第30話

 夏休みの間、架月は家で適当に遊んでいるふりをしながら、休み明けのテストの勉強をしていた。透は、架月専用のデスクを買おうとしたが、架月から断られている。俺は勉強しないから、という理由で。勉強してるじゃん、と思いながら、居間でテキストを広げる架月を、こっそり見守った。

 架月はたまに路線バスで出かける。家から近い図書館の分館だ。架月は、どんな本でも読む。透が持っていた陶芸や茶道の本は全て読んでしまい、今は料理や製菓の本を読んでいる。

「おにいちゃん、欲しいものがあるの」

 上目遣いに訊かれると、透もつい、甘やかしてしまう。

「何? 服? 本? スマホゲームに課金?」

「餅米、小豆、黒胡麻、きな粉」

「うん。そろそろお盆だからな」

「なんでわかっちゃうの」

 これが、最近の会話。時期や材料から、おはぎをつくりたいのがばればれだった。透もおはぎをつくるつもりでいたので、材料はすでに用意してあった。

 8月13日。朝早くからふたりでキッチンに立ち、おはぎの準備をする。

「おにいちゃん、すごい。お鍋でご飯を炊いちゃうんだ」

「架月もできるようになるよ」

 昨夜、昔の飛行機事故の追悼式のニュースを見た架月は、ショックから放心状態になり、就寝前まで悲しそうな顔をしていたが、朝起きたら、持ち直していた。

「おにいちゃんは、毎年おはぎをつくっているの?」

「ここのところ、毎年だな。お盆には、必ず。完成したら、俺はお墓参りに行ってくるよ。その後、勝呂の家に行こう」

「俺も、お墓参りに行く。おにいちゃんのお父さんとお母さんに、ご挨拶」

「何の挨拶だよ」

 透の両親は、保原家の墓に眠っている。保原は保原の親戚で迎え盆をするらしいので、透は早い時間に花とおはぎを供えるだけだ。

 墓参りの後は、昼間のうちに勝呂の家に行く。15日の夕食の席は断ったが、顔は出しに行きたいのと、逸樹を架月に会わせてあげたいのと、征樹に着物の相談をしたいのと、理由は色々ある。

「おはぎ、喜んでくれるかな」

 今回初めての試みで、おはぎも持って行く。征樹と逸樹は喜んでくれる可能性があるが、叔母はどうだろう。雲行きが怪しくなったら、早々に撤退するつもりでいる。

 時間に余裕がなく、小豆餡は、粒餡だ。小豆餡、きな粉、黒胡麻、3種類のおはぎを用意した。架月は宝石箱を目の当たりにしたように、目を輝かせて笑みをこぼした。こういう体験も初めてなんだろうな。透は架月が微笑ましくなり、これからもこういう機会を増やそうと思った。

「あんこ、余っちゃった。舐めるか?」

「ん」

 丸めたが使わなかった餡を指でつまみ、架月の口に持ってゆく。口で受け取り、餡を舐める舌の動きが艶めかしく、体中に熱が駆けめぐる気がした。洗い物をして、墓参りの準備をする。

「架月、行くよ」

「うん」

 架月は摺り足気味で、フローリングの縁を踏まないように歩く。本人は言わないが、茶道の足さばきの練習だ。

 墓参りの後、勝呂の家に向かった。叔母の車は無かった。まだ昼前だ。

「架月!」

「逸樹!」

 架月を、最高の友人と称する逸樹は、やはり架月に会うと嬉しそうだ。架月も、透やクラスメイトとは違う、水が流れるような自然体の反応をする。

「透、来てくれて、ありがとう」

「征樹……ごめん。迎え盆の前に来たら、意味がないのに」

「いやいや、久しぶりに元気そうな顔が見られて、嬉しいよ」

「叔母さんは、買い物?」

「ああ。俺も逸樹も一緒に行くと言ったけど、断られてしまった。俺は、仕事の電話やお客さんが来るかもしれないから、留守番。逸樹は……気を遣ってくれたみたいだ」

 叔母は、透や架月が来る可能性を視野に入れ、自分は家を空けて会わないようにして、逸樹は架月に会えるようにフリーにさせておいたのだろう、というのが征樹の予想だった。

「おじちゃん、お久しぶりです」

「架月、なんか変わったな。何かあったら、いつでも相談に乗るよ」

「ありがとう。あの、これ、おはぎ。おにいちゃんと、つくった」

「架月が? ありがたく頂くよ」

 紙袋ごと、おはぎのパックを受け取り、征樹は一瞬、考えるような顔をした。

「やっぱり、叔母さんが」

「何も言わなければ、大丈夫だろう。透は、毎年おはぎをくれただろう」

 征樹は気持ちをを切り替えるように、逸樹の肩をぽんと叩いた。

「逸樹、せっかくだから、遊びに行っておいで。透、連れて行ってくれるか」

「もちろん」

「着物は準備しておくから」

 征樹が、ほんの気持ち、と五千円札をくれた。透が断ると、一万円札を差し出されてしまった。

「ふたりに昼飯とか、何か買ってあげてくれ」

 そう言われると、断れない。

 透は一万円札を受け取り、架月と逸樹を車に乗せて、ショッピングモールに向かった。架月の高校とは逆方向で、おそらくクラスメイトとは会わないだろう。透も、久々に行く。

 お盆シーズンというだけあり、駐車場はとても混んでいた。立体駐車場に駐めると、タワーのように高い県庁が、ぽつんと見えた。

「お昼、何食べたい?」

 何でも良いよ、と食べ盛りのはずの男子高生は、声を揃える。架月は小食だが、逸樹は野球部なので、割と食べるかもしれない。

 フードコートに向かっていると、架月や逸樹と同年代の声を、耳が拾った。

「あれ、ニッタカヅキじゃね?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る