生誕パーティー③
「うぉぉぉん! ぉん! こめかみがなぁ、こめかみが痛いんだよぉ!」
「はいはい、痛かったわね」
こめかみに走る痛みに泣くフィルの頭を撫でるカルア。
その表情はやんちゃな子供をあやす母親のような構図であった。
「うーむ……さっきチラッと耳にしたが、どうやら本当にカルア嬢との婚約が進んでいたみたいだな」
サレマバート伯爵家現当主、アレン・サレマバートはそんな二人を見てそんなことを呟く。
「進んでねぇよ、さっき聞いたばかりの話を鵜呑みにすんじゃねぇ。詐欺に捕まりやすい鴨か? ネギでも背負って出直してこい」
「いや、あながち早とちりではないと思う。今のフィルとカルア嬢を見ればな」
「何事も男は早くあっちゃいけないんだぜ、父上。そんなことじゃ、女にモテない早漏のできあがり★」
「もういっちょいっとくか?」
「この度は大変失礼なことをぬかしてしまい誠に申し訳ございませんでした」
指を鳴らすアレンを見て、フィルはすかさず頭を下げる。
上下関係というか、親子関係は良好でなによりだ。
「ごめんなさいね、カルアちゃん。うちの息子が毎回迷惑かけちゃって」
「いえ、お気になさらないでください。好きでやっていることですので」
「……本当に、こんないい子がいるのにどうして息子はこんななのかしら?」
頭を下げるフィルを見て、マリアは大きなため息を吐く。
割と長い期間の付き合いだ、カルアの人となりもマリアは知っている。
それと、カルアの気持ちがどこに向いているのかも、だ。
それにもかかわらず、まったく進展をさせる気もなさそうなフィル。
もったいなさすぎると、毎度の如く頭を悩ませてしまう。
一方で、賛同したい気持ちはあるが、内容に頷くにはまだフィルに気持ちを向けられていないと思ったカルアは、マリアを見て穏やかに微笑むだけであった。
「あ、あのっ!」
どこか蚊帳の外の空気を感じてしまったミリスは、少し勇気を出してマリアに話しかけると、そのまま勢いよく頭を下げた。
初めての相手で緊張しているのか、その声音はかなり上擦っている。
「ミ、ミリス・アラミレアですっ! 初めまして! で、えーっと……!」
「ふふっ、落ち着いてください聖女様。お話はかねがね、カルアちゃんからお伺いしています」
「ふぇっ? そうなのですか?」
「えぇ、フィルったら私達が王都にいるにもかかわらずまったく手紙を出さないんです。その代わり、今はカルアちゃんが状況を逐一報告してくれているんですよ。聖女様が屋敷で滞在していること、そして—――」
マリアは、とても嬉しそうに微笑んだ。
「───フィルがあの『影の英雄』だってことも」
「待つんだ母上! それは誤解だということを先んじて伝えておかなきゃならない!」
必死の形相でマリアに詰め寄るフィル。
あまりにも珍しい慌てぶりに、それを見ていたミリスは首を傾げる。
「あれ? フィル様はご両親にもお伝えしていなかったのですか?」
「その言葉は俺が誤魔化そうと努力して受け入れられなかった時に言ってほしかったです……ッ! これじゃあ、今から言ったところで後の祭りじゃないですか!」
本当だという前提で話を進めてしまえば、否定ができなくなってしまう。
全力で誤魔化そうとした気持ちが一気に沈んでしまった。
「知らなかったわ~、噂を聞いて初めてでしたの」
「噂が広まる前に知っていたのは、私と私のお父様、お母様ぐらいじゃないかしら?」
「ず、随分と少ないですね……どうしてお話しされなかったのですか?」
確かに、フィルが『影の英雄』だという話は両親にしていてもいいと思うもの。
何せ、カルアとカルアの両親が知っているぐらいなのだ……身内に知らせない方には違和感が残る。
同じクズで有名なザンならともかく、真っ当な両親であれば動きやすく面倒事の相談にも乗ってくれるので、話さない理由を見つける方が難しい。
「この父上は、王家お抱え騎士団の団長なんです……」
「わぁっ! それは凄いですねっ!」
「そこには同意しますが……俺が『影の英雄』だと知られれば、絶対に「騎士団に入れ!」って言うに決まってるんですよ」
自由に生きたいフィルに騎士団の加入は足枷でしかない。
家督もザンに譲って自由気ままなライフを望んでいるのに、訓練、派遣、護衛云々などもってのほか。
確かに動きやすくはなるだろうが、現状で別に困ってなどいないため、打ち明けるメリットが存在しなかった。
「そうだな、フィル……今すぐ騎士団に入れ。魔術師は貴重な戦力だ、是非とも国のために―――」
「黙っとけ、脳筋野郎が。俺が騎士団に入ったら領地はどうすんだよ? あんたらが放任教育に勤しんでいるせいで、政務全部俺がやってんだからな?」
「そうよ、あなた。フィルはいつか家督を継ぐんだから、騎士団の加入は絶対にダメよ」
「むぅ、そうは言うがな……騎士団でも『影の英雄』の話はよく聞く。というより、手の届かない場所に手を伸ばしてもらっていて助かっているぐらいだ。一目置いている人間を勧誘するのは当然だろう?」
「実の息子じゃなけりゃ、勝手にすればいいよ」
断固として拒絶するフィルに、アレンは小さく唸る。
一方で、マリアだけは嬉しそうにしていた。
「ふふっ、普段はダメダメで心配だったけど、やっぱり優しい子だって分かってお母さん嬉しいわ。その話を聞いた時は、思わず泣いちゃったもの。やればできる子だっていうのも分かってたし、お母さん誇らしい♪」
「ちょ、ちょっと母上、恥ずかし―――」
「俺は耳を疑ったぞ」
「表出ようぜ、父上。俺、正直魔術が使えない父上に負けるビジョンが見えないんだけど、いっちょ仲良く喧嘩でもしようや」
仮にも息子だろう、と。素行がよろしくなかったとしても信じてくれない父親に、フィルは額の青筋を浮かべた。
「じゃあ、お話はまたゆっくりご飯でも食べながら―――そろそろ、ザンにお説教しに行かなきゃいけないから行くわね」
「そうだな、あいつは中々懲りていないみたいだからな。これ以上周りに迷惑をかけないためにもお灸をすえておかねば」
「おう、そっか。早く行ってやってちょうだい、これ以上話してると愛情を注がれてないって勘違いして拗ねちゃうからな」
久しぶりの再会だというのに、随分と早く別れを切り出す。
今生の別れではないにしろ、もう少し積もる話があったのでは? そう思うかもしれないが、フィル一人にかまけているわけにもいかない。
こう見えても、二人はそれなりに忙しい人間だ。家族全員と交流を図るにはあまり長い時間は使えない。
「聖女様も、何かあればいつでもフィルを頼ってくださいね」
「は、はいっ! 分かりました!」
「カルアちゃんも、いつでも愚痴に来てもいいのよ? もう、あなたは娘みたいなものですし」
「そう言っていただけて嬉しいです。であれば、また今度お茶会でも」
マリアは去る前に二人に対して頭を下げた。
そして—――
「まぁ、フィルよ……正直、疑ってはいたが―――」
「ん? なんだよ」
「マリアの言う通り、誇らしかった。こんないい息子に育ってくれて、俺は嬉しいぞ」
「私もよ、フィル。よく頑張ったわね……あなたのしていることは素晴らしいけど、無理しちゃダメよ? クズだ遊び人だって言われてもいいから、あなたが元気に育ってくれれば、それでいいんだから」
「…………」
最後にその言葉を残すと、背中を向けて会場の中心へと歩き出してしまった。
取り残されるのは、フィルを含めた若者三人。
その中で、フィルはちょっと悔しそうに天井を仰いだ。
「あー、ちくしょう。最後にあんなこと言い残すとか卑怯じゃんよ……」
「ふふっ、罪悪感と嬉しさが混ざったような気分かしら?」
「フィル様のご両親は、とてもいい人達でしたね!」
「……そうですね。あんまり滅多に言いませんが―――自慢の両親です」
その時、会場に盛大なファンファーレが鳴った。
それは、王家の人間が入場する合図でもある。
久しぶりの再会に色々な気持ちを抱いたフィルは、余韻を残しつつも会場入り口に意識を移すのであった。
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