side~聖女~
夜空のように深いドレスを纏ったミリスは一人、会場の中をうろついていた。
流石王城のホールだからか、端から端まで小さな足で歩くには時間がかかってしまう。
更に、小柄なミリスは背伸びをして見渡すこともできないため、必然的に雑林の中をゆっくりと進まなければならない。
───という全てのことを踏まえて、ミリスは困っていた。
「うぅ……フィル様はどちらにいらっしゃるのでしょう?」
聖女であるミリスは、教会関係者と話すために一時的にフィルの下から離れていた。
ある程度ひと段落がついたので、さて探そう―――そう思っていたのだが、お望みの相手の姿はなし。
カルアの傍にいるかとも思ったのだが、途中見つけたカルアはニコラと談笑していた。
とりあえず、王女殿下と話すには緊張してしまうため、何も聞かず立ち去ったのが悪かったのだろうか? 今では「居場所を聞いておけばよかった」と後悔。
人が多すぎてバルコニーで休んでいるとは露知らないミリスは、落としてもいない忘れ物を森の中で探しているようなものであった。
(お話ししたいこと、あったのですけど……)
そう思っていた矢先だ。
ふと、その小さな肩が何者かに叩かれた。
「やっほ~、ミリスちゃん♪」
振り返ると、そこにはプラチナブロンドの髪を下ろした一人の少女。
翡翠色のドレスからもくっきりと浮かび上がる自分にはない大人の女性らしいラインに、ミリスは思わず視線が向いてしまった。
しかし、それも一瞬。すぐに見知った顔に視線を戻す。
「キラさんっ! いらしてたんですね!」
「久しぶり~! 元気にしてた~?」
「はいっ! 元気に過ごしていました!」
慕う姉が現れた時のように、ミリスの顔に笑顔が浮かぶ。
抱き着きたい衝動に駆られているのか、どこか体をうずうずさせていた。
それを見たキラは「しょうがないなぁ~」と笑みを浮かべると、そのまま飛び込みやすいように両手を広げる。
そして、フィットポジションが生まれたミリスは、衝動の赴くままに抱き着いた。
「えへへっ」
「まったくもぉ~、ミリスちゃんは相変わらず甘えん坊さんなんだから~」
聖女という人間は、世界に同じ名前をした人間がいる以上に少なく、その数は四人。
それ故、賜った恩恵もあるが立場は皆より特別な立ち位置に立たされる。
平等ではなく、何歩か崇められた状態。仲のいい相手を作ろうにも、最終的にはその距離が足枷になってしまうことが多い。
逆に言えば、同じ立場にいる人間とは同じ距離。
色々な苦悩や恩恵を賜る者として、親密度を増やしていきやすい関係なのだ。
だからこそ、ミリスにとって同じ聖女であるキラは教会の中でもより仲のいい面子の一人———密かに「お姉ちゃん」と慕うほどには、自分の信頼を置いていた。
「でも、キラさんまでパーティーにいらしてたなんて思いませんでした! 今まで見かけなかったですし……やっぱり、巡礼ではなく派閥ですか?」
「そうそう、巡礼の挨拶だったら楽だったんだけどね~、残念なことに勧誘っていうスポンサー探しかな~?」
「と、ということは……やはりフィル様でしょうか?」
この国の王太子が開くパーティーに参加するのだ、普通は国に対するパイプ作りと考えるはず。
しかし、直近で『影の英雄』という影響力の高い存在の正体が開示されたことによって、自然と意識がそちらに向いてしまった。
「ん~、本来だったらそっちなんだけどねぇ~。私、『影の英雄』くんにはフラれちゃったんだよぉ~! ダンスのお誘いもしてくれるか分からないし~」
「そ、そうなんですかっ!? あのフィル様がキラ様を……」
「不思議なことじゃないでしょ~? だって『裁定派』は一回ミリスちゃんを襲ってるんだからね~」
「ッ!?」
キラの発言に、ミリスは体を震わせる。
大方の予想はついていた。でも、それはあくまで予想であって確証ではない。
だが、今目の前の少女はなんと言った?
『裁定派』である彼女が、『裁定派』が襲ったのだと言ったのだ。
つまり、それは答え合わせの中の『答え』を言っているのも同義で―――
「そ、そんな……」
「だから、ほら。お姉ちゃんから離れた方がいいよ~? 私も『裁定派』に属する聖女だからね~」
キラに促され、ミリスはゆっくりと体から離れる。
その時の顔には、ショックが隠し切れない陰りが浮かんでいた。
「『保守派』はそんなことしないと思うけど、『裁定派』は正義で動く。自分達で作っている大義名分を信じている以上、ブラックなことでもホワイトに互換することもしちゃうんだぁ~! それが、なんら無害で善の象徴であるミリスちゃんであっても、ね? 今までは明確な悪人を倒してきたけど、それが増長する時っていうのは必ずあるもんだし〜? それが今回って話!」
「キラさん、なんで……」
「あ、勘違いしないでね~? 今のは、『裁定派』全体の話で、私個人の意見じゃない。広義的には同じ意味でも、私個人の意思は介入してないから―――もし私の意思だったら今の間にミリスちゃんを殺してるよ~」
その言葉を信じていいものか。
信じたい気持ちは多分にあるが、命の危険という生存本能が警報を鳴らしている。
信じていたからこそ裏切られたような感覚———それが、言葉を信じたとしてもミリスの中で湧き上がってくるものであった。
「ま、そういう歪な派閥で歪な私だから、ミリスちゃんは今まで通り警戒しておくようにね~。少なくとも、派閥争いが終わるまでは……あと、大司教様からのお願いもね~」
バイバイ、と。
キラは小さく手を振ってミリスに背中を向けた。
派閥同士が仲良くしてはいけないと思っているからか、キラは素っ気なくも別れようとする。
「あ、あのっ!」
「ん~?」
「どうして……キラさんは『裁定派』になったんですか?」
歪だと自覚しているなら、どうして?
縋る様な気持ちで、立ち去ろうとするキラに尋ねた。
すると―――
「あはっ! ミリスちゃんは本当に優しいなぁ~!」
振り返り、ミリスに向かって楽しそうに笑う。
しかし、その瞳は酷く獰猛で―――黒く濁っているように見えた。
「お姉ちゃんは、どうしようもなく悪人が許せないからだよぉ~!」
もし、この言葉で例えるなら。
きっと、今自分の瞳に映る彼女の姿は綺麗に当て嵌まってしまうのかもしれない。
―――復讐者、と。
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