生誕パーティー④
『この度は、我の生誕を祝いに来てもらい感謝する。今宵、どうか盛大に楽しんでいってくれ!』
グラスを持った金髪の男が、会場全体に向かって言い放った。
歳はフィルよりも若そうに見える青年でありながらも、どこか風格を感じる。
体格の話ではない、雰囲気の問題。カリスマ性でも言うのだろうか? フィルと男を横に並べ、「ついていきたい人は?」と聞いててみると、どちらに票が入るかというものだ。
「さっすが、王太子殿下。人を惹きつける魅力があるな。ザンなんかよりもコメンテーターに向いてるんじゃないか? 国民の興味もほぼ全部寄せられそうだ」
「王太子殿下をコメンテーターで雇ったら、雇い主の首が飛ぶわよ。それに、ザンとは毛色が違うでしょ」
「あ、あの……それは褒めているのでしょうか?」
会場の貴族が王太子の元に集まる中、フィル達は会場の隅で様子を窺っていた。
「通例であれば、参加者は一度招待者である王太子殿下を含めた王家に挨拶に伺わなくちゃいけない……んだが、何故だろう? 足がすっごく重い。病気かな?」
「病気でしたら私! 私がお役に立てますっ!」
「大丈夫ですよ、聖女様。フィルは心の病ですので、お体は万全です」
「心の病で抜け出したりできねぇかなぁ? ふかふかのベッドでゆっくり寝たい。お月様が現れたら寝ないと狼さんに食べられちゃう」
貴族達ですらフィルを見た瞬間に群がったのだ、王族を相手にすればどうなるか。
馬車馬にさせるために抱えにくるか、それとも様子を見られるか?
家に迷惑をかけない程度に誤魔化せれば……とは思うのだが、いかんせんいい案が思いつかない。
(また「ファンなんです」って言いきるか? いや、ニコラ様ががっつり報告しているなら手遅れ。下手を打つと不敬罪になりかねん……あれ、詰みじゃね? この前偽名を流したのに、まったく効果がなさそうだし)
ニコラがやって来る前。
どこかの令嬢を助けた時に、フィルは偽名を名乗って誤魔化した。
色々なことがありすぎて忘れてはいたが、今思えばその効力がまったく発揮されていなかった。
本人が偽名を名乗ればその噂も流れるだろうに、今日一日……いや、これまでも「フィンという男が『影の英雄』だ」という話は一切に耳にしていない。
「かっしーなー……あの女の子は助けられたことにも羞恥を覚えるシャイガールだったのかな? こっそりファンレターで想いを綴る女の子?」
「よく分からないことを言ってるけど、そろそろ行くわよ。面倒事は早く済ませるのが私の主人のスタイルでしょ」
「うーん……」
「わ、私もご一緒しますっ!」
王太子に集まる人の数が減ってきたタイミングで、カルアに腕を引かれながら歩き始めるフィル。
横ではミリスがトテトテと可愛らしくついてきた。
そして、握手会よろしい行列に並び、しばらくの時間が経った。
目の前の貴族が姿を消すと、今度は豪華な椅子に腰かける王太子の姿が映る。
その瞬間、フィルとカルアは頭を下げた。
ミリスはあまり作法とかに詳しくはないのか、フィル達を見て慌てて下げ始める。
「この度は、誠におめでとうございます―――王太子殿下」
代表して、フィルが先んじて口を開く。
「うん、ありがとうフィル・サレマバート。それに、カルア・スカーレットも。あと、教会の聖女———ミリス様も、わざわざありがとうございます。とても嬉しいよ」
王太子の口調が先程大勢の前で喋っていた時と変わる。
大衆の前だからか? 今の口調の方が、見た目通りの年相応に感じた。
「ふふっ、フィル様。今日はご参加下さりありがとうございます。お会いできてとても嬉しいです」
「いえいえ、私としてもニコラ様と再びお会いできてとても嬉しく思います」
チラリと、頭を下げているフィルは王太子の横を見る。
そこには珍しい桃色の髪と合わさった薄いピンク色のドレスを纏ったニコラの姿があった。
「(陛下と他の王女の姿が見えねぇな。俺としては安堵この上ないんだが……)」
「(今、南の方で隣国と戦争真っ最中だからよ。陛下はそれに追われているんじゃないかしら? 宰相の姿も見えないし、第一王女はきっと前線ね)」
「(っていうことは、父上は非番じゃなくて王太子の護衛でここにいたってわけか。ちくしょうめ、そんな戦争の真っ最中なら呑気に宴なんかしなくてお祈りでもすりゃいいのに)」
「(大方、国民を安心させるためでしょ? 「我が国はパーティーを開くぐらいには余裕だ」って。実際に、今の戦況はかなり有利みたいね)」
「(なるほどねぇ……っていうか、俺その話聞いていなかったんだけど? 初耳)」
「(言ったら、フィルが首を突っ込みに行くかと思って言わなかったわ。あなたはもう少し自分を大切にしなさい)」
―――なんてやり取りを、目配せだけで済ませるフィルとカルア。
こういう場面でも、視線だけで会話ができるというのは本当に便利である。
「それで、フィル・サレマバート……聞けば、君はあの『影の英雄』なんだってね?」
きたか、と。
フィルは意識を切り替えて身構える。
「王太子殿下も噂は耳にしていましたか……しかし、噂は噂。信憑性も確証も証拠も何一つない話でございます」
―――誤魔化せるうちは誤魔化せる方向で動く。
あくまで明確な嘘はつかず、真実に触れない程度で上っ面の言葉を並べた。
「けど、火のない所に煙は立たぬというだろう? 少なくとも、君に火種はあったわけだ」
「私も『影の英雄』のことが大好きでして……恐れながら、彼の着ている黒装束と無柄のお面を集めていたのです」
「なるほど、あくまで君はそれが見られてしまっただけだと言うんだね」
「仰る通りでございます」
少しの間、ほんの少しではあるが……辺り一帯に静寂が訪れる。
それはとても委縮してしまいそうなほどの圧が乗っており、政治云々に疎いミリスは体を強張らせるばかり。
(こ、ここでは何も言わない方がいいです……!)
否定したい気持ちはあるが、余計なことを言ってしまえば前みたいに迷惑をかけてしまう。
そう理解しているミリスは、余計な口を開かないように徹した。
そして—――
「はぁ……ニコラの言う通り、フィル・サレマバートは中々踏み込ませてくれないみたいだね」
「ですよ、お兄様。彼は慎重にいかなければならないお相手ですので」
「ふぅ、魔術師は理想を第一に考えているからね。刺激する方が愚策というものか」
王太子はため息を吐いて話を打ち切る。
言及されると思っていたのだが、案外あっさり引き下がったなと、フィルは安堵の息を漏らした。
「まぁ、今宵は楽しんでくれ。せっかく祝いに来てくれたんだ、気分を害さずパーティーを味わってほしいね」
「ありがとうございます、王太子殿下」
それによって少しだけ気持ちが軽くなったフィルはもう一度頭を下げて、王太子に背中を向けた。
(やったね! 今日の俺はついている! 一番の懸念があっという間に終わったぞ! 今ならくじ引き一等賞の未来が見えるぜ!)
まだ挨拶の列は途絶えていない。
これ以上引き留まってはと、気分が高まった足早に二人を連れて立ち去ろうとする。
だが───
「フィル様、また後ほど……ゆっくりお話しましょう♪」
(おっふ……)
高まった気分は地面に落とされる。
せっかく王族から離れられたのにと、言葉という縛りに捕まってしまったフィルは、無理矢理作った笑みを浮かべて一礼したのであった。
「もぉ、ニコラ様って……本当に、もぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
「ニコラ様って、確か知略に長けたお方でした……よね?」
「流石、ニコラ様ね。獲物は逃がすまいとしっかり針を残していったわ」
「断れないし、また話しに行かなきゃいけないじゃんかよもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
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