聖女の訪問

 聖女、と呼ばれる人間が存在する。

 世界規模で多く信仰されている『アリスト教』の信仰対象である女神の恩恵を賜り、人々に様々な幸せを運び、そして厄災から守ってくれる。


 女神といった実際に目に見えない存在がここまで崇められているのは、ひとえに目に見える存在───聖女の存在が大きい。

 聖女が災いを消せば、聖女が人々を幸せを運べば、それが全て信憑性を高める要因となり、信仰するに値すると人々に信じさせることができるからだ。

 実際に魔王討伐に馳せ参じたり、病から人々を救ったりと例が直近である。


 そのせいか、アリスト教───教会の規模は膨れ上がり、国規模で無視ができないほどとなっていた。


 聖女の人数は、現代では四人。

 多いか少ないかと判断するには各々の勝手ではあるが、フィルにとっては「バザーで眠っている掘り出し物ぐらいに珍しい」という感覚でしかない。

 これは単純に、フィルがアリスト教を信仰していないのが影響しているからだろう。


 だが、思っていても口に出さないのが貴族。

 どれだけ重要な存在なのかというのは、感覚ではなく国の評価でしっかりと認識はしていた。


「……して、教会の聖女がどういった用向きで訪問してきたのでしょう?」


 朝食を食べ終わってからすぐ。

 フィルは客間にて、真っ先に口にした。

 前口上、労い、その全ての過程をすっ飛ばしてである。


「その前に……突然のご訪問申し訳ございませんっ! どうしてもフィル様にお会いしたかったもので……」


 フィルの対面、正面奥に控えている何名もの騎士の前。

 そこには、煌びやかな装飾をつけた修道服を纏っている少女が座っていた。

 小柄な体躯、サラリとした長い金髪。歳はフィルと同じぐらいか下か、琥珀色の双眸と端麗すぎる顔立ちでそこまでしか判断できない。


 見た目は愛玩動物のような可愛らしい美少女。

 しかし、お淑やかと言うよりは踏み込めないといった表現が正しいような雰囲気を醸し出しており、フィルは違和感を覚えてしまう。


「(話づれぇな……これじゃあ、むさ苦しいマッチョと話した方が楽なんだが。今からぎゅうぎゅう詰めの馬車に変更できねぇかな?)」

「(そんな軽口を叩いている間は大丈夫よ。まぁ、対応し難いというのは分かるけど)」


 後ろで控えるカルアは目配せでフィルと話す。

 フィルが話しずらいと言っているのは、相手が聖女だから。


 どこぞの貴族と話すとはわけが違う。

 何せ、相手は立っている土俵がそもそも違うのだ。

 爵位という分かりやすいもので他者に敬われているのではなく、信仰によって敬われている。

 たとえるなら、平民上がりの勇者がいい例だろう。


(まぁ、それだけじゃないが……)


 見た目はどこにでもいる可愛らしい美少女。

 だが、踏み込んでいけない雰囲気がそれを如実に歪めている。

 どんな対応が最適か? 伯爵家としての面子を汚さないように……というだけであれば、一辺倒へりくだっていればいい。


「あの……『影の英雄』様、でよろしかったでしょうか? この度は来たんです」


 恥ずかしそうに、頬を染めながら口にする聖女。

 ここが娼館の中かお外であれば「可愛いぜ! ご飯三杯はいける!」などと盛り上がっていただろうが、ここは伯爵家の屋敷。

 そして、正式に席を設けている場である。


 当然、そんなことは言えなくて───


「(おーけー、訪問内容なんて分かりきっていたことじゃないか)」

「(分かりきっていたわね)」

「(さて、と……どうやってクズ息子だと思わせようかね?)」


 へりくだればいい。

 しかし、フィルとしては『影の英雄』ではないと誤魔化したいというのが超絶の本音。

 如何に噂通りのクズ息子だと思わせ、こんな人間が『影の英雄』なわけがないと思わせることができるか……この一点だけが目標だ。


 舐め腐った態度と下劣な言葉を並べれば、クズ息子だと信じてもらえるだろう。

 だが、下手に騒いで印象を落とそうとすれば伯爵家としての評価が下がる恐れがある。

 クズ息子だと思われていても、流石に直接両親には迷惑はかけたくない……それが、フィルの頭を更に悩ませる。


「(お礼がしたいって言うならストリップショーでもしてくれればいいのに。それだと平和的に両者が満足でWin-Winなんだけど)」

「(片方はWinじゃなさそうだけど?)」

「(それは気持ちの問題じゃね? お礼がしたいっていうのなら、相手の望むものを与えて満足するべきだ。思春期男子は可愛い子の保養はお金や言葉よりも価値があるもんでね)」


 聖女相手になんてことを。

 そう剣を向ける相手は目の前にいるのはいるが、目配せの会話を聞き取れるはずもないので、抜刀したあとの流血沙汰は起こらない。


「私が『影の英雄』? ご冗談を、聖女様も私の噂は聞いて───」

「私のことはミリスとお呼びくださいっ!」


 あからさまに距離を詰めようとしているミリスに、フィルは頬を引き攣らせる。

 金で終わる女の子との距離なら大歓迎だが、爆弾を背中に乗せまくっている女の子からの距離はあまり嬉しくないと、失礼なことを思うフィルであった。


「えーっと……ミリス様は私の噂は聞き及んでいるでしょう? 聖女ともなれば、多少国の情勢も足を運ぶ場所の噂も知っているでしょうし」

「確かに聞いています」

「であれば───」

「しかし、『影の英雄』様であれば何かご事情があるのだと思っています!」


 瞳を輝かせ、鼻息を可愛らしく荒らして言い切る聖女。


「(もうやだよこの子……ッ!)」

「(中々、強烈な聖女様ね……)」


 信じて疑わない。

 そんな清い人間だからこそ聖女となり得たのかもしれないが、今のフィルにとっては瞳に薄らと涙を浮かべる要因である。


「(っていうより、そもそもフィル……この子を助けた覚えは?)」

「(……ちょっと前に、こんな感じの服を着た女の子を助けた気はする)」

「(これほど『身から出た錆』を表している人はいないでしょうね)」

「(いつか教材に載るかもなぁ、完全に黒歴史として。これから国を担う若者に例として出されたら一人泣く羽目になるって知ってほしいぜ……)」


 フィルは嘆息つく。

 聖女であるミリスからお礼を言われるということは、他の人間からしたら誉レベルのお話ではあるが、生憎と堕落希望の若者にはありがた迷惑の話でしかない。


(さーて……本当にどうすっかなー)


 フィルは目尻涙を浮かべたまま、そっと天井を仰いだ。

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