第39話

 翌日。架月を高校の最寄り駅に送り、そのまま透は千津と待ち合わせをした店に向かった。駅から離れた、「逆ボリューム詐欺」のコーヒーショップだ。車から降りると、ちょうど千津も車から出てきた。ワインレッドに薄紅色の小花柄のワンピース姿だった。フェミニンな雰囲気に、透はつい、まじまじと見てしまった。

「勝呂さん、お呼び立てして、申し訳ありませんでした」

「いえ、大丈夫です。架月はクラスの子とランチに行ってしまいましたし」

「もしかして、駅の近くの中華のお店ですか?」

「もしかして、妹さんも?」

「ええ。自転車で行きました」

 酒々井姉妹は、高校の近くに住んでおり、駅前も車を使わずに行ける距離だ。

「お店、入りましょう。もうひとり、呼んだんです」

 店に入ると、千津に気づいた男性が小さく手を上げた。千津はほんのり頬を赤らめ、テーブルに向かう。

「彼氏です」

 千津と同年代に見える男性は、名乗って頭を下げた。千津は男性の隣に座る。コーヒーを注文し、さっそく本題に入った。

「お時間をつくって下さり、ありがとうございます。勝呂架月くんのお兄さんに、お伝えしておきたいことがあります」

 口を開いたのは、彼氏の方だった。透は架月の兄ではなく、家系図を書けば従兄にあたるが、それは割愛した。

「架月くんが、文化祭で倒れたのは、ご存知でしたか?」

「え……?」

 寝耳に水だった。文化祭は一緒に行動していたはずだ。1日目の午後は。

「もしかしたら、学校側も把握していなかったかもしれません。仕事が午前中に終わって、私達も文化祭を見に行ったんです」

「日曜日だから……文化祭2日目の昼過ぎでした。千津と校門前で待ち合わせをしていたときに、茶道部のチラシを配っていた袴姿の男子を見ました。その子が、急に倒れたんです。もうひとりの人がすぐに駆け寄り、僕も駆け寄ると、その人は立ち去ろうとしました。保護者に連絡したいから連絡先を教えてほしいとお願いしましたが、断られてしまいました。本人にも保護者にも学校にも知られたくない、と。無理を言って名刺をもらいました。それが、これです」

 男性は、テーブルに名刺を出した。それと、透の行動圏内では見たことがないフリーペーパーも。

「その人は、フリーペーパーの取材で来ていたみたいなんです。先月号が学園祭特集だったし、高校も紹介されていたので、怪しい人ではなさそうなのですが……」

 名刺の肩書きは、フリーペーパーの編集部。

「にった、かいと」

 氏名は、新田解人。透は息をのんだ。夏休み中、ショッピングモールで心無い言葉をかけられたとき、架月は、新田という苗字で呼ばれていた。あの後、ごたごたのようなものは何もなかったから気にも止めていなかった。

「1か月も経ってしまって、申し訳ありません。あのとき倒れた子が架月くんだとわからず、その新田という人も学校や本人に話せない事情があるのかもしれないと思ったら、僕もなかなか話し出せませんでした。架月くんも名乗ってくれず、すぐに立ち上がって行ってしまって」

「私も、もっと早く来ていれば現場を見られて、すぐに架月くんに気づけていたのに」

「おふたりは、何も悪くありません。むしろ、ありがとうございます。架月を助けてくれて。話してくれて」

 透は名刺に視線を落としてから、訊ねる。

「新田という人は、どんな人でしたか?」

「若いように見えました。勝呂さんより年上だと思いますが、40歳にはなっていないかと。それと、僕の思い込みかもしれませんが、千津から見せてもらった架月くんの写真と新田さんは、似ていたような気がします。目の感じが。いや、勘違いだとは思いますが」

 透は思考を巡らせたが、何も思いつかなかった。

「すみません、色々と」

「僕こそ、黙っていて申し訳ありませんでした」

「いえ。話して下さり、本当にありがとうございました。俺、行きますね」

 透は千円札を数枚置き、席を立った。

「受け取れません」

 千津の彼氏が断ろうとするが、透も財布に戻さない。

「おっさんからのお節介だと思って、受け取って下さい。おふたりは、お似合いですし」

 いやいや、そんなそんな。ふたりは照れてしまう。その隙に、透は店を出た。架月からの連絡は無い。まだランチから1時間も経っていないのだ。以前から少し気になっていたベーカリーのルートを検索し、車を走らせる。手持ちが少ないため、塩パンをふたつ買い、ひとつは車の中で食べた。

 架月が体調悪化を隠すことは、容易に想像がつく。今更それを咎めることは、しない。新田解人という人が名乗ろうとしなかったことが気になった。逸樹が以前、架月は征樹の知り合いの子だと言っていた。征樹は新田解人のことを知っているかもしれない。

『ランチ終わりました。楽しかった!』

 架月からメールが来た。

『了解。行きと同じところに向かいます』

 透は返信をして、車を出した。助手席には、架月の分の、もうひとつの塩パンを置いて。

 架月は自分の過去を話さない。出自を聞いたこともない。そろそろ、知りたい。興味本位ではあるが、架月のことを、もっと。

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