ニコラ・ライラック第二王女

「お待たせして申し訳ございません、ニコラ様」


 客間に入り、フィルは第一声から頭を下げる。

 予定が入っていなかった飛び込みの来訪。遅れてしまうのは仕方ない―――それで済ませられたのなら楽なのだが、相手は貴族全体が敬う王族。

 更には、遅れた原因に『入り口での話し合い』が入っていたのだ、謝罪をするのは人として当然だろう。


(最近、クズらしい言動してないなぁ……俺ってば、イメチェンしちゃった感じ? 誰だよ、クズ息子をイメチェンさせたの?)


 イメチェンというよりは、敬わなければならない相手が続々とやって来る現状に問題があるのだが、どちらにせよ自分のせいでやって来るのだから結局自分のせいになるだろう。


「いえ、お気になさらず―――『』様」


 サイドのみに纏めた桃色の髪を揺らしながら、ニコラはゆっくりと微笑んだ。

 気品ある佇まい、夜空のように艶のある黒のドレスから浮かび上がる凹凸のある体つき、翡翠色の双眸を中心とした端麗な顔立ち。

 並べる言葉などいくらでも見つかりそうな少女。


 文字通り美姫と呼ぶに相応しい少女が、見蕩れてしまいそうな笑みをフィルに向けた。

 常人であればトキメキ、「あれ? この胸の高鳴り……もしかして!?」となっていたのかもしれない。

 しかし───


「お手紙の返事をいただけない程お忙しいのは理解しておりますもの」

「…………」


 そのあとに続く言葉が、頬を引き攣らせるほどの皮肉でなければ、だ。


「(こりゃ、完全に先制パンチだな。フィルさんの心にジャブが入りましたよ……)」

「(次はストレートかしら? 攻めないと、ガラスのハートがノックダウンするわよ?)」

「(落とされないように気をつけますよ……)」


 横にいるカルアと目配せで話すことによって気を紛らわせる。

 毎度思うが、目配せで会話ができる技術は素直に凄い。流石、互いに『相棒』と呼び合っている仲だろう。


「そして、あなたが—――」

「ミ、ミリス・アラミレアですっ! 初めまして!」

「ふふっ、噂の聖女様ですか。本当にこちらにいらっしゃったのですね」


 どこまで情報を掴んでいるのか?

 今のところ判断できるのは、当初の予定通り「聖女が来ている」ということと「フィルが『影の英雄』だ」ということだろう。

 腹の探り合いがあまり得意ではないフィルは憂鬱とした気分を味わいながらも、ニコラが座ったタイミングに合わせて腰を下ろした。


「それと、カルア……お久しぶりですね」

「えぇ、久しぶり」


 敬うことなく、カルアは素の自分で言葉を返す。

 その態度に何もお咎めがないことから、二人の仲のよさが一瞬にして垣間見られる。


「聞いてはいましたが……本当に、あなたはメイドをしているみたいですね」

「そうね、驚いたでしょ?」

「もちろん───カルア・スカーレットという公爵家の令嬢が一人の男に仕えた。私だけでなく、誰しも驚きます。知っていますか? 社交界では、あなたが消えたことは未だに騒がれているのですよ?」

「…………」


 ニコラの言葉に、カルアは黙り込んでしまう。


(まぁ、そりゃ急に「伯爵家の嫡男に仕える」って話になれば騒がれるよなぁ)


 普通は考えられないから、と。

 フィルは横目でカルアを見ながらそう思う。


「騒がれたとしても、両親も納得しているし問題はないわ。それに───、きっと」

「ふふっ、そうですね。では、その話はまた今度お誘いするお茶会で詳しくお聞きするとして───」


 ニコラが話を打ち切り、フィルに視線を向けた。

 それが獲物を狩る肉食獣のようなものに見えた。

 しかし、フィルは臆することなく「そろそろ本題かな」と気持ちを切り替えた。


「それで、ニコラ様。この度はどういったご用件で?」

「手紙の内容と同じですよ」

「…………なるほど」


 納得したような反応を見せるフィルだが、彼は「ほっとけ」の一言を貫いていたため、実を言うと手紙を読んでいない。

 登城命令だということまでは把握しているが、なんの目的であって名目で登城させるか───これに関しては便箋を開けていない以上、メンタリストでも超能力者でもないフィルが知る由はない。

 つまり、どんな内容が書かれてあったのか知らないということだ。


 知ったかぶりの反応を見せるフィルを見て、横に控えるカルアが助け船を出す。


「(今度、王太子殿下の生誕パーティーがあるみたいよ)」

「(要は、それに参加しろってことか? かっしーな……それだけだったら、わざわざ手紙を出さなくも父上から話が来るはずなのに。もしかしてあれか? あとで言おう的なことを思ってたけど、忘れちゃった的な感じで伝わらなかったのか? やだなー、しっかりしてよ父上)」

「(フィルと同じ枠にされたらたまったものじゃないと思うけどね)」

「(何言ってんだ、クズと呼ばれていようとも息子と同じ扱いをされて喜ばない親がどこにいる? あれらしいぞ、子供は何物にも勝る財産っていうのがどうやら全世界夫婦共通認識らしい)」


 仮にも、フィルは伯爵家の人間だ。

 王太子の生誕パーティーともなれば、わざわざ王家から直接招待をもらわなくても出席の話は挙がってくるはず。

 故に、その話には少し違和感があった。


「もちろん、出席させていただきますよ。一人のとして、これから仕える王太子殿下の生誕を祝わずにはいられませんから」

「あら、かの『影の英雄』に祝ってもらえるなんて嬉しい限りです。兄が少し羨ましく思ってしまいますね」

「はっはっは、ご冗談を。一人のとして、当然のことです」


『貴族』というワードを強調してみせるフィル。

 話の節々から感じ取れるように、ニコラという王女はフィルが『影の英雄』だという前提で話を切り出している。

 このまま話を続けてしまえば、誤魔化すことなく『影の英雄』はフィル・サレマバートという状態で帰ってしまうだろう。


(そうなれば、パーティーに出席した時に何をされるか分かったもんじゃないからなぁ。陛下の耳にニコラ様の見解が耳に入れば、馬車馬への切符が無料配布されてしまう)


 それを回避するには、今回の来訪で認識を改めてもらう必要がある。

 そのためには───


(ミリス様が誤魔化してくれるタイミングが大事……ッ! ここぞという場面で言えば、最大限の右ストレートを放つことも可能だ! ニコラ様のノックダウンがお目にかかれる!)


 横にいるミリスに熱い眼差しを送る。

 乗せる言葉は「期待してるぜ!」というもの。

 それを受けたミリスは一瞬呆けたものの、フィルの眼差しに乗せられた意味を理解したのか、小さくサムズアップをした。


「ニコラ様っ!」

「如何致しましたか、聖女様?」

「聞いてください!」


 それから───


「フィル様は、絶対……ぜーったい! 『影の英雄』様じゃないんです! 私の勘違いなんですっ! 絶対に違うんです!」


 なんの脈絡もなく、そう口にしたのであった。





「(嘘だろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!???)」

「(凄い不自然ね。ニコラ様の目も綺麗な点になったわよ)」


 目配せで会話ができるという芸当など、やはりフィルとカルアだけなのだろう。


 ミリスは「言ってやりました!」という達成感が滲む笑顔を浮かべながら、可愛らしく胸を張っていた。



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