生誕パーティー⑤
立地最悪、田舎近しの王都に小さな夜風が吹く。
空は明るい星々によって輝き、どこか心が洗われる。
「あー……疲れた。これだから愛想笑いの大会に出場するのは嫌だったんだ。「本当は笑っていませんけど笑っていますよ」みたいな空気ってやっぱり無理だわー」
会場から抜け出し、数多の貴族に愛想笑いを振り撒いていたフィルはバルコニーで一息休憩を挟んでいた。
普段は横にいるカルアも、最近横にいることが増えたミリスも、今回ばかりは横にいない。
いつの間にかはぐれてしまった───なんて迷子感覚ではなく、ただそれぞれにも話し相手がいるから。
フィルの軽口を含んだ愚痴にも誰も反応を示さないせいで、喧騒が遠い静寂がバルコニーに広がった。
(貴族の務めではあるが、疲労感はいつも以上……どんどん、自由な生活から離れていってる気がするなぁ)
酒に酔った勢いで滑らせたあの時の口を縫い合わせてしまいたい。
フィルは憂鬱とした気分でそんなことを思った。
その時だった───バルコニーの扉が開いたのは。
「あ、いたいた! ここにいたよ!」
フィルは憂鬱とした顔を戻して、たそがれていた体を向ける。
そこには紅色のドレスを纏った、天使を連想させるほど造形美の整った銀髪の少女の姿。
首元から下がるロザリオが目立ち、愛苦しい笑顔が明るい雰囲気を増長させていた。
そして、その姿は見覚えのある顔でもあった。
(こいつって、確かこの前助けた女の子……だったよな? 俺が偽名を名乗った時の)
思い出した、彼女のことを。
アメジスタ伯爵領で助けた、伯爵家の娘───アリシア・アメジスタ。
フィルは思い出したからこそ、第一声にこう放った───
「ふざけんじゃねぇよお前ぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「えっ、なになに!? なんで私は開口一番に怒られちゃってるの!?」
確かに、アリシアからしてみればいきなり怒られたことに驚くだろう。
だが、フィルは違う。
「どうして偽名名乗ったのに、噂を否定してくれなかったの!? 「え、違うよ? 『影の英雄』はフィーって人だよ!」って言ってくれなかったの!? 否定してくれなくても「フィーって人が『影の英雄』だ」って噂してくれれば情報は錯綜してくれたのにぃ!」
礼儀、愛想笑いなど吹っ飛ばして素で叫んでしまったフィル。
それほどまでに、理不尽なお怒りを抱えていた。
それを受けたアリシアは驚いた様子から何かを察したかのように、小さく頷く。
「あぁ、なるほど……フィルくんはそうしてほしかったんだ。なんで名前を偽っちゃってるのかなー? って思ってたけど、納得したよ」
ごめんなさい、と。アリシアは頭を下げる。
フィルも頭を下げられるとは思ってなかったのか、一気に怒りが冷め急に我に返った。
「い、いや……俺の方こそごめん。これは理不尽だったな」
「ううん、こっちこそ。助けてもらったのに恩を仇で返すようなことしちゃったから……」
お互いに申し訳なさそうな顔をする。
しかし、気まづくなった空気も疑問が浮かび上がったことによって霧散した。
「あれ? でも、どうして俺の名前を知ってるんだ? そもそも『影の英雄』が偽名を言ったっていうのも……」
「私、こう見えても記憶力がいいんだ! 具体的には一度聞いた声は覚えていられるほど!」
「え、何それ便利。社交界じゃ超役立つじゃん、顔覚える時とかに。おいくらで売ってるの?」
「非売品だからノーですっ♪ 私はお店の奥にしまわれている秘蔵っ子なので!」
「そりゃ、残念───って、ん?」
ふと気づく。
その才能を、どうして今言ってきたのか?
話の流れ的に、それがどういう意味を有するのかを。
「も、もしかてして……俺、声でバレたの?」
「うんっ!」
「……おぅ、誤魔化そうとした相手のチョイスを間違えた」
フィルも何度か社交界の場には顔を出している。それはアリシアとて同じだろう。
であれば、フィルが覚えていなくても何度か顔を見たことはあるはずなのだ。
同じ貴族、同じ爵位……これだけの条件が揃っていれば、住んでいる場所が遠くとも生誕パーティーみたいな共通の場所では必ず同じ場に集まる。
となれば、アリシアは知っていてもおかしくない。記憶力がいいというのだ───一度声を遠くから聞いていただけでも、フィルの声と名前は覚えられるだろう。
つまり、あの時───偽名を名乗った瞬間、声で『影の英雄』正体を見破ったということだ。
完全に仕方ないことだとはいえ、フィルのチョイスミスである。
(い、いやっ、これはまだ朗報の範疇だ。何せ、相手が悪かっただけであの方法は有効だという判断が可能なのだから!)
とりあえずのポジティブ思考で、気持ちを持ち直したフィル。
一方で、拳を握り締めて何やら気合いを入れているフィルを見たアリシアは「元気になってくれた」と安堵した。
「一応、また会えたらちゃんとお礼を言おうと思ったの。命の恩人だからね! フィルくんのおかげで……私も、私の護衛も無事だったから」
アリシアはフィルの横に並び、艶やかな銀髪を靡かせながら笑みを浮かべた。
星空に照らされた彼女はとても幻想的に映り、思わず見蕩れてしまうほど美しかった。
「別に、お礼を言われるためにやったわけじゃねぇよ。ちょっとした趣味の範疇」
「ふふっ、趣味で人助けってフィルくんも変わってるね」
「俺の前の噂は聞いているだろう? クズで遊び人の男が変わり者じゃないわけがない。なのでお嬢さん───これ以上、クズの横にいるとお目を汚してしまいますよ?」
「ん〜、それはどうかな? 少なくとも私の目には───」
アリシアは、透き通ったアメジスト色の双眸でフィルの顔を覗き込んだ。
「かっこいいヒーローさんに映ってるよ?」
天使と見紛うほどの美少女にそう言われたらどうだろうか?
男であれば頬赤らめ、最大限の照れが一心に押し寄せてくることだろう。
それは普段カルアやミリスという美少女を見て慣れているフィルであっても例外ではない。
真っ直ぐな好意を隠すことなく言われてしまえば、必然的に照れてしまうのだ。
「……勘弁してくれ」
「ふふっ、やだっ!」
アリシアの笑い声がバルコニーに響き渡る。
上がってしまった熱はフィルの顔を若干染め、やつれている顔を満更でもなさそうな顔にさせた。
───フィルの優しさは「幸せ」を望むからこそのものだ。
その優しさによって助けられた人間が幸せそうにしていれば、己の自由から遠くても嬉しく感じてしまう。
「遠目で「幸せだ」って分かれば、それでよかったのに……」
その愚痴は誰にも拾われることなく、程よく冷たい夜風に攫われてしまった。
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