パーティーの終わり

 クライマックスとも言えるダンスも、残り僅か。

 奏でる楽曲に合わせ、煌びやかなドレスが色踊る。

 感嘆とした声がギャラリーの中から聞こえ、物色するような男性陣の眼差しがいくつか生まれていた。

 恐らく、政略結婚云々を含めたどろっどろの色恋問題からきたものだろう。


(解く方も解かれる方も、粘着質な人生のパートナーが見つかるといいが……)


 はぁ、と。傍観者の立ち位置にいるフィルはダンスの光景をため息を交えながら会場の隅で眺めていた。

 何人かとダンスを踊ったあとだからか、その表情には疲れが浮かんでいる。


「いやぁ〜、フィルくんのダンスは上手だったね〜」

「ふふっ、流石は『影の英雄』様と言ったところでしょうか? 素晴らしい一時を過ごせました」


 上機嫌な声が横から聞こえてくる。

 一人はプラチナブロンドの髪を靡かせた、ロザリオの持ち主。

 近日、テラスでフォークを向けられた女性だ。

 もう一人は桃色の髪を携えた美姫。

 つい先程「お会いしましょう」と言われ、げんなりとしたのが記憶に新しい。


「(聖女に王女……一介の貴族ですら相手にできないような相手が近くにいるなんて、俺ってば一生の運を使い果たしたかもなぁ)」

「(一応、一介の貴族であればいつでも傍にいるメイドもいるわよ? 親しみやすさは、この場では一等ね)」

「(そのメイドも、皮を剥げば爵位が上のご令嬢ときた。薔薇に囲まれて幸せ者ですよ……棘の扱いには注意しないといけなさそうだが)」


 そして、合流できたカルアがフィルの横で目配せの会話を交わす。

 手に持っているドリンクは二つ。一方でフィルの持っているドリンクは残り僅か。

 それから分かるのは、令嬢らしからぬ甲斐甲斐しいメイド魂だ。


「それにしても、此度のパーティーは珍しいお方ばかりが来られますね。特に、世界各国で人気者の聖女様……など」

「今は選挙活動の真っ最中だからね〜! 清き一票のためには、人の集まる場所は格好の狙い目ってやつだから〜!」

「それはそれは。衣を着せず話していただいたのは嬉しいですね。とはいえ、一存で首を縦に触れないのが余計に悲しくもなりますが」

「ん〜、残念っ♪ まぁ、私がどうこうする話じゃないけど〜」


 フィル達の傍で、共にダンスを踊った少女達が腹の探り合いを始める。

 といっても、探り合っているのは一方だけのように映るが。


「(あぁ、なんで俺の近くでこういう話をするかね? っていうか、ミリス様はどこよ? そろそろどろっどろに汚れていない癒しを目の保養にしたいんだけども)」

「(どこかで貴族に話しかけられていたわよ? ほら、あなたがキラ様とダンスを踊ってしまったせいで、お近づきになりたいフリーの聖女は一人になってしまったわけだし)」

「(それなら、こっちはフリーになったからチェンジしようぜ。俺、フォーク突き付けられるほど嫌われたみたいだからさ。今なら王女のオプション付きで返却できるぞ)」

「(待って、今聞き逃せない話があったんだけど? あなた、キラ様に何をしたの?)」

「(話せば短い、勧誘のお誘いだよ。首を横に振ったら、好感度まで下振れてしまった)」


 カルアは大きなため息を吐く。

 とはいえ、こればっかりは仕方のないこと。派閥争いに首を突っ込んでも面倒事が増えるのは目に見えているので、フィルとしてはため息を吐かれても困る。


「フィ、フィル様……お待たせしました」


 貴族連中からようやく抜け出してこれたミリスがフィルに合流する。

 これでこの場には王女、聖女、公爵令嬢に聖女といった、異色なメンツが揃ってしまった。

 どうすればこのような濃いメンツに囲まれることができるのか? 普通の貴族であれば、この場は喜び溢れる空間だろう。

 しかし───


(別にコネを増やそうと思ってるわけじゃないのに……これだったら、アリシアと話してた方が幾分か楽だったんだけど)


 目立ちたくない、面倒事は避けたい、自由最高をモットーにしているフィルにとっては最悪の場だ。

 どこかでザンが嫉妬してなければいいが、と。気苦労を思い出して内心再びげんなりとしてしまう。


「もうお話はいいのですか?」

「は、はいっ! といっても、よく分からないお話ばかりでしたが……恐らく大丈夫だったかと」


 積極的に派閥を増やしていこうと考えていないミリスにとって、貴族社会はあまりメリットがない。

 知らないお偉いさんと話していても内容の理解はおろか、気疲れする一方であるのは明白。

 フィルはどこか仲間意識が芽生え、少しばかりの同情心が湧いた。


「フィル、そろそろ」


 カルアが肘で小突きそう言うと、ダンスはフィナーレを迎えていた。

 時間的に残すところあと一曲。


「ニコラ様とキラ様はちゃんと体裁で踊ったし、相棒さんとの触れ合いも済ました───となると……」

「最後はちゃんと踊ってやりなさいよ? 一応、屋敷に滞在している聖女なんだから」

「へいへい、分かってますよー」


 飄々返しながら、フィルはミリスに近づいた。

 ミリスは二人のやり取りがよく分かっていないのか、小首を傾げる。

 だが、その場でフィルが膝をついた瞬間───その言葉の意味を理解した。


「い、いいんですか……フィル様?」

「いいも何も、これからの人生であなたのような方と踊れる機会など訪れはしないでしょうから。今宵、このような男にどうかあなた様と踊れる思い出を作らせてはいただけないでしょうか?」


 フィルとて、この国の紳士だ。

 ダンスのお誘いぐらいは、クズと呼ばれてもしっかりとこなす。

 たとえ内心「めんどくさい」の一言が飾ってあったとしても、淑女に対する礼儀は忘れない。


(あ、あのフィル様が……ッ!)


 一方で、ミリスは感極まっていた。

 フィルという人間は、ミリスにとって憧れであり恩人。そして、他者とは明確に違う好意を向ける相手でもある。

 そんな存在からのダンスの申し入れ……これを嬉しく思わないわけがない。


に素敵な思い出が作れそうで……とても嬉しいですっ!」

「ん?」


 どこか疑問が湧くワードが出てきたように思ったフィルだが、疑問を口にされる前に差し出した手を取られてしまった。


「是非、私と踊ってくださいっ!」


 疑問はシャンデリアによって輝いた笑顔によって掻き消え。

 まるでおとぎ話に出てくるヒロインのように美しい少女は、乙女のような可愛らしさを醸し出していた。

 そんな少女の笑顔に満足したフィルは、そっと





 結局のところ、この笑顔を引き出したのはフィル・サレマバートだ。

 それは『影の英雄』の優しさによって救われたから。

 疑問が浮かび上がり、これからどんな場所に向かおうとも……きっと少女は「幸せ」だと、この一瞬の時を忘れないだろう。



 ───そしてこの次の日。

 ミリス・アラミレアはようやくフィルの下から去ることになった。

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