俺の主食は悪徳令嬢

@enikki

第一話

物語の始まりは朝がいい、なんでかって聞かれたらなんとなくと言わざる終えない、スズメが外でチュンチュン言ってたら物語の始まりって・・・まぁいいや。

 背後から聞こえる布と布が優しく擦れる音、後ろを振り返るとベットの上で長い白髪で素肌を上手いこと隠している、名前は・・・名前は?エミリ?シルビア?ソフィア?


 「おはよう、メリー」


 「おはようございます王子、失礼ですが私の名はアンですわ」


 「アン失礼、君を試したんだ、なに少し名前を間違えただけで激昂するような子じゃ僕と一緒にはいられないと思ってね、王子ゆえ社交場で女性との付き合いも多い者でね」


 「大丈夫ですわ、私はそんな惨めなことは致しませんもの」


 あっぶねー、昨日はソフィアと寝て、一昨日はマノー。

 で今日はアン・・・特徴と名前をメモしておかないと誰が誰だか本当に分からん。モテる男は辛いぜ。


 俺は窓の外を見ながらカップに口をつける、彼女は化粧台の前で櫛を使って髪を溶かししていた。俺はこの国の王子、アビル・トナン言い寄ってくる女性は大概肌は色白だが腹は黒一色のいわゆる悪徳令嬢、だが向こうから来るんだ味見の一つしてもバチは当たらないはず、そうだろ? この国は生憎一夫多妻制というものをご存知ではないらしく宗教ないし法で決まっているわけでもないのだが暗黙の了解でまかり通っているらしい。


 そんな国の王子が色んな女性を抱いていると知れ渡ればどうなるか分かったもんじゃない、だから俺は必死に取り繕ったわけだ。なぜ危険を冒してまでそんなことをするのかって? その危険が。スリルが楽しくなってしまったからだ、浮気なんてのはそんなもんだろ? まぁ大概は妻に飽きたとか単純な理由なんだろうけどよ。

 ちなみに捕捉すると、そんな世界だから女性達は誰に抱かれたとかの自慢をしない、自分だけが特別だと思い込んでるからな、だから俺が言わない限り他人にバレることはまずない、この家も家のものには内緒で借りてるからな。


 そんなこんなで女性を取っ替え引っ替えする日々が続いていた。 俺はこの性・活・が気に入っているし、不自由はない。 大きな網を張っているわけでも餌もないのに、俺というただの針に女性は皆食いついてくる。 今まではそう思ってたんだ。貴族だけの学校、その他には召使いやメイドなどの同行を良しとはせず学生だけのそんな学校にいる1人の少女に会うまでは。


 男性は目の前にいる女性を好きになるっていうのを誰かから聞いた覚えがある。 だが俺は人生で初めて、女性を前にして胸が高鳴った、別段どこかの国のお姫様のように可愛いとかそんな安っぽい形容詞で表せるものではなく、例えるならそう、どんなに形のいい果物よりも鮮やかで色濃く香りの良いその女性は俺のことを鋭く睨んでいた、俺が王子であるということを知らないのだろう、別に自分が世界の中心などと俺は思っていない、他国に行けばただの棒切れ同然だ。だから別段気にしないのだが、今目の前にいる女性にそんな顔をされると逆にそそる。


 「あの、私の顔に何か付いていますか?」


 「王子だからと言って気安く話しかけないでいただけるかしら? 耳が汚れてしまいますわ」


 んん? 今確かにこの目の前にいる女性は俺のことを王子。王子とそう確かに呼んだよな? それを知りながらあの目つき、この態度・・・その時俺は脳内で溢れかえるドーパミンに逆らえなかった。


 「これは失礼私アビル・トンナこの国の王・子・にございます」


 王子を強調して言ってやった。相手がその情報を持っていようとここを強調し威圧すれば少しは態度が変わるかもなんてそんなことを思いながら俺は初めて領地を与えられた貴族のようにはしゃいでいた。


 「左様で、私忙しいのでこれで」


 星が舞い踊るように煌びやかなドレスが宙を彩る。

 無視! 無視だ! 生まれてきて初めてだこんなに堂々と嫌悪を体現してくるものは! 皆俺の前では媚びへつらい、何不自由なく分け隔てなく誰とでもコミュニケーションをとってきたのだが! 今日俺の歴史は覆され! ガラスの机がひっくり返されたかのような、まただ、先程より一段と胸が! 胸が熱い! 苦しい! 息が上がる! なんて魅力的な女性なんだ! 決して俺をマゾなんて言葉で一括りにして欲しくはない! 気になる! 気になる! あやつの名前は何なのだ!


 誰かに問いただせば早いのかもしれない、だがそれではつまらぬ! この口でこの耳で確かめたい! 今まで自分が欲して手に入らないものなど永遠の命ぐらいのものだろうと思っていた。だが、俺の心に2つめが出来上がった。


 それからというもの王子の心の中には化け物が1匹住み着いたかのようだった。あくる日もあくる日も彼女を目で追い続けた、それはきっと好奇心という枠組みでは語れない、1つの何かそれを言葉で表すのはもう少し後になるのだが、クラスの者や廊下で女性とすれ違うと彼女は時折、泥沼に落ちた一輪の花、その泥沼を花畑に変えてしまうようなそんな気さえ起こさせる笑顔を見せる。


 自分には決して見せないその神秘とまで言える光景に俺はまた心躍らせると同時に奪われていた、のだが・・・


 「お、王子? どうされたのですか?」


 どうされたって何がどうしてどうしたと言うんだ? そう俺は側から見なくても確実にストーカーだった。


 行けない行けないこれではこの前の二の舞だ、どうやって会話をすればいい? 私は女性と今までどうやって喋っていた? ええい分からん! 俺の心の中に巣食う化け物が駆け回っていたその時だった。


 「あ、あの! アビル王子! アビル王子!」


 俺がふと我に帰ると、板書版の前で1人の教師がこちらを見ていた。


 俺が不可解な顔をするとまるで威嚇された小型犬のように震え上がり、一言。


 「さ、先ほどから机を指で叩く音が大きく、授業の妨げになっていらっしゃるようで」


 俺があたりを見渡すと、皆此方に向いていた、それは御多分に漏れず例の彼女もだ。


 「これは失礼以後気をつけるよ」


 「お願いします」


 授業を終えると皆各々席を立ち何処かへ行ってしまうその時、彼女が俺の机の横を通り過ぎようとした時に一言俺に聞こえるか聞こえないかの声量でこう言った。


 「授業の邪魔よ、メトロノームか何かなの貴方は、学芸会ならよそでやりなさいよよそで」


 その日俺は王宮へと急ぎ帰り、楽器奏者を20名ほど集め俺による俺のためだけのオーケストラを1時間ほど開催していた。 欲しいものは全て手に入るはずなんだ! 筈なのに! 彼女の名前さえも手に入れられない、なんて不甲斐ないのだ俺は!


 その夜俺は女性との会話の練習と思いメイドを1人自室へと招き入れていた。 純粋にな。


 「なぁ最近可笑しいのだ、1人の女性のことが気になって気になってしょうがないのだ、どうしてだと思う?」


 「どうして? でございますか? まさか王子! 私のことを!?」


 「ええい違うわ! 2人きりのこの状況でこのようなことを言う俺が悪かった! けどそなたではない!」


 「学校にいる女性だ!」


 「まぁ、それはそれは」


 「何かこう、胸が張り裂けそうなそんな感情が溢れ出すほどその女性のことが気になって仕方がないのだ、どうしてだと思う?」


 「王子は今まで何不自由なくものを貸し与えられてきました、きっと王子が今一番欲しいものはそう、愛なのでございましょう」


 「愛?」


 「はい、ですが愛は誰からも貸し与える事もできず、貸し与えてあげられるものでもございません」


 「な、ならばどうすればいい? どうすればその愛を手に入れられる!?」


 「それは恋から始まり、育む事で愛へと昇華するのです」


 「こ、恋・・・」


 「ええ、今王子は恋をしておいでなのです、未だかつてないほどの」

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