9撃目

「え……?」

 キナコは驚き、男の目を見つめた。そこにあったのは何も映し出さない、虚無そのものでしかなかった。

 だが、キナコにはなぜか、彼が嘘をついているとは思えなかった。というよりも、嘘をついていると思いたくなかった・・・・・・・・。なぜならその言葉は、キナコがこれまでの人生で求め恋焦がれていたが、先ほどまではほとんど手に入らなかったもの――他者からの承認・・・・・・・だったからである。

「ほ、本当……ですか?」

「エエ、間違いなく。ただし、あるのはあくまでも殺しの才能。殺し屋としてはてんでダメダメですネ」

「そ、それはこれから! これから頑張りますんで!」

 男の口元が、わずかに歪む。

「殺し屋なんて、ろくな職業ではナイですヨ。陽の当たらぬ場所で、いつも何かに怯えながら暮らすハメになりマス」

「……陽の当たらない、ってことなら、今の私もそう変わらないです」

「ご両親には、ナンと? 娘が殺し屋にナルのを喜ぶ親はいないと思いマスが」

 そう問われた瞬間、キナコの顔に深い陰かげが差した。

「いえ、お父さんも、お母さんも、その、きっと喜んで……くれる、と思います。二人ともいつも、私が『ふつう』でしかないことに悩んで・・・ましたし」

 それを聞いた男の顔に、始めて表情らしきものが浮かび、すぐに消え去った。

「キナコサン」

「はい?」

「申し遅れましたが、ワタシは『ネロ』といいマス。『組織』の殺し屋です」

「え……えええ?!」

(そ、『組織』の、殺し屋?)

 驚きのあまり、酸素不足の魚のように口を動かすキナコ。ネロと名乗った男は、虚無の目のまま淡々と語り続ける。

「先程も言いまシタが、アナタには間違いなく殺しの才能がある。誰も見たことのない、大粒のダイアモンドのような才能が。とは言え、全く磨かれてイナイので、今のところはただの石ころデスが」

 ネロはわずかに残ったコーヒーを飲み干すと、マグカップをキナコに向かって投げた。

 マグカップは静かに真っすぐ飛び、キナコの額のど真ん中に命中した。

「い、痛ったあ!?」

「……フム」

 反応どころか、何が起こったかすら認識していない様子のキナコを見て、ネロは理解する。

 ――なるほど。この娘のトリガーは金槌・・・・・・・か。何かを引き金に、能力を発揮するタイプ。引き金は言葉であったり、得物であったり、音楽であったりと様々だ。この職業をやっていると、時々お目にかかる手合いである。まあ、ここまで極端な例はなかったが。

「石ころにもほどがありますネエ。それでは首尾よく殺し屋になれタとシテも、ものの五秒で死んデしまうでしょうネ」

「うー、そんなあ」

 ネロは立ち上がり、床に転がるマグカップを拾う。見るものが見れば、その動きすら微塵のすきもない、洗練されたものだとわかっただろう。

「デスから、アナタをスカウトします。『組織』に入りなさい。『組織』でしっかり鍛えれバ、そう簡単には死ななくなるデショウ。三年もすれバ、一人前の殺し屋になれると思いマスヨ」

「……え? ええー!? い、いいんですか本当に? ぜひ、ぜひおねがいします!」

「すぐには決めにくいデショウから返事は――って、即答しましたネ。よろしい。判断が速いのは大切なことデス。生死に関わりマスからネ」

「わ、さっそくレッスンですね! ありがとうございます!」

 ネロは笑った。それは喜びとも悲しみともとれる、不思議な笑みであった。

「ではまず、アナタには死んでもらいマショウかネ」

「……へ?」


「お昼のニュースです。

昨日さくじつ、S県山中にて遺体で発見された女生徒の、身元が判明したとの警察発表がありました。

発見当時、遺体は損壊が激しく身元の特定が難しい状態でしたが、警察による付近の捜索の結果、身元を特定できる遺留品の発見に至ったとのことです。その結果、遺体は県内の公立高校に通っていた遠山キナコさん(16歳)であることが判明しました。

同高校では先日、校内で別の生徒の遺体が複数発見されるという事件も発生しており、警察ではこれらの件には何らかの関連があるとみて、捜査を進めているとのことです。

それでは次のニュースです。

本日早朝、S市に出没し市民に被害を与えていた野生の鹿が、ついに捕獲されました。この鹿は体高80メートル、失礼しました、体高18メートルあり――」


 ブツン。

「フム。これでしばらくは大丈夫デショウ……オヤ、どうしマシタ?」

 テレビをオフにしたネロは、横で微妙な顔をしているキナコに声をかけた。キナコからの反応はない。真っ暗になった画面を見つめながら、ときおり「死んでる」とつぶやくばかりだった。

「キナコサン、どうしました?」

「え? あ、えーと、自分が死んでるってニュースを見るの初めてなんで、なんだか不思議な気分になっちゃって。ちょっとボーっとしちゃいました」

「こうやって、他人の死体で死を偽装するのはよくある手口なのですヨ。まあ、この国の警察は優秀ですカラ、そう長くは誤魔化せまセンがネ」

「へー、そうなんですね」

ネロは手に持っていたマグカップをキナコに渡した。ミルクと砂糖たっぷりのコーヒー入りだ。

「ソモソモ、アナタがあんなに派手に動かなけれバ、わざわざこんなコトをする必要はなかっタんですヨ。それを忘れないようニ」

「はい先生! レッスンありがとうございます! しっかり覚えておきます!」

 ネロは無表情のまま頭を振る。

 数日間、つきあった今ならわかる。楽しそうに目を輝かせ、自分の次の言葉を今か今かと待ち構えているこの「遠山キナコ」という子は、全くもって本人の言う「ふつう」の少女などではなかった。

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