10撃目
およそ殺し屋、そして殺し屋予備軍たる連中は、得てしてその瞳に暗い影を宿しているものである。というより、そういった闇が人を「殺し屋」などというモノに成り果てさせるのだと、ネロは今までの人生から確信していた。
ところが、このキナコと言う少女はどうだ。闇どころか、この子の瞳には輝きしか宿っていなかった。夢、希望、未来。そういった、殺し屋なら
しかしその輝きとは、つまりは金槌で人をたくさん殴り殺すという夢であり、思う存分金槌で人を殴り殺せるという希望であり、殺し屋になって誰に遠慮することなく金槌で人を殴り殺そうという未来であるわけだ。
正直に言って、その精神構造はネロの理解の埒外にあった。
自分は、とんでもないものを
ネロはもう一度首を振ると、ズボンのポケットを探る。中に入っていた硬貨を取り出し、指で弾いた。
銃弾の速度。キナコの眉間に向かい一直線。
甲高い音がした。
ネロは天井を見上げる。飛ばした硬貨が刺さっていた。ネロはキナコに視線を戻す。キナコは金槌をくるくる回すと、腰に巻いたベルト――ガンベルトならぬ金槌ベルトだ――に器用に戻してみせた。
「……お見事デス。これからもそうやって、金槌を肌見放さず持っておくことを心がけておくようにしなサイ。さて、それでは行きマスよ」
「はい先生! 行き先は『組織』の本部でしたっけ」
「ええ。まずはそこの教習所で、みっちり基礎を叩き込んで差し上げマス。まあアナタほどの才能があれば、半年もすれば殺しの免許証ライセンスは手に入るでしょう」
その言葉を聞いたキナコの瞳が、輝きを増していく。
「殺しの……ライセンス! それを手に入れたら私、ついに殺し屋になれるってわけですね! よーし、やるぞ! ファイトだ
(がんばってねキナコちゃん。私も応援するよ)
ガッツポーズをしてはしゃぐキナコ。
「フム。ひとつ、大事なコトを忘れていましタ」
「え? な、なんですか?」
驚くキナコを指差しながら、ネロは淡々と告げる。
「いいですカ。先ほどのニュースでもあったとおり、『遠山キナコ』という人間はもう死んでしまったのデス。つまり、今のアナタは名無しのfantasma……幽霊デス」
「ん? あれ? そ、そうなんですかね?」
「そうなのデス。しかし、それでは何かと不都合デスから、今日からアナタには別の名前を名乗ってもらいマス。その名前で、殺し屋とシテ新たに生まれ変わるというわけデス」
「へー」
ネロはしばらく思案し、やがて期待の眼差しを向けるキナコに静かに告げる。
「こういうのはいかがデショウ。アナタの本名、『トーヤマキナコ』からいただいた――」
こうして、「遠山キナコ」という少女は死んだ。
キナコが死ぬ前に撮影された写真や動画は、当然のようにネットにシェアされ、ほんのわずかのあいだ世間の話題となった。「金槌を持った少女がヤクザ相手に大立ち回り」という絵面は、いくらなんでも荒唐無稽に過ぎたので、その真偽に関して様々な意見、憶測、願望、妄想などが噴出し混ざり合い、そして消えていった。
そうこうしているうちに、「遠山キナコ」の名はキナコ自身を離れ、いつのまにか一人歩きを始めていた。「遠山キナコ」は人々の噂となり、ネットのミームとなり、都市伝説となっていった。
「『
羽白田は、キナコに完敗したことで極道としての体面メンツを完全に潰された。体面を売る商売であるヤクザにとっては、もはや死に等しい出来事である。だが彼は、唯一残った組員の柴による説得に応じ、生き延びることを選んだ。日本を離れた彼は米国に飛ぶ。そこで彼は自身の暴力と柴の頭脳により、日本にいたとき以上の組織を作り上げるにいたったのであった。「日本から来た片腕ヤクザとその右腕」のコンビは、全米でも最も恐れられる男たちの一角に食い込んだのである。
そして数年後。彼らの組織は、一人の殺し屋に一晩で壊滅させられることとなる。
その殺し屋の名は「マキナ」。「全てを終わらせる者」の名を持つ殺し屋は、
遠山キナコの太く短い伝説 タイラダでん @tairadaden
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