襲撃者

次回は18時更新です( ̄^ ̄ゞ


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 面倒くさいと思っていても、「はい、話したくないのでさようなら」と言うわけにもいかない。

 純粋に色々な要素を平坦に並べて客観的に見た場合、立場的には聖女の方が圧倒的に上の存在。


 目の前にいる少女が「無礼だ」と言いそうな性格ではないかもしれないが、後ろの騎士達がどう思い、どう判断してしまうかは想像がついてしまう。

 故に、退出はあくまでミリスから自分で出た場合のみにしか退出させることはできない。

 フィルとしては、如何に誤魔化して退出を促せるかが、この面倒事回避のポイントとなってくる。


「ミリス様、確かに私が『影の英雄』だと噂されていますが……それは間違いです。確かに、あの『影の英雄』のファンです。しかし、それで終わってしまいます」


 フィルは訴えかけるように、ミリスに向かって言い放つ。

 ちゃんと言えば伝わってくれるんだ、君の勘違いだから、しっかりと誤魔化されてくれ。


 そんな思いを込めながら、透き通った少女の双眸を見つめる。


「私ごときクズ野郎が『影の英雄』と呼ばれるなんて、恐れ多い話です。そもそも、似てないでしょう? 実際に助けられたあなたであれば分かるは───」

「似ていますよ?」

「…………」


「何を言っているの」と言わんばかりに可愛らしく首をこてん、と傾ける聖女。

 引き攣った頬が戻らないフィルだが、それでも無表情を装いつつも言葉を続ける。


「……具体的にどこが似ていると?」

「背丈が似ています!」

「ですが、私の身長は同い年ぐらいの人間であれば平均。どこにでも似ている人間はいま───」

「声も似ています!」

「こ、声は、その……探せばいるでしょ───」

「匂いも一緒です!」

「…………」


 新手のストーカーかな?

 そう思ってしまったフィルの顔は、少々歪み始めてしまった。


「(どう? 丁重にお帰り願えそう?)」

「(そもそも、誤魔化すことすらできそうにねぇんですが!?)」


 未だにお目目がキラキラなミリスに、もはや白旗を上げて今すぐに逃げ出したくなるフィル。

 実際に腰を浮かして退出しようとしたのだが、後ろに控えるカルアに肩を押さえられてしまった。


「フィル様は間違いなく『影の英雄』様ですっ! お会いした瞬間に分かりました! それで、その、私……あの時のお礼を言いたくて、遥々やって来たんです!」


 昨日の今日で、凄い行動力だと舌を巻く。

 フィルにとってはありがた迷惑な話ではあるため、舌を巻くわけではなく悲壮感漂う形相を浮かべるだけなのだが。


「大司教様にご許可をもらうのが懸念ではあったんですけど……意外にもすんなりといただきました! だから大丈夫です!」

「(何が大丈夫なんだろーなー?)」

「(こら、話をちゃんと聞いてあげなさい)」


 もはや聞く気にもなれなくなってしまったフィルの背中を叩いて注意するカルア。

 これがまだ独断専行であれば幾分かマシではあったものの、逃げ道を塞ぐような天然猫の所業のせいで袋の鼠になりつつある。


「で、ですが、いざこうしてお礼を言うとなると……緊張してしまいますね。えへへ……」


 ほんのりと頬を染めて恥ずかしそうに笑うミリスに、フィルは思わずドキッとしてしまう。


(これも聖女パワーか? ちくしょう、こんなに『影の英雄』だと信じてくれていなかったら、本気で狙いたかったよ……ッ!)


 その時———


 ガシャァァァァァァァァァァン!!! 


 と。

 騎士達の後ろに控える窓ガラスが盛大に割れた。

 そして、そこから一枚の布で全身を覆った人間らしき影が二つ、室内へと侵入を始める。


 突然の侵入。

 この客間は屋敷の二階。飛び込むように入ってこれる場所ではない。

 だからこそ、控えていた騎士達は状況が掴めず、侵入者が現れても動きが一瞬固まってしまう。


 ―――だが、フィルとカルアだけは違う。


「…………」

「…………」


 フィルは間を挟んで置いてあったテーブルを思い切り蹴り上げ。

 カルアは咄嗟にミリスを抱えて壁の端へと移る。


「きゃっ!」


 騎士達同様、事態が掴めていなかったミリスは抱えられたことに驚き声を上げてしまう。

 しかし、そんなことは襲撃者にとってもフィルにとっても些事でしかない。


 蹴り上げたテーブルは色を黒へと変え、襲撃者に向かっていく。

 どうして色を変えたのか? それは疑問であれど、気にしている時間はないと判断した襲撃者の一人が、腕を使って弾き飛ばす。


 だが―――触れた瞬間、


「ッ!?」


 布越しに、驚いたような息を飲む声が聞こえてくる。

 腕を抜こうと片方の手でテーブルを掴むが、その手も一瞬にしてテーブルに纏う色へと沈みを始めてしまった。

 そして腕から肩、やがて胴体まで―――食らうようにしてテーブルに沈んでいく。


 まるで、何かに引き摺りこまれているような。

 襲撃者の一人は叫ぶことすらしなかったものの、恐怖と驚愕で最後まで足掻き続けた。

 結果は、一緒に現れた襲撃者の一人の様子を見れば分かる。


 微動だにせず。


 驚かされた、というわけではなく信じられないから、分からないから。

 襲撃するためにやって来た人間が、咄嗟の事態に動揺が隠せなかった。


「おいおい、驚かせられるのが襲撃者のメリットだろうが?」


 そして、その隙を逃すほどフィルは甘くない。

 ソファーから身を乗り出し、硬直する男の頭を掴むと、そのまま地面へと叩きつける。


 しかし、鈍い音は響かない。

 本来であれば、行動から起こるはずの鈍器で殴ったような音が聞こえてくるはずなのだが、代わりに聞こえてきたのは水面に石を落とした時のような音。


「~~~ッ!?」


 襲撃者の頭が床に沈んでいく。

 正確に言うと、現れた黒い波に沈んでいったというべきか。

 同じように抵抗をした襲撃者だったが、フィルが押さえている以上どうすることもできず、やがて全身が沈み終わった。


「…………」

「…………」

「…………」


 そして、全てが終わったあと。

 室内は静寂に包まれた。


 突然不測の事態が始まり、突然理解の追いつかない現象で終わる。

 だからこそ、皆一様に口を開くことができなかったのだが───


(うーん……しまった)


 沈黙の空間で、フィルは後悔漂う姿で天井を見上げる。

 天井には白一色の汚れない壁紙が映るが、何故かフィルの目には「マヌケ」と大きく書かれているような気がしてならなかった。


「あー……とりあえず、ミリス様? 宿はもうお取りになったのですか?」

「はっ!? い、いいえっ、これから取るつもりでしたが……」

「では、今日は我が屋敷でお泊りください。襲撃してきた人間がいる以上、外で生活するのは得策ではないかと。ここなら伯爵家の騎士団も……恥ずかしながら襲撃を許してしまいましたが、キツく言って警備を強化します。それに、部屋も余っていますから」


 そう言うと、フィルは逃げるように部屋の扉へと歩き出す。

 聖女を抱えていたカルアも、そんな主人を見てあとを追うように後ろに続く。


「ではでは、すぐに案内の者を呼ばせますので」


 フィルはそう言い残すと、固まる聖女ご一行を無視して部屋の外へと出た。





 どうして急にフィルは立ち去ったのか?

 それは単純に―――


「やっちまった……聖女の前で、魔術使っちまった……ッ!」

「これじゃあ、誤魔化せないわね。何せ、一回『影の英雄』が使っているところを見ているんだもの」

「迂闊ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!」


 誤魔化したい相手に『影の英雄』の証拠を見せてしまったから。

 言及される前に逃げよう……そんな悪あがき故である。




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次話は12時過ぎに更新!


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