派閥争い

 ミリス達を案内するようメイドに言いつけたフィルは、とりあえずいつも仕事をしている執務室へと戻った。

 その時に、カルアは「それにしても、昨日の今日で凄い行動力ね」と口にする。

 すると———


「どうせ派閥争いだろ」


 椅子の背もたれに全力でもたれかかりながら、フィルは気怠そうに答えた。


「派閥争い?」

「そうそう、絶対に派閥争いが噛んでるって」


 会話を続けながら、カルアはそっと主人の後ろに回ると、そのままゆっくりと頭を撫で始めた。

 あまりにも慣れた手つきに、フィルはされるがまま。とても気持ちよさそうに目を細める。

 まるで猫のようだと、内心可愛く思い口元を綻ばせる。


「今、教会に教皇がいないのは知ってるよな?」

「流石にね。教会のトップが亡くなって、まだその後継が作れていない状態が続いてる……今は大司教二人が、その後継の座を争ってるんだったかしら?」

「現在、大司教二人による派閥は拮抗。一人は歴の長い初老の男。もう一人は若い少女だったっけか? 素性は公にされてないみたいだ。聖女の数も二人ずつ、権威も信仰者の数も支援者もトントン―――そんな状態が今は続いている」


 教会という神聖な場所でさえ、争いというものは尽きない。

 人という生き物が動いている以上、何かしらの思惑は抱えているはずであり、人が多く集まれば集まるほど一枚岩ではなくなる。


 教皇といえば、教会の中でのトップ。

 そのトップがいなくなれば、必然的におはちは次の大司教に回ってくる。

 上がれるものなら上がりたい。

 誰しも夢見る頂に手が伸ばせるのであれば、届くまで戦い続ける。


 そういった話が、かれこれ教会内ではしばらく続いていた。


「派閥争いって言っても、血生臭い話はほとんど聞かないし知らないがな。表向きには貢献度とか信者の数とかで競おうとしてるみたいだけど。教会なんだから、仲良しこよしでお手手繋げばいいものを、貴族みたいなドロドロになりやがって……」

「それは知ってるけど……今回の訪問がどう派閥争いに関係してくるわけ? 遊び人にお布施を期待するようなあんぽんたんじゃないはずだし」

「単純に『影の英雄』と自分の派閥の聖女との間に関係値を作りたかったんだろ。前向きに接点を作ることができれば、公に「うちの派閥には『影の英雄』が加わりました」ってもう一つの派閥に言えるわけだしな」


『影の英雄』の存在は、今やかなり大きいものになっている。

 屋敷に押し寄せてきた領民を見れば分かるだろうが、『影の英雄』は多くの人々に愛され、尊敬されており、目に見える権威ではなく単純な「人気」では貴族以上のもの。

 権力ではなく信仰を目的としている派閥争いでは、人気は信仰を後押しする絶対的な要素になり得る。


 セールスでよく行われるサクラと同じだ。

 あの『影の英雄』がこの派閥にいるのならこっちの派閥にいた方がいいかもしれない―――そうやって、派閥の価値を上げていく。

 そのために訪問してきたのだろうと、フィルは考えた。


「そもそも、噂が出回ったばかりの状態で貴重な聖女カードを送ってくると思うか? 馬と鹿を合体させた奴が大司教にいるわけじゃなかろうし、十中八九派閥に加えようとしてるんだろ」

「でも、あの聖女からはそんな様子なかったわよ? 純粋にお礼を言いにきたって感じ」

「まぁ、そうだわなぁ。どちらかというと、大司教は聖女のお礼に乗っかったってとこか。せっかく前向きに行こうって言ってるんだし、聖女の機嫌を損ねず他派閥が介入する前にアクションを起こせるならそれでいい……って感じだろう」


 あぁ、面倒くせ。

 何やら変な場所に首を巻き込まれたなと、フィルは撫でられながら天井を仰いだ。


「……もしかしなくても、今日襲ってきた奴って―――」

「恐らく他派閥の差し金だろうさ。聖女一人が消えれば、勢力図は一気に傾く。せっかく天秤が真っ直ぐ釣り合ってる状態なんだ、崩せるのなら崩しておきたいのはどこも思ってるだろうよ」

「表向きは、平和な派閥争いねぇ……」

「表沙汰には聞かないといっても、過激な人間がいれば裏も少なからず生まれる。大司教本人の差し金かどうかは知らんが、少なくともあの聖女は明らかに狙われていると思う。流石に、そうと分かれば放っておくわけにはいかない」

「相変わらず、お優しいこと」

「性分なもので」


 フィルは起き上がると、そっと地面に手を置いた。

 すると、触れた部分は黒く染まり、ゆっくりと沈み始める。

 そして、そのまま腕を引き抜くと、先程襲ってきた人間の頭が浮かび上がってきた。


「あとでこいつに話でも聞くか。冷凍保存、大事。解凍すればいつでも新鮮な襲撃者さんの完成だ」

「はぁ……毎回思うけど、フィルの『』の魔術って便利よね。いっそのこと、料理教室でも開いてみたら?」

「残念、俺の魔術は主婦さん方には扱い難いで有名なんだ」


 フィルは肩を竦めると、そのまま掴んでいた頭を離す。

 すると、襲撃者の頭は再び染まった床へと沈んでいき、黒い床も元の色へと戻っていった。


「ま、ってな感じで聖女が滞在する間は面倒を見るって方向性で行こう。どこぞの宿よりかはうちの屋敷の方が安全だろうし、いざとなれば俺とお前でなんとかすればいいさ」

「騎士に任せるって方向はないのね。それに、ちゃっかり私も数に入ってるし……」

「不満か?」

「不満よ……だって私、あなたのためのメイドだもの。誰かを守るんじゃなくて、あなたを守りたいの」


 不満げに頬を膨らませて、フィルの顔を突き始めるカルア。


「そもそも、そんなこと言ったらがなんでメイドやってんだって話になるだろうが」

「それはそれ、これはこれよ」


 なんじゃそりゃ、と。

 可愛らしく不満アピールをするカルアを見て、フィルは思わず苦笑する。

 それが影響して弟から変なことを言われているのだが、本人が続けているのであれば、フィルから何も言うことはなかった。


「まぁ、文句言わねぇで俺のわがままを聞いてくれや───な、相棒さん?」

「ん、仕方ないわね。頭を撫でてくれたら許すわ」

「へいへい」


 フィルはカルアを自分の膝の上に乗せると、サラリとした炎髪を撫で始める。

 目を細め、体全てをフィルに預けるカルアの顔は、とても気持ちよさそうなものであった。



「あなたの相棒は私だけだものね」

「そうだよ。俺の一番大事な相棒さんだ」

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