第五幕 彼が願うものーⅡ

「グレッグ=マコーレー。職業は新聞記者」

 正面からはトータ、背後からはハナダに睨みを利かせられ、事務所のソファに収まって小さくなっている男は、肩や腕をしきりにさすりながらそう名乗った。

 散々痛めつけられた末に店内へと引きずり込まれ、写真機までも没収されながら、グレッグの口調に恨みがましさは無い。さっぱりした性格のようだ。

 自分の顔ほどはあろうかという写真機を上下左右から眺めるトータは、男に対しても機械に対しても、さほど興味は示さない。

「新聞記者、ね」

「カメラは返してくれるよな? 商売道具なんでね、それが無くちゃ飯の食い上げだ」

「いいよ、返そう。取り上げておいてなんだけど、この店の外観を撮影されたからと言って、特に困ることもないからね。もっともこの先、事務所の内外問わず無断で撮影するようなことがあれば、今度はその腕、無事で済むと思わない方がいいよ」

 あっさり返却された写真機を受け取り首にかけると、グレッグは両手を頭の高さに挙げて降参の意を示した。素直でよろしいとばかりに、トータが頷く。

「それで? 新聞記者と言うからには、取材目的で訪れたのだろうけど。このちっぽけな法律相談事務所に、貴方たちの興味を引くようなものがあったかな」

「おお、よくぞ訊いてくれたよ。もちろん、あるともさ」

 グレッグの目が楽しげに輝くのを見て、トータは小さく首を傾げた。

 確かに、少年少女が運営する法律事務所というのは相当に珍しいだろう。しかし、法律相談事務所は実際のところ、ほぼ機能していない。新聞社が目を付けるきっかけとなるような評判があるとは思えなかった。

「ちなみにグレッグさん、どちらの新聞を?」

「フリーシティ・タイムズ」

 飛び出した名前に、トータは少しばかり驚いた。この地域では最もポピュラーな新聞だ。それどころか、トータはつい先ほどまで、まさにその新聞を熟読していた。ブロッコリの味を誤魔化すために、ではあったが。

「グレッグ=マコーレー?」

 思い当たるところがあり、トータはソファから腰を上げて、ダイニングテーブルの上に置きっぱなしだった新聞を持ってくる。立ったまま紙面をめくっていくと、目当ての記事は社会面にあった。

「ああ。この記事、貴方だったのか」

 トータの視線が捉えていたのは、文末に添えられた「記者 グレッグ=マコーレー」の小さな印字。

 それは、数日前に露見した死体遺棄事件についての記事だった。閑静な住宅街にある家屋の壁から、女性の遺体が出てきたというものである。犯人はすでに逮捕されており、三十半ばほどの男の写真が添えてある。げっそりと痩せこけ、眼窩すら浮き出て見えるその男の顔は、まるで幽鬼のようだった。

「……」

 トータはその記事を、今度はじっくりと時間をかけて丹念に読み込む。

 紙面から目を離し、こちらの様子を窺っているグレッグへと視線を戻した。

「もう一度尋ねよう。グレッグさん、貴方はこの店に、一体何を取材しに来たのかな」

 今、己が観ていた紙面が表側になるよう新聞紙を縦に折り、トータは応接机の上、グレッグの目の前にばさりと置く。

 グレッグは記事に目をやると、にかりと歯を見せて笑った。

「何を、というか、店そのものを取材しに来たのさ。『どんな願いでも叶えてくれる店』を、ね」

 トータとグレッグは、表現し難い微妙な笑顔のまま、向かい合う。見つめ合う、とは違う。睨み合う、とも違う。ただ、無言のままお互いに顔を眺めている。

 会話が無いのをいいことに、紅茶を運んできたハナダが、手際良く机上にカップを二つ並べた。ハナダが一歩退くのを皮切りに、口を開いたのはトータが先である。

「まさか、天下のフリーシティ・タイムズから注目されるとは思わなかったね。店のことは、その記事の取材でご存知に?」

「おっと、早合点は困るな。この取材は俺の独断で、会社からの指示じゃない。先日、その事件の地取りをしていたところ、近所の噂好きなおばさんから聞かされたんだよ。興味深い話を、色々とね」

 言いながら、グレッグは紅茶に口を付ける。驚いたように目を丸くし、まじまじとカップを見つめたかと思うと、嬉しそうにもう一口啜る。満足そうに後ろを振り返ると、ハナダに明るく笑いかけた。

「これ美味いよ、ハナダちゃん」

 ハナダはぱちぱちと瞬きする。そして小さく会釈した。この店を訪れる客から、こんな言葉をかけられることは珍しい。

 いや、それよりも。

「僕たちの名前まで調査済か。これは否定するだけ野暮だね。まあ、秘密にしているわけでもないのだけれど」

 苦笑しながら肩を揺するトータ。その反応に、グレッグは「お」と弾んだ声を上げる。

「それじゃあ本当なんだな、トータ=リーグマン君」

 自己紹介をする前からフルネームで呼ばれ、トータは頷いた。その場で恭しく一礼し、改めて告げる。

「ようこそ、願望交換局へ」

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