side〜聖女〜
サレマバート伯爵家の屋敷───数多くある部屋の中、客人専用に割り当てられた寝室で、聖女であるミリスは護衛の騎士達を呼んで語り始める。
「やはり、あの方こそ『影の英雄』様でした!」
瞳を輝かせ、年相応の愛くるしくも無邪気な笑顔を浮かべるミリス。
それはヒーローに憧れ、実物を見てしまった子供らしいものだった。
今回の訪問───それは、フィルに言った通りお礼を言うこと。
たまたま近くの教会にいたことが利になったのか、こうして噂が出始めてから二日で訪れることができた。
初めは疑い半分、願望半分。
過去にも『影の英雄』はあの人だとか、俺が影の英雄だといった噂が流れたことがあっため、疑ってしまうのは当然のことだ。
事実、ミリスが『影の英雄』に助けられてから、何度も噂に遊ばれてしまった。
それでも諦めきれなかった。
お礼を言えず、泣きわめくことしかできなかったが故に───今度こそ必ずお礼を言って、恩を返したかった、と。
そして、フィルが部屋に入ってきた瞬間確信した───この人こそ、間違いなく『影の英雄』だ。
それは想いが強かったからか? 姿を偽装していたにもかかわらず、素の姿を見ただけで確信できたのは素晴らしいとしか言いようがない。
「ですね、あれを見てしまえば反論しようがありません」
騎士の一人が賛同する。
彼らも、ミリスと同様半信半疑であった。
更に、ミリスとは違い直接的な恩義があったわけではないので、軽い遠征気分だったところが正直な話。
しかし、蓋を開けてみればどうだろうか?
不甲斐ない自分達に変わり、颯爽と護衛対象である聖女を守ってくれた。
それも、騎士達にとっては摩訶不思議な魔術を使って、だ。
「しかし、『影の英雄』の魔術は素晴らしかったですね。私共は魔術が扱えないので、何を見ても驚きではありましたが……あれは正直な話、今まで以上でした」
「ですな! 流石は英雄とまで言われるお方だ!」
「我々も不甲斐ない……次こそは聖女様をお守りできるよう精進しなければ」
魔術とは、魔力を持つ人間が扱うことのできる技術である。
理想をテーマとし、テーマを追求し続け、術式に落とし込むことによって世に事象として顕現させる。
テーマを研究し続ける探究心が強ければ強いほど。
理想を叶えたいという想いが強ければ強いほど。
魔術はそれらに比例するように強くなっていく。
フィルが見せた魔術は、そこら辺にいる魔術師に比べれば段違いだ。
どうすればその域にまで達することができるのか? 残念ながら魔力を持つことができず、武を磨くことしかできなかった騎士達にとっては未知の世界である。
故に、騎士達が抱く感想は「凄い」か「なんだこれ」という驚きしかなかった。
「しかし、『影の英雄』様は頑なに否定しておられましたね……何故でしょう?」
「巷では「無能」やら「クズ息子」とまで言われている始末……不思議で仕方ありません。あのようなお姿、噂とは程遠い」
「きっと、フィル様にも何かしら事情があるんだと思います! 私はそう思いますっ!」
その事情がただ縛られたくなく、遊んでいたいだけとは思うまい。
時には落胆するような真実は聞かない方がいいこともあるのだ。
「フィル様は素晴らしい人ですっ、賛辞も得すらも求めず誰かを救ってきた……それはやはり、彼の心が清いからです。きっと、女神様も天でお喜びになっています」
ほんのりと頬を染めて、先程の彼の姿を思い浮かべる。
「素っ気なくも底から優しい心を感じます。あの時と一緒……それに、と、とてもかっこいい男の人でしたっ」
フィルに対する印象は最高値。
出会い、接し、姿を見たからこそ、ミリスは口々にフィルを褒め続ける。
その姿は聖女ではなく───まるで恋する乙女であった。
万人が万人、アンケートでもすれば過半数の票が得られるぐらいには、周囲にハートマークが飛び交っている。
「でも、なんだかんだでちゃんとお礼が言えなかったです……」
しかし、すぐさまハートマークを地に落とし、ミリスはしょんぼりと俯いてしまう。
お礼を言うことが彼女の目的ではあったのだが、それができずじまいに終わってしまったことが、どうしても悔やしい。
「それこそ仕方ありません。何せ、あのようなことがあったばかりなのですから」
「そして、まず先に考えなければならないのは───襲撃者が、どこの手勢かということです」
「あぅ……そう、ですよね」
先の訪問で現れた襲撃者。
敵意剥き出しの客人をフィルが呼ぶわけがないというのは、皆も承知である。
であれば、どうして襲ってきたのか?
それは、ミリスが屋敷に訪れたタイミングで襲ってきたという結果から、必然的に───
「私、ですよね……やっぱり、教会の中にもこういう直接的なことをする人がいましたか。信じたくなかったです……私達は等しく、女神を信仰する者ですのに」
「最近は拮抗状態が続いております。痺れを切らした人間がいても不思議ではありません」
「となれば、他派閥からの差し金……とはいえ、直近で我が派閥にも他派閥との関係を持っている人間もいると耳にしました。一概には言いきれません」
そこまで考えてしまえば、これ以上は泥沼だ。
不確定で見えない要素を机の上で話し合ったところで、底に辿り着くわけもない。
故に、自分達が取れる行動となれば───
「……『影の英雄』様も仰った通り、宿に泊まるよりもこちらの方が安全です。となれば、聖女様はしばらくこの屋敷に滞在させてもらうようお願いしてみるのはいかがでしょう?」
様子見、これしかない。
「分かりました……それは、私の口からお願いしてみます」
ミリスは腰を上げ、室内の扉へと足を進める。
「せっかくお礼を言いに来たのに……またしても迷惑をかけてしまいます」
それが申し訳なくて、せっかく可愛く整った顔が沈んで陰りを見せていた。
その後ろ姿を見守る騎士達も、顔色は全て同じであった。
───自分達がしっかりしていれば、強ければ。
そう嘆いたところで、一日二日で現状を打破できるほどの技術が上がるとは、到底思えない。
故に、彼らは思う。
まずは自分達ができることをしよう、と。
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