幕間Ⅱ 丁重にお断り

「ハナダさんを恋人にしたいんです!」

 その男は、ハナダがお茶の代わりを淹れるためにキッチンへ移動したことを念入りに確かめてから、頬を赤らめて意気込んだ。

 ソファに浅く腰掛けた姿勢のままで、トータは硬直する。

 向かい合う客の年齢は、二十代の前半ほどだろうか。職人らしいなりをした優しい顔つきの男は、声は潜めて、しかし、すっかり興奮した様子で瞳を輝かせている。

「以前、うちの店の前を通りがかったところを一目惚れしてしまったんです。次に見かけたとき、彼女をこっそり尾行して、この店に勤めていると分かりました。あの可愛らしい顔立ちに綺麗な声、よく気が付いて、その上お淑やか!」

 彼が熱っぽく語る間も、トータは彫像のように、瞬き一つせず固まったままである。

 そんなトータには一切気を払うことなく、男はハナダが姿を消した方角をうっとりと眺めた。そしてまた、トータに囁く。

「この店、願いを叶えてくれる店なんですよね? 渡りに船とはこのことだ! ね、ハナダさんを僕の恋人にできませんかね?」

 そわそわと落ち着かない様子で、照れくさそうに、男は懇願する。ハナダはお湯を沸かし直しているのか、まだ戻ってくる気配は無い。

 黙りを決め込んでいたトータは、やがて神仏のように、にこりと満面の笑みを見せ。

 一気に喋った。

「ハナダはこの店の従業員だから、貴方の交換相手はハナダの雇い主である、この僕になる。彼女は非常に有能な秘書なので、並大抵のものと交換する気はさらさら無いし、第一、貴方が所有しうるようなもので、僕が欲しいと思えるものなど何も無さそうだ。けれど客が願うならば店として断ることはできないから、貴方の身ぐるみを含めた全財産でも頂戴して妥協するしかないだろうね。人一人手に入れようというのだから、その程度の対価は当然だ。無一文の全裸になってもハナダをデートに誘う度胸があるならばやってみるといい、せいぜい警察に通報されないことを祈るよ。まあ、自分から告白する勇気も無い臆病者な上、女性のあとをこそこそつけ回すような陰湿で矮小な男が、誰かと付き合ったところで長続きするとは思えないし、そもそも人を物のように交換したいなどと考える時点で性根から腐っているし、チーズの角に頭をぶつけて一回死んで生まれ変わってから出直してこいと助言を授けたいところだけど、それでもどうしてもと言うのなら、もう一度だけ聞こう。貴方の願いはなんだったかな?」




「お客様は?」

「帰った」

「それじゃあ、交換は?」

「していない」

「なんだか、勝ち誇ったような顔をしているけれど」

「別に、何も」




 幕間Ⅱ 完

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