第20話

 色々薦めてもらったが、1番安い商品を購入し、店を出た。

「では、自分達はここで」

「お兄さんに会えて光栄です」

「お兄さん、架月のことをよろしくお願いします」

 少年達は直立不動で透を見送ろうとする。架月は腹筋ローラーが入ったレジ袋とヨガマットを持って、すたすたと出入口に向かう。透もついて行く。しばらくしてから振り返ると、少年達が深くお辞儀をしていた。賑やかだけど礼儀正しい子達だった。

「架月、持ってくれてありがとう」

 ううん、と架月は首を横に振った。

 ショッピングモールの建物を出ると、しとしと雨が降っていた。

「貸して」

 透は返事を待たず、レジ袋とヨガマットをもらい、架月の手をとった。

「走るよ」

 広い駐車場を、傘を差さずに走る。車までの数十メートルを、一気に駆けた。

 助手席のドアを開け、架月を乗せる。

「雨、降ってきちゃったね」

 今更そんな声をかけ、透は、買ったものを後部座席に乗せた。

 架月は膝の上で手を握りしめ、俯く。

「具合、悪いの? 急に手を引っ張ったから、痛くした?」

 透は運転席に座り、架月に訊ねた。架月は首を横に振った。

 千津に何も言わないで別れてしまったことを思い出し、メールで手短に知らせておく。架月に見つめられていることに気づき、見やると、架月は不思議そうに透を見ていた。

「おにいちゃんは、彼女いないの?」

「いないよ」

「こんなに素敵なのに」

 車を運転し始めなくて良かった、と透は思ってしまった。きっと、誤ってアクセルペダルを踏み込んでしまっていただろう。

「買い物もランチも、しそびれたね。スーパーに寄ってから帰ろうか」

 勝手に話題を変えたが、架月は、うんと頷いた。

「先程は、ごめんね。賑やかな人達で」

「クラスの子だっけ」

「うん。良い子達なんだよ。賑やかだけど」

「賑やかだったな」

 雨がフロントガラスに落ち、ワイパーでぐ。

「明るく振る舞っているけど、あのときのことを気にしているんだ。が低血糖で倒れたこと、それにすぐに気づけなかったこと、原因となる補習授業を招いてしまったこと。もう二度と、生死に関わるトラブルを起こしたくないって。あんなやり方だから女子から反感を買うけど、女子は女子で、しーさんを気にしてくれている」

 架月は、珍しくよく喋った。千絵のことを「しーさん」と呼ぶくらい、親しみがあるようだ。

「でも、おにいちゃんのことを尊敬しているのも、本当だよ」

「そこは尊敬しなくて良い」

「謙遜もしているよ。あのままあそこにいたら、おにいちゃんは、フードコートとかであの子達にお昼ご飯をおごっていたと思うよ」

 思考が読まれていた。架月にも、あの少年達にも。

「だから、見送るふりをして、わざと帰らせたんだよ。多分今頃、ハンバーガーでも食べながら、腹筋ローラーとヨガマットの代金を返そうと割り勘を考えているんじゃないかな」

「それ、高校生の思考回路か!?」

「頭が良いんだよ、あの子達は。気遣いのレベルも高くて、無意識的にハイレベルの気配りをしていて、それが普通になっている」

「架月は、それが苦しくない?」

「俺も救われている。こんなに気が緩んで良いんだと思ってしまうよ」

 おにいちゃんの前だと気が緩んでしまう、という旨を述べたのは、いつだっただろうか。発言では、クラスメイトの前でも気を張らずに居られるようだ。それが本心であると、透は願ってしまう。

 長く喋った後、架月は口を閉ざしてしまった。

 しばらく車を走らせ、いつも買い物をするスーパーマーケットに寄る。

 今日は週に一度の卵が安い日。合い挽き肉が割引されていたから、それも買い物かごに入れる。米の残りが少ない気がして、2kgの地元米を選んだ。カートを引いてこなかったことを後悔していたら、架月が米を抱えてくれた。牛乳や、豆腐や、定番の食材も買うと、独り暮らしのときとは比べものにならない金額になってしまった。

 買い物の後は、併設のベーカリーで大きなチョコレートバブカを見つけ、テイクアウトして車の中で半分こして食べた。

「甘い。美味しい」

 架月は、口の端にチョコをつけたまま、もくもくと咀嚼する。そのチョコを取りたくていそいそしていると、架月が手を伸ばしてきた。

「おにいちゃん、チョコついてる」

「え、嘘」

 あごに手を添えられ、親指で口の端をすくわれた。ふわっと、例えようのない感覚が全身を巡る。

「おにいちゃん、隙だらけだよ」

「お互い様」

 架月にも仕返ししてあげた。架月は、気づかなかったと言うように唖然とし、口の端を掬われて驚き、固まっしまった。

「じゃあ、帰りますか」

 透は余裕を見せて、車のエンジンをかけた。心中穏やかではない。架月の顔を見ることができない。何をやっているんだ、俺は。数年前に付き合っていた彼女にもやったことがないのに。

 平静を装って自宅に帰ると、架月が早速、リビングで腹筋ローラーを使ってみた。ヨガマットを敷いても、ずりーん、と腹這いになり、戻ることができない。透も腹筋ローラーをやってみたが、ずりーん、と腹這いになり、腹筋で戻ることができない。

 何度か腹筋ローラーをやっているうちに、架月はリタイアしてリビングから離れてしまった。

 透は粘って腹筋ローラーに慣れようとしたが、根っからの運動音痴も祟り、肩や腕に力を入れてしまう。そのうち眠気を感じてしまい、ヨガマットに寝転がって眠ってしまった。

 透が目覚めたのは、夕方だった。

 夕食は、架月がポトフをつくってくれた。ポトフと、冷凍保存しておいたポパイトーストで夕食。いつの間にか架月は料理ができるようになったのかと思うと、透は涙が出そうだった。

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