南北戦争とは
パーティーが終わり、ミリス・アラミレアという聖女が去ってから一週間。
フィルはパーティーで知り合いたくもない相手と何故か縁ができてしまったことによって発生してしまったイベントを消化する日々を送っていた。
具体的には来訪のおもてなしやら、山のように積み上がったプレゼントの処理、縁談勧誘含めたお手紙のお断りお返事等々。
更には、不在間に少し積み上がった業務———娼館云々関係なく、お外に出られなかった。
ザンという弟は、両親から説教されたのにもかかわらず未だに遊びだらけの日常を謳歌していたらしい。
確かに、説教程度で止まっているならフィル同様にクズなど言われていない。
そのことに羨ましさを感じていたフィルだが、この日ようやく一息つけることになった。
減った書類の山をテーブルの片隅へと追いやり、一人小さな紙を黙々と読んでいく。
そこに、いつも通りのメイド服に袖を通したカルアが紅茶を持ってやって来た。
「何読んでるの?」
「ん? 面倒だなって思っていたはずのミリス様がいなくなって寂しいなと思いつつ、ちょっと調べもん」
「なんだかんだ、聖女様も長いことここにいたものね。寂しくなる気持ちは理解できるわ」
パーティーの翌日に「大司教様のお願いで南に行ってきます!」と言い出し、急に立ち去ってしまった聖女を思い浮かべる。
いきなりのことでかなり困惑したのを覚えているが、本人を止める権利などフィルには持ち合わせておらず、滅多に見せない笑顔と共に見送った。
思い出し、少し寂しそうにするフィルを見て苦笑いを浮かべる。
それぐらいミリスという少女はフィルの懐に入ってしまったということ―――なんだかんだ絆されやすいわよね、と。言動の矛盾にそう思ってしまった。
「調べもんって言っても、カルアは知ってるだろ? あなたさんが教えてくれなかったことを教科書なしの自力で調べてるんだから」
そう言って、フィルは持っていた紙をカルアに見せる。
それを受け取ったカルアは紙を覗いた。
そこには『現状の『南北戦争』及びその経緯について』といった見出しが大きく載っていた。
「あぁ、このこと」
「父上に無理言って教えてもらったんだ。戦争は南の国境だろ? うちの領地の南は小さな村を挟めばすぐ国境だ。他人事とは思えなくてね」
「……すぐに行きそうだから言わなかったのに」
「父上にも「行くな」っていう条件を突き付けられた代わりに教えてもらったんだから安心しなさいやお嬢さん。俺は各種方面から心配されて幸せ者だよ」
手を出す気はないと聞いて安心するカルア。
この主人は何かあれば誰かを救いに行こうとする―――過去にも戦争という大きなフィールドに走ったことはあるが、通常の人助けに比べたら戦争というのは規模が大きい。
いつ、どこから死神アイドルの握手会チケットがやって来るか分からないのだ、身を守ろうとしてもいきなり背後から剣先が貫いてもおかしくない。
そんな場所に、カルアとて行かせたくはなかった。
たとえ実力があったとしても、主人の身の安全を考えるのは当然と言ってもいいだろう。
「それにしても、ことの発端は過激な種族の鎮圧から始まった侵攻戦争とはねぇ。隣人巻き込んでの痴話喧嘩かよ」
「南に隣接するアルガウス民主国の国境付近に住んでいた少数民族が騒ぎ始めたのよね。うちは「これ以上騒がれると、国境を跨ぐ恐れがある」って鎮圧に走った」
「けど、その結果アルガウス民主国は「自国の民を傷つけた」って主張。大義名分を掲げて少数民族救出をそっちのけで侵攻を始めてしまった。大義名分を掲げるぐらいなら、自国のお友達を助けてやればいいものを」
「少数民族が騒ぎ始めたのも、自然って感じじゃなさそうね」
「そうだな、聞けば聞くほどアルガウス民主国が大義名分を掲げるためだけに騒がしたようにしか思えん。無理な戦争を始めたら平和に浸かる国民が「ふざけんな」って叫ぶからな。分かりやすい正義を演出したかったんだろうよ……まったく、戦争は客を呼ぶためのサーカスじゃねぇんだぞ。そこまでして公演したかったのかね?」
はぁ、と。ため息を吐きながらフィルはカルアからもう一度紙を受け取る。
「でも、戦況としては自国の優勢。元々国力に差があったのだから、当然と言えば当然かしら? これじゃあ、こっちまで飛び火することはなさそうね」
「現地には陛下や武に長けた第一王女自らが指揮して戦ってるみたいだからな。急ごしらえの正義を掲げてる連中に比べたら、兵士の士気も段違いだろうよ。今更状況が覆るとは思えん。奇天烈な天変地異に皆さんがお祈りしない限りはな」
「そうであってほしいわ。南の国境を越えられたら、真っ先に狙われるのはうちの領地だもの」
「そうだな、なんもない小さな村が二つあるだけだ―――何かするとしても、真っ先に来るのはうちだろうな。その次に王都……」
ふと、言いかけたフィルの口が閉じた。
まだ続きの言葉を並べられるはずだったのにもかかわらず止まってしまったことに、カルアは不思議に思った。
「どうしたの……?」
「……いや、ちょっと思ったんだけどさ。うちの領地から南は小さな村が二つあるだけだよな? 俺が知らないような場所とかあるか?」
「あなたの方が詳しいでしょ? フィルの言う通り、なんにもない村が二つと、資源もへったくれもないのどかな山が続いているだけ。めぼしいものは何もないわ。登山家じゃない限り好きで南に行く人はいないでしょうね」
「そうだよな……だったら、なんでミリス様は南に行ったんだ?」
ふと、ミリスが旅立った時の言葉を思い出す。
―――『大司教様のお願いで南に行ってきます!』。
その言葉だったはずだ。
「何もない南に行くなんておかしいだろ? 巡礼は確かに各地を回るが、少数の場所にわざわざ聖女が行くなんておかしい。通常、そういうのは一般信徒が足を運んで、聖女は大都市を回るはずだ」
「フィル……もしかして―――」
違和感は大きなものへと。
そこまで至ってしまったフィルの顔に、唐突な焦りが浮かんだ。
「まさか、ミリス様の奴……『南北戦争』に参加しに行ったわけじゃないよな!?」
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