジや洗剤が散らばっているので、それは本当のようだ。


「そしたら空野さんがチャイムを押されたので、慌てて済ませようとしたんですが、気づいたらこうなってしまい……」


 どうやったらこうなるのか、よくわからないんだけどさ……。


「えっと、とりあえず片付けようか」

「お手数おかけしてすいません」

「ううん、大丈夫……!?」


 い、今気づいたけど、堅石さんが白い服を着ているからか、水に濡れてめちゃくちゃ透けてる……!

 中の下着の色や胸の形が、くっきりと見えてしまって……!


「か、堅石さん! その、服が濡れてるから……!」

「ああ、そうですね。このままだと風邪を引いてしまいますね」


 堅石さんはそう言って、服の裾を持って脱ぎづらそうにしながら「んっ」という声と共に一気に腕を上げて……。


「って違う違う!? 僕がいるから! 目の前で脱がないで!?」

「そういうことですか。だけどこのままだと風邪を引いてしまいますし、早くお風呂場も片付けないといけませんし」

「ぼ、僕が一人でお風呂場は片付けるから! 堅石さんは着替えてきて!」

「ですが私が至らぬせいでお風呂場が散らかってしまったので、私がやった方が……」

「い、いいから! 僕がやっとくから!」


 最終的には僕が無理やり彼女の背を押して、お風呂場から追い出してドアを閉めた。


 お風呂場の外から「ありがとうございます」という声が聞こえて、彼女が自室の方へと行った足音を確認して、僕はため息をついた。


「はぁ、疲れた……まさか堅石さんが、あんな感じの人だったとは……」


 僕はお風呂場の片付けをしながら、なんであの堅石さんとこんな関係になっているかを思い出していた――。



 ――あれは高校一年生が終わり、二年生に上がるまでの春休みに家で家事をしていた時のことだ。


 僕のスマホにいきなり父親から電話がかかってきた。


『楓、お前一人暮らししろ』

「えっ?」


 いきなり父親にそんなことを言われて困惑した。


 話を聞くと、僕の父親は結構すごい人で、なんと大企業の副社長をやっているらしい。

 その大企業というのが堅石さんの父親が経営している会社で、社長である堅石さんの父親とは高校からの親友ということだ。


 そして、ここからが問題なのだが……。


『堅石家の娘さんが、一人暮らしをしたいっていう話でな。小さい頃からワガママなんてほとんど言ったこともない娘だから叶えたいらしいが、何せ家では大豪邸でメイドさんもいるって話だから、家事が一切出来ないみたいだ』

「はぁ、そうなんだ」

『それで相談を受けて、それならうちの家の息子を隣の部屋に住まわせて、家事の手伝いをさせてやるよって話になったんだよ』

「なんで僕がいないところで、そんな話をしてるの?」

『悪いな、これはもう決定してることなんだよ。お前が受けてくれなかったらクビになっちまうから』

「父さんのクビを脅しに使わないでよ……」


 ということがあり、僕は結構いいところのマンションに一人暮らしをすることになり、その隣にあの堅石ゆきさんも一人暮らしを始めたということだ。


『よろしくお願いします、空野さん』

『うん、よろしく』

『お隣同士になりましたが、特に手伝ってもらうことはないと思います』

『そ、そっか』


 最初の挨拶はそんな感じだった。

 僕も「あの堅石さんだし、別に手伝うことなんてないだろうなぁ」と本当に思っていたんだけど……。


『空野さん、お忙しいところ申し訳ありませんが、私の部屋が泥棒に荒らされたかのように散らかってしまいました』

『えっ!? 泥棒!?』


 引っ越した翌日にそんなことを言われて急いで彼女の部屋に向かったら、確かにひどい荒れようだった。


『ひどいね……本当に泥棒が入ったの? ここのマンション、セキュリティがすごい良いって聞いてたんだけど』

『いえ、泥棒は入ってません』

『えっ?』

『散らかっている様子を泥棒が入ったかのように、と例えただけです。勘違いさせたようなら申し訳ありません』

『あ、いや、それならよかったんだけど。じゃあなんでこんなに散らかってるの?』

『引っ越しの荷物を整理整頓していたら、気づいたらこうなってました』

『……えっ?』


 こんな事件があり、そこから僕は彼女が本当に家事が出来ないということを知った。


 いやまあ、家事が出来ないという範疇を超えている気もするけど……。

 小さい頃からメイドさんに任せっきりで育つと、人はこうなるのかな?




――――――――


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