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 確かに原作でも、そのことが周囲に知れたのは物語の中盤だった気がする。そのことを思い出し、迂闊だったと朱里が気付いたときは遅かった。

 まるで最初に会った時のように厳しいまなざしが、じっと見据えるように朱里へと向けられていた。


「どこでそれを聞いたんだよ?」

 ひんやりと冷たいその声に、朱里は思わず首をすくめてしまう。青空みたいだったディアスの瞳が、まるで氷のように思えて胸が痛かった。


「え? あ、うん……」

 それでもこのまま何も答えないわけにもいかず、表面上では笑顔を絶やさないよう頑張りつつ、必死に言い訳を考える。

 ここで慌てたらもっと怪しくなってしまうし、せっかく仲良くなれたディアスに嫌われたくもなかった。


「……まだ、知られてないのね。半年後はけっこう知ってる人、多いんだよ」

 内心冷や汗をかきつつも、当然のことのように朱里は言った。

 先日のリヴァーとの話の中で、朱里は半年先から現在にしたということになっている。

 それは、ユディファルにも報告があげられており、そしてディアスも承知していることだった。


「……うーん。そっか? それなら、良いんだけど」

 まだ少し疑わしそうに、ディアスは首をかしげて朱里を見る。

 嘘か真実かを見極めるようなその視線は少し痛かったが、なんとか表情を変えないでやり過ごせたのは、彼の方がすぐに目を反らしたからだった。


「疑って悪かった。リヴァーは、そのことをあんまり他人ひとに知られたくなさそうだったからさ。意外だったんだ」

 穏やかな青に戻った瞳が明るく笑う。


 己の実力で家業や領地の采配をしているのであって、王太子の後ろ盾があるから巧くいっているのだと思われたくない。以前リヴァーがそう言っていたのを、ディアスは知っていた。

 もちろん実際に、友人だからといって王太子から便宜を図ってもらったことがないのも知っている。

 だからディアスは、口うるさいのは玉に瑕だがリヴァーのことは尊敬していたし、子供の頃から大好きな兄のような存在だった。


「そういえばシュリーさ。半年後から憑依して来たってことは、もどこかに居るんだよな? リヴァーは何も言ってなかったけど、もう探してみたのか?」

 石畳の上をのんびりと歩きながら、ディアスは何気ないように言う。とくに深い考えがあったわけではなく、単にふと気になっただけだ。

「もしかしたら、そっちにアシュリーが居たりしてな」

 思いついたことが案外名案なのではないかというように、ディアスは目を輝かせて朱里に向き直った。


「この時期のおまえって、どこに居たんだ?」

「……リヴァーにも言ったんだけど、この頃の私はアジュールに居るの」

 思わず朱里は手を握り締めるように立ち止まる。

 こうして嘘ばかりを重ねていくという後ろめたさと、異邦人とバレるわけにはいかないという相反した気持ちが、朱里の表情を曇らせた。


 アジュールというのは、ディアスたちが住むこのコーディリアから遠く離れた、小さな島国のことだった。

 他国との国交をほとんどっている小さな国で、現時点では他国の者は入国すら出来ないため、居るはずもない『現在の朱里』をリヴァーたちが探しに行かれないだろうと判断して、その国を選んでいた。

 というか、今いるこの場所以外で朱里が知っている国が、そこしかなかったせいでもある。

 半年後にはアジュールとコーディリアに交流が生まれ、そこから「水底のレイラ」の主人公ヒロインであるセレーネがやってくるのだ。


「アジュール!? そんなとこに居んのか。じゃあ、探しに行けないな」

 ディアスは大きく目を見開き、そうしてふうっとため息をついた。せっかく名案だと思ったのに、行かれないのでは確認しようがない。


「うん。半年後には、私もコーディリアの首都に居るんだけれどね」

 にっこりと、朱里は笑ってみせる。

 だからアシュリーやユディファルのことも知っていたのだと、リヴァーにも説明したを、ディアスにも改めて言った。


「あれ? ってことは、あの国と交流するようになるのか。リヴァーがずっと交渉してたけど門前払いだったんだよな。でも、今後うまくいくってことか」

 良かったというように、ディアスは空色の瞳を細めて笑う。

 多くの希少な鉱石を産出すると言われているかの国との交易を、リヴァーがずっと望んでいたことを知っていたので、叶うのならな良かったと思った。

「うん……」

 朱里はあいまいに頷くと、誤魔化すように笑みを浮かべた。


「こんな往来で、そのような話はするな」

「 ―― えっ?」

 不意に背後からたしなめるような声が聞こえてきて、あわてて朱里が振り返ると、見上げるほどに背の高い、黒髪の青年が立っていた。

 夜空に浮かぶ月のような銀色の瞳は、特に怒っているようには見えなかったが、その眼差しは強く、思わず恐縮してしまう。


「ユディファル……さん」

「シュリー嬢。未来さきのことは知っていても口にするなと、リヴァー・シアーズに伝言しておいたはずだが、聞いていないのか?」

 ユディファルは静かに朱里を見おろすように銀の目を向けてくる。


「き、聞いてますっ!」

 未来を知る者がそれを口にすれば、そこからわずかなりとも矛盾が生じて、進むべきはずの軌道がずれていくこともある。だから絶対に言わないようにと、リヴァーからも強く言われていたことだった。


「 ―― 俺が悪いんだよ。シュリーは俺の質問に答えただけだからさ。叱るのはやめてやってほしい」

 慌ててディアスが朱里を庇うように前に出た。

 確かに、こんな往来でしても良い話ではなかったと、ディアスは深く反省する。

 幸い他に人が居なかったからよかったものの、この話を聞いていたのがユディファルではなく他の人間だったらと思うと、冷や汗がでた。


「別に、叱るつもりはない。ただ、シュリー嬢に注意を促しただけだ」

 ユディファルは小さく笑うと、ディアスとアシュリーを交互に見るように視線を動かす。

「……わ、わかりました。気を付けます」

 叱るのと注意を促すのと、いったい何が違うのだろうかと思いつつも、朱里は素直にうなずいた。

 ここでユディファルの気分を害させるのは得策ではないと思った。

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