第一幕 貴方の願いが何であろうともーⅦ

 胸に手を当てるトータからは揺るぎない自信が見て取れる。アルフはたじろぎ、口ごもった。

 あまりに胡散臭く、俄かには信じがたい話。三流の手品のような実演に、口達者な貧相な子ども。それなのに何故、「馬鹿げている」と一蹴してしまえないのだろう。

「話を整理させてくれ」

 溜息混じりにアルフは願い出た。トータが許可を出すのを待たず、眉間に指を当てて続ける。

「この店は、客が欲しているものを、この場にいない他の誰かからでも手に入れることができる。仕組みは全く分からんが、その不可思議な引き出しを仲介して。その代わり、客はその誰かが欲しているものを提供しなければならない。交換に出すものは、客も交換相手も、予め承知することはできない」

「何が交換されたのかを、事後とは言え僕を通じて知ることができるのは、仲介料を払った客の特権だよ。そもそも、交換相手は交換したこと自体を認識しない」

 トータが補足し、アルフは小さく首肯しながら口髭を撫でつける。

「交換を終えた後は、それを無かったことにはできない。交換相手は自動的に決まる。ちなみに、物以外でも交換できるのかね? もしくは、どの引き出しにも入らないようなものでも」

「伝えたはず。大きさや性質の制限は無い」

「そうか」

 アルフが押し黙ったと見て取るや、トータはまた主導権を奪い、滑らかに喋り始める。

「誤解があるようだから、言わせて頂こう。ここは単に、欲しいものを手に入れるだけの店じゃあない。願いを叶える店だ。願いの幅が広がるのは、客が選択・決定できることが二つあるからさ。まず一つ目。これは先にも述べたけれど、貴方は自分が貰うものと差し出すものの、どちらかしか決定できない。言い換えれば、欲しいものを貰うことだけではなく、差し出すことにより要らないものを手放すこともできる。願いは先刻やってもらったように、口に出すことで確定されるから、上手く願いが叶えられるか否かは言葉の選び方次第だ」

 アルフは咀嚼してから頷く。人の願いとは、何かを手に入れることだけではない。何かを捨てたいと願うことも少なからずある。

「もう一つは、まだ詳しく説明していなかったね。貴方が来店してすぐに、僕はこう述べた。金額は願いの様相により選択可能な二通り、と」

「ああ、そう言えば」

「交換相手の決定に関しては、必ずしも自動的ではない。貴方が選ぶことができるのは、店に交換相手を選んで貰うか、それとも自分で指名するかだ。それにより値段は変わってくる」

 トータが言い終わるか、否かという時だ。

 ガランガランと、足元から耳障りな音が鳴り響いた。それは、取り落とされたアルフの杖が、床に叩き付けられて跳ね踊った音。

「選ぶことができるのか、奪う相手を?」

 目を見開き、そう尋ねるアルフの声は興奮で上ずっている。「奪う」という単語に、トータの眉が神経質にぴくりと上がったが、しかし、淡々と答える。

「できる。それどころか、自分で指名した方が仲介料は安くなる。店側の手間が省けるからね。ただし、店に選ばせた方が、両者が納得できる交換になる可能性は高い。指名しての一方的な搾取は、相手方に不利な分、客側も」

「いくら払えば良い? その方法で頼む!」

 最後まで聞くことなく、アルフは半ば食いつくように被せて叫ぶ。

 トータの目が驚いたように一瞬だけ丸くなり、今まで何の動きもしなかったハナダが、臆したのだろうか、僅かに体を動かした。しかしアルフは一顧だにしない。

「最初からそう説明してくれればよかったんだ。長々と無駄な話を聞く必要など無かった。私の願いは、それ以外に叶えようが無いのだからな」

 うんうん、としきりに首肯しながら零すアルフの独白を、トータはこめかみに指を当てながら黙って聞いていたが、やがて、諦めたように先を促す。

「決まったようだね。貴方の願いは」

 アルフは首が折れんばかりに大きく頷いた。歯を剥いて笑み零し、迷いなく告げる。

「《ディビット=スミスの命が欲しい》!」

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