生誕パーティー②

 貴族の群れから離れたフィルはのんびりと料理に手をつけず、ただただ会場を見渡しながら時間が過ぎるのを待っていた。

 実際にパーティーが始まるのは王太子や王家の人間が入ってから。といっても挨拶回りと最後のダンスがメインとなるため、今の現状とさして変わらない。

 強いて言うなら挨拶に行く面子の中に王族が含まれるということだろうか? フィルにとっては気が重い話である。


「はい、飲み物はこれでよかったかしら?」


 ボーッとしていると、飲み物を持ってきたカルアがやって来る。


「おう、さんきゅー。アルコールが入っていないジュースをチョイスしてくるとは、流石はメイドさんだな」

「どこかのお馬鹿さんが酒に酔った勢いで口を滑らせちゃったから、その時に勉強させてもらったわ」

「失敗は成長に繋がるよね」

「その失敗談はあなただけどね」


 葡萄を絞ったジュースで舌を潤いつつ、フィルは横目で会場をもう一度見渡した。

 見知った人間はいるか、挨拶に行った方がいい人間はいるか。それを今のうちに見ておかなければならない。

 それは仮にでも伯爵家の嫡男だからか? 自由に生きたいと思っていても、この癖だけは中々抜けなかった。


「それにしても、ニコラ様の言う通り教会関係者が多いな。首に下がったロザリオがなんとも分かりやすいこって。迷子探しに役立つグッズとして売り出したら儲かりそう」

「そんなこと言われたの?」

「あぁ、「気をつけてね」っていうオプション付きでな。特段、気をつけるようなことはないんだが……」


 気をつけるといっても、派閥争いにこれ以上首を突っ込まないことだけ。

 今のところ話しかけてくる教会関係者はいないが、のらりくらり躱していけば問題ないだろうと思っていた。


「まぁ、ニコラ様も「派閥争いの過激」を言っているだけじゃないかしら? パーティーに多いのも、自分の派閥をこの国に支持してもらおうって魂胆でしょ。ある意味での宗教勧誘ね」

「どっちに転ぶかは陛下次第。この世で最も清い美少女に言い寄られて転がされないといいけど」

「それ、陛下に失礼だからね? 分かってるのかしら、この主人は」


 軽口を叩きつつ、メインの舞台が進むのを待つ二人。

 その時───


「あ、いましたフィル様っ!」


 漆黒に光が注がれるドレスを着たミリスが、大きく手を振りながらやって来る。


「一番人集りのできている場所に行ったのですが、いなかったので探してしまいました……」

「的確な迷子の探し方ね」

「あぁ、離脱が遅ければ見事にビンゴだ」


 今、世間を賑わすもっともたる人物は『影の英雄』であるフィルだ。

 当然、姿を見せればギャラリーが集まる。

 ミリスの探し方も、本当に的外れではなく正解に近かった。


「それでミリス様? 教会の人とのお話は済んだのですか?」

「はいっ! これからのこととかいっぱいお話してきました! ただ……」


 ミリスはどこか不安そうに会場を見渡す。


「私の所属している派閥以外の関係者が多かったです……」

「やはり、派閥が違うと仲が悪くなるものなのですか?」

「そんなことはありませんよ? 少し方向性が違うだけで、皆等しく信徒です、組織内でそういう流れがありますが、未だに教会全体としては一つに纏まっています。ですが、そういった派閥争いを強く意識している人もいらっしゃるので……」

「なるほどなぁ。組織としての体裁だけは保ってはいますが、結局派閥争いに本気な人間がいるってことですね」

「この前襲われたばかりですので、ちょっとだけ警戒してしまうんです……」


 そりゃそうだ、と。フィルはミリスの顔色の変化を理解した。

 そして、ミリスが再び口を開いた時───


「あと、私の派閥ではない大司教様もいらゃっしゃってるんですけど、その人から新たなお願いを───」

「……フィル」

「ッ!?」


 いきなり背後から聞こえてきた声に、ミリスは肩を思い切り跳ねさせた。

 恐る恐る背後を振り返ると、そこにはビシッとしたコーデからも明らかに分かる屈強な体をした男の姿があった。


(だ、誰でしょう? ですが、どこか誰かに似ているような気が……)


 ふと、ミリスはフィル方を見る。

 フィルはミリスでもなく、男の方でもなく、彼方を見つめるかのようにシャンデリアに顔を移していた。


「カルアー、あのシャンデリアっていくらするんだろうなー?」

「フィル」


 名前を呼ばれても、フィルは目線を合わせない。

 横にいるカルアは、大きなため息を吐いた。


「さぁて。飲み物もなくなったし、新しいのでも……」

「フィル」

「カルアー? なんか他にいい飲み物あったー?」

「こっちを向け」

「あと、ちょっとお外の味わい深い空気を吸いに……」

?」

「…………」


 フィルの額に冷や汗が伝う。

 それは滝のように、全力で悪寒を堪えつつ現実から目を逸らす赤子のよう。

 そして───


「散開っ!!!」

「逃がすか!」


 走り出そうとするフィルのこめかみが、大きな手によって掴まれた。


「こ、こめかみがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」


「ミシミシ」ではなく「パキパキ」と。人体から出てはいけないような音が、フィルの脳裏に奏でられる。


「お前というやつは……久しぶりに会ったを見て逃げ出すとは何事だ!」

「俺の! 俺の頭は握力測定器じゃなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 会場いっぱいに響き渡りそうな絶叫がフィルから聞こえてくる。

 突然の状況に戸惑うミリスは「あわわわっ」と戸惑うばかりだ。

 そこに一人の女性が現れた。


「ごめんなさいね、うちの主人が騒がしくしてしまって」


 おっとりとした雰囲気を纏う女性。

 大人びた容姿が目立ち、笑みを浮かべるその姿は思わず見蕩れてしまうほど。

 その女性は、フィルと同じ髪の色をしていた。


「あ、あの……あなたは?」

「申し遅れました。私、あそこで叫んでいるフィルの母親でマリアと申します」

「フィル様のお母様ですか!?」


 その言葉を聞いた瞬間、ミリスは急いで身だしなみを整えた。

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