どうやらお二人は気になるご様子で...
「ねぇ~刹君遊ぼうよ」
「十分に今!遊んでるじゃないですか!」
深夜の異形種狩りを終え疲労困憊の中ノートをとっていると、珍しいエメルさんからの合図が出される。
「え~だってもうゲーム飽きちゃったしさ」
「俺はまだまだやれるけど、もしかして負け続けて悔しいのかエメルちゃん」
「なにぉぉぉぉ!!!」
再びゲームのコントローラを握りしめテレビの前に立つが、何処でそのテクを習得したかは分からないが、エネルのゲームレベルが異常に高すぎる。
「寝てる凜の事考えろよな二人とも」
時刻はとっくに日付という垣根を超え12時半に差し掛かろうとしている。普段ならばとっくに夢の中へと入っている時間帯なのだが、先週に先輩から頼まれた水無瀬病院についての事に今更ながらに手を付け始めたせいで、ただえさえ少なくなってきている睡眠時間をも削らなければいけないという事態になっている。くそ、こうなるんだったらあの時、後任せせずにそのままやれば良かったと、六日間前の出来事に絶賛後悔中である。
「そういえば、あの時凜が宿題をやっていなかった所を高みの見物してたっけな」
日頃の行いというのは、ちゃんと神様は見ていて、善行を積むのならお咎めなしで、悪行を積んだら祟られるのかと思いながら、パソコンの画面に表示されているホームページの内容をノートに写す。
「刹君、課題たくさんあって大変そうだね」
「横でゲームしながらに言われるそのセリフは煽りにしか聞こえないんですが、しかも課題じゃないし」
恐らく他意はないのだろう。だがしかし、生徒会の仕事やら異形種狩りという肉体的にも精神的にも摩耗しきる事を一日に収束されると、只得さえ体力のない俺はこのままパソコンの画面に頭突きしそうな勢いで疲れてしまう。
「課題じゃないのにこんなに遅くやらなくてもいいんじゃないのか、今は一秒でも早くベットに入ることが刹にとって大事だと思うんだがな」
コントローラーのボタンを巧みに押しながら説法だ、と言って聞かせてくるエネル。格ゲーをしながら説法を聞かせてくる奴なんて見れば、温厚である釈迦すらも一発殴りたくなるだろう。
「確かに課題じゃないんだけどさ、それでも明日までに出さなきゃいけないんだ」
「誰にだ?」
「先輩.....じゃなくて黒瀬茉奈って言った方が伝わるのかなエネル達には」
組織上では犬猿の仲という風に出来上がっているため先輩の名前は言わない方が吉、と思ったが、ここで隠してもどうせエメルさんに心を読まれてバレてしまうのがオチだ。
「へぇ~マナが他の人に頼みごとをするなんて珍しいな」
いや、結構何でもあの人頼ってきたりするんだけどな~まぁ、学校での先輩を知らない以上はそう思ってしまうのは仕方ないか。
「前々から”マナ”っていう言い方は気になってたけど、エネル達はいつ先輩と知り合ったんだ?多分だけど俺が先輩に会う以前から知っているような感じだと思うけど」
ノートに走らせるペンを無理やり止め、ゲームに夢中になってテレビにかじりついている二人に問いかける。俺は今まで学校での先輩しか知らなかった。でも、数日前に先輩とは言い難い形容で出会ってしまい、どちらが本当の先輩なのかと、あれから先輩の事を考えるたびに思ってしまう。先輩はどちらも本当の姿だと言っていたけれど、それじゃあまるで二重人格ではないか。多分だけど先輩はそんなに器用な人ではないと、後輩からの熱い信頼をここにいない先輩に向かって叫ぶ。
「直接的なら刹が嫌でも知っているあの時が最初だったけど、間接的って言うのなら、数年前かな」
「そんな昔から....やっぱり先輩はエネルと対峙した時みたいに、冷たい感じだったのか?」
「あぁ、それはもう前よりも随分と」
エネルはそう得意げに語るが、俺としてはやや容認しえなかった。きっとあの時手を差し伸べてくれた時の先輩を変えたくないのだろう。まったくあれだけ阿須に人の知らない面を見たからってそれを偽りだと決めつけてはいけないと、注意されたのに学んでいない。俺にとってはどっちも先輩であることには変わりないと、自分の心に無理やり言い聞かせる。
「じゃあ、先輩が病院を調べろっていった意味、エネル達なら分かるか?俺にはどうも先輩が調べろって言った意味が分からなくてさ」
一緒にランチという言葉に釣られてしまった事は伏せておいて、エネル達なら何か分かるかもしれないと思い、その真相を期待半分にして聞いてみた。
「病院病院病院.......うん、てんで分からん」
「私も同じく。異形種が蔓延る病院ならともかく、水無瀬病院...だっけ、そこから異形種の被害が出たって聞いたことは無いし」
分からないものは分からないと、二人はきっぱりと答える。
「そっか、ありがとな二人とも」
ここで変に誤魔化すような奴らじゃなくて安心したと、エネル達に向いていた姿勢が自然とパソコンの方へと向き直ってゆく。とにかく理由は分からないけど、期日を破る訳にはいかないので、眠い目を擦りながら再びペンを握った。
「終わったぁぁぁぁ」
結局、病院のホームページからの引用がほとんどとなってしまったが、これで先輩とのランチは無事に確約されたと、安堵するとともに一気に睡魔に襲われ、僅か3秒の間に、椅子からベットへと自分でも驚くようなスピードで移動していた。
「お疲れ刹君。これでようやく睡眠へとありつけるね」
時刻は一時半を丁度すぎた頃。皮肉にも夜更かしは健康に良くないと水無瀬病院で言われたのに、その水無瀬病院の事について調べていたから夜更かししてしまったという。
「あ~~これマジで眠いやつだ」
夜更かしの最高時間を連日更新している身体は、前の適正な睡眠時間へと必死に戻そうとするため、自分の意識とは関係なく瞼を閉じようとしてくる。
「ほら、風邪ひくぞ刹。夏は暑いからと言って布団を脱いで寝ると、その翌日に体調不良なんて話も聞くからな」
そのままベットに突っ伏した無防備な俺に対して、俺の下敷きになっていた布団を俺の上に被せようとするエネル。凜に続いて、二人とも最近お母さん味が増してきていないか。
「あ、ありがとエネル」
俺はただされるがままにエネルに布団を被せられた。少し暑い気もするが、これも風邪をひかないための我慢と思い込みながら布団の上部分をしっかり掴む。どうやらエネル達もゲームを終了し、寝る準備に入ったのか、押し入れにある布団を取り出し地面に敷いている。相変わらず異様な光景だなと思いつつも自分だけベットで寝て申し訳ないという思いが込みあがってきた。
「本当ごめんな。いつもいつも布団出してもらったりして、両親の部屋広いから、本当はそこでゆっくりと寝てほしいんだが、まだ片付いていなくてだなほんとごめん」
二枚の布団を敷くためには、わざわざ机やらをどかさないといけいない手間がある。それを毎日エネル達にやらせるのは苦なのだが
「いいっていいって、広い部屋なんかよりも、こうやってぎゅうぎゅうで寝る方が私は好き」
どうやらエメルさんはこっちの部屋がいいと。確かに、一つの空間に何人もで寝るのは謎の安心感があって好きなのだが、ここにいる三人とも子供ではない。それなりの身体が形成されている以上、部屋の面積は子供の時よりもはるかにとってしまう。イメージ的には、弁当箱の中をぎゅうぎゅうに詰められた時の感覚と似ている。俺は高い位置にベットがあるから体が密着する、なんて事はないが、全く同じ位置で寝ているエネルとエメルさんは寝返りをうてば、確実にどっかの部位同士が密着する。
「いやでも~その~もし寝返りとかして....どっか体の部位に接触したら気まずくなりません」
「今更そんなのならないわよ。まぁ、故意的に触ってきたら、殴り飛ばすかもしれないけど」
最後の言葉に一瞬背筋が凍る感触がした。俺は絶対に接触はあり得ないと自負しているが、もし万が一、寝相が急激に悪くなって下にいるエメルさんにでもぶつかりでもしたら、その時は故意じゃないと言ってもただでは済まないだろう。そう思い、ベットに横たわる体の位置を少し右の方へとずらす。未然防止というやつだ。
「はいはい念のため注意しておきます~」
そう言ってエネルは、エメルさんの布団から少しだけ自分の布団を離らかせた。
「........別にそんな事しなくていいのに」
「なんか言ったエメルちゃん?」
「なんでもない。それより、折角の睡眠時間がどんどんなくなっていくよ。エネルは別に構わないかもしれないけど、私と刹君は睡眠しなきゃいけない身体だし電気消すよ」
エメルさんはエネルの了承を得る前に電気を消した。いきなりの消灯だったため、数秒前の灯りがあった頃の余韻が体中に残っており、寝たいのに寝れないというなんとも不可思議な状態に陥っている。
「――――――――」
「――――――――」
「―――――――あれ?もうみんな寝た感じ」
暗闇の中で一人、誰かを呼ぶ声が聞こえた。
「俺は起きてますよ、あんだけ眠いって言っていたのに、いざ眠ろうとしたらこのざまで」
それに応じる形で閉じていた口を無理やり開き、消灯している部屋に似つかわしくない元気のある声で返事した。
「俺はまだゲームの余韻が残ってるから眠くもなんともないぜ」
「それは忘れなさいエネル。でも、良かった皆起きてて」
「どういう事ですかエメルさん?」
「いやだって、今日の異形種狩りが面白くってさ、寝ようとしても思い出し笑いしちゃって寝付けなくてさ」
今日の異形種狩りの時、俺が間違えて路地裏にあるエコキュートに向かって魔力を射出したことを未だに面白そうに笑っている。本人としては、全くの笑い話ではないのだが。
「俺もみたかったなそのシーン」
「本当に面白かったのよ。刹君が慌ててるところなんて腹抱えて笑っちゃったし」
「恥ずかしいのでそこら辺にしておいてもらえませんか」
悪魔か!この人たちは。元々壊れていたエコキュートだから良かったものの、機能している物だったら、間違いなく布団の中ではなく、身柄確保という名目で、黒い布の中に入っていただろう。
「は~い」
「にしても、今日も異形種の量、昨日と比べて、格段に少なくなってきましたね。やっぱりこの地球においても役目を終えたと認知しているからこれ以上出す必要が無いって思ってるのかな地球さんは。それで本当に異形種がゼロになった時、時間を少しでも無駄にしないようにするために考えなくちゃいけないな、崩壊を止める方法」
「――――――――」
「――――――――」
「なんで二人とも黙るんだよ」
これじゃ、俺が一人で天井に話しかけてる痛い奴認定されるじゃないか。
「おっとすまん。刹があんまりにも真面目に考えてるもんだからさびっくりして」
「そりゃ考えてないと、あの時覚悟を決めた示しがつかないからな。まっ、肝心の崩壊を止める方法とやらについてはからっきしだけどな」
傍から見れば、ただの連続失踪事件。だが、本当はそんな綺麗なもので収まるはずがないものなんだ。異形種。何度見ても慣れないあの造形。生命体を排斥するためだけに地球が生み出した殺戮マシーン。生産性が高いそれは、数の天井を知る事なく増え続け、闇夜で人を殺戮していた。瞳を閉じて思考する。惑星自体の思想には何ら間違いなんてものはない、むしろ正しい部類のはずなんだ。でも、惑星は何を思ったか、自らに住まう生命体を排斥すれば解決すると、ほんと考えが異次元過ぎて分からなさすぎるし、到底それを容認できるほど、落ちぶれてはいない。最初は、身の回りにいる人達と違う環境の中で過ごすの気持ち悪いと再構築を拒んだことから始まったんだ。どうしよもなくわがままで、視野が狭すぎた。今もその考えは何処か奥底で眠ってる。不純はいくら取り繕うとも不純なのだからそれは仕方がない。でも、最近になって...
「まだまだ知らない事が多すぎるってな」
どうしよもなくこの世界は広い。瞳を閉じていた時間はものの数秒しかないのに、それで世界の何処かでは何か重大な事が変わろうとしている。エネル達との出会い、異形種の存在、この惑星の現状。何一つ知らなかった事ばかりだ。だからね、知りたいから前に進めるんだと、最近は思うようになった。今日の生徒会長の事だってそうだ。出会ってなければ、ずっと悪の生徒会長として認識していただろうし、先輩だってまだまだ知らない事だらけで、そりゃ今でも先輩のイメージを壊したくないと思っている自分もいるけれど、別側面の先輩を知りたがってる自分もいる。地球だって同じだ。何で異形種でしか解決できないのかって、お前ほどのスペックを持っている奴がどうして殺戮マシーンを作ることでしか崩壊を解決できないのかって、知りたいんだ。何時ぞやの夜、エネルが言っていた、”知ってしまった責任”俺はもうすでに二歩も三歩もその世界へと足を踏み込んでいる。なら知らないと。もっと、もっとたくさん。これが今俺の体をつき動かす原動力になってしまっている。
「ありがとな、俺と出会ってくれて」
「急にどうした刹?」
「なんでもない、おやすみ」
エネルの返事には答えず、その言葉と同時に意識を断絶させた。
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