生誕パーティー⑥

「そういえば、そのロザリオって……」


 お礼を言われたその後、中に戻る気がさらさら起きなかったフィルはバルコニーでアリシアと雑談に興じていた。


「あぁ、これ? うちの一家は全員信徒なんだ」


 信徒である証のロザリオ。

 いついかなる時も離さない人間が多いと聞くそのロザリオを、アリシアは摘むようにして見せる。


「教会、宗教ねぇ……信徒に向かって口にするのも失礼かもしれんが、そんな空想上の人間に縋らないと生きていけないもんかね? 別に巨大なプレゼントをお空からもらったわけじゃないだろ?」

「ふふっ、その言葉、絶対に教会の人に言っちゃダメだよ? 私はまだそこまで信仰してるわけじゃないけど、根っからの人には冒涜になっちゃうかもだからね。特に大司教とか……うん、さー」

「それは失礼。口を滑らさないように針と糸の準備でもしておくよ」


 本当に気をつけないと、と。

 フィルは飄々としながらも、さっきまで傍にいた聖女のことを思い出した。


「まぁ、でも言ってることは分かるよ。宗教って、大体は現実逃避の延長線上だからね。現実主義の人には理解できないことかも」

「アリシアもアリシアで随分とキツイな。信徒なら持っていそうなオブラートがどこかに行ってるぞ」

「正直に生きるのも、信徒の務めだよ? 嘘は穢れの証なのです!」

「そりゃそうか」


 信徒も人の身である。

 それ相応に一つの宗教に属しているが、全員が全員熱心というわけではない。

 生活の合間に、困った時に、それぞれが自分の時間と理由を見つけて女神を崇めているだけ。

 信徒であっても教会に所属しているわけではない人間だと、その部分は色々と希薄なのだろう。


「まぁ、理解できない云々は置いておいて―――実際のところ、派閥争いはどうなってるの? 今は教皇がいなくて、そっちの話題で持ちきりだろ?」

「そうなんだよ~……もう、どっろどろ! 私達は貴族だから、信徒だけっていう枠組みに収まるわけにもいかないし、「投票しろー!」みたいな空気がビシバシ。今日のパーティーでも散々言われちゃったよ」

「新手の選挙活動だな。ご熱心にバックを抱えようとどこも躍起になっちゃってまぁ……教会はスポンサーの数で勝負でもしてんのかね?」

「そうは言うけど、そういったことが顕著なのは『裁定派』かな。実際に躍起になってるのはそこだし、フィルくんの言う通り数字勝負なのは間違いないと思う」


 裁定派、という聞き慣れない単語を耳にし、少し小首を傾げる。

 そんなフィルを見て、アリシアは説明を始めた。


「教会の中で今の派閥は『保守派』と『裁定派』に分かれてるんだよ。そう言ってるのも、派閥のトップである大司教の方針に則って言われているだけなんだけど」

「ふぅん……」

「『保守派』は言うなれば現状を維持しましょうって感じ。今まで通りそれぞれの考えに沿って女神を信仰して、人の気持ちを尊重しながら女神の教えを広げていこうとする派閥なんだ」

「なるほどね……そっちの方は割かし平和的だな。それで『裁定派』っていうのは?」

「『裁定派』も基本コンセプトは同じ。信徒になるのも自由、教えを広めるのも自由でいい。だけど、一つだけ徹底的に違うのはこと」


 いきなり物騒なワードが飛んできたことにより、フィルは眉を顰める。


「女神の教えは絶対。教会の方針に逸れた人間は悪として。女神が望む平和を乱す人間は悪として―――そうして裁定していき、悪と判断した者を裁いていくのが『裁定派』なんだよ。簡単に言っちゃえば、女神の代わりに裁判官ごっこをしますよーってことかな?」

「可愛らしく簡単に言わなくても、物騒な話には変わりないぞ? 結局、自分の物差しで平和を目指そうっていうカルト集団じゃねぇか」

「その表現は間違ってないよ。実際に、それで今まで何人も裁かれてきたんだもん……武力込みでね」

「そんなんでよく教会の信徒がついてくるよな? 確か、拮抗するぐらいには天秤が真っ直ぐなんだろ?」

「それはあれかな? 裁いた相手は列記とした『悪』だからなんだと思う。盗賊とか、犯罪者とか―――分かりやすい悪ばかり裁いてきたから、机論上の正当性が生まれる。だから「私こそが正義だー」っていう信徒が増えていくんだよ。そういう意味では、フィルくんも今まで同じようなことをしてきたでしょ?」


 それを言われると何も言い返せない。

 フィルも、結局は助けたい人間とそうでない相手を区別して英雄だと呼ばれてきた。

 心の中では、相手のことを『悪』だと認識してヒーローごっこをしていたのかもしれない。

 もちろん、それだけではない理由が根本にあるのは間違いないのだが、丸っきり「ないか」と言われれば否定ができないのだ。


「……纏めれば「話し合いで仲良しこよしでいましょう」っていうのが『保守派』で、平和の下に悪党に対する分別意識が強いのが『裁定派』ってことだろ? 過剰にスポンサー確保に走ってるのも、話を聞けばどっちかなんて予想がつく」

「大方予想通りじゃないかな? 今日来ている教会の関係者も『裁定派』が多いよ。私はまだどっちの馬に乗るかは分からないけど、お父さん達はうんざりして『保守派』に行くって言ってた。これじゃはた迷惑な営業だよね」

「セールスも激しかったら客の気を削ぐ要因になるのにな。揺れる人間の心がどっちに転がるかなんて、考えりゃ分かるはずなのに」

「自分達を「正義だー」って思っている人達だからね。セールスしてる感覚がないんだと思うよ、きっと。教会を辞めても、売り子にはなれないだろうねぇ」


 ―――なんて軽口を叩きつつ、フィルの頭の中で必要な情報が揃っていく。

 仮にも、若干派閥争いに巻き込まれている身だ。手に入れられる情報があるなら、手に入れたい。

 渦中にいるミリス本人に聞くのはどうにも憚られたため、ちょうどいいタイミングで話しやすい相手と出会ったことに棚からぼたもちだと思ってしまった。


 そして、ゆったりとした空間はいつの間にか時間を進め、ダンスというイベントに差し掛かってしう。


「んじゃ、そろそろ可愛いお嬢さんとの密談もお開きにしますかね。そろそろ連れが迷子のお知らせでも会場に流しそうだ」

「ふふっ、人気者は辛いね~! いい感じにお礼もできたっぽいし、私も満足かなぁ~?」

「おうとも、お礼なら今ので充分いただいたよ。ありがとうな、アリシア」

「ううん、こちらこそだよ! フィルくんには感謝してるしね! それにしても……ミリス・アラミレアが傍にいると、やっぱりこういう話はほしくなっちゃうのかな? あ、ちなみに言っておくけど、ミリス・アラミレアは―――」

「『保守派』、だろ? 分かってるよ、彼女を見ていれば」


 温厚で、優しく、清い存在。

 妄信的な正義を抱いている様子なんてなく、誰かのためにあろうとする。

 そんなことは、ミリスという少女と接していれば自ずと理解できた。

 故に―――


「どうせ巻き込まれるなら、俺も『保守派』かなぁ」

「あ、よかったー! 私も『保守派』かなーって思ってたんだ!」

「それじゃあ、綺麗にお仲間ということで。信徒じゃないが、末永い付き合いといこうじゃないか」

「『影の英雄』さんは女の子を侍らせようとするのがお上手だね。後ろから刺されても知らないんだぁ〜!」

「生憎と刺される相手はいるし、刺される部位も両目で決まっているもんで」


 そう言って、フィルはアリシアと共に会場に戻るためバルコニーをあとにする。

 楽団の演奏がいつの間にか変わっており、どこか弾むようなリズムが扉から聞こえてきた。

 そして、ふとフィルは最後に尋ねる。


「ちなみに、キラ・ルラミルっていう聖女は『』でいいんだよな?」

「うん、それは間違いないよっ! あ、そういえば会場にいた気がするなぁ……」


 やっぱりか、と。

 フィルはどこか面倒事の予感を感じつつも、会場の喧噪に身を投じた。


「……ミリス・アラミレアがいたのには驚いたけど」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る